チャコール・グレイと地底湖の冒険

 次の日、三人は日の出前に四層へと転移し、小屋の前に着いた。

 湖には潜水艦が浮かんでおり、その前に老人が立っている。

「おはようございます!」

「今日はありがとうございます」

 チャコールとレモンは老人にあいさつする。

「おお、やっぱカッコいい!」

 カーマインは潜水艦にかけ寄る。

「早く乗りたい!じいさん、乗っていいか!?」

「まだだ。あとワシはじいさんではない」

 老人はムスッと返し、説明を始めた。

 

 操作は思ったよりシンプルなようだった。

 操縦室の中にある二つのハンドルで、深さや左右を調節する。いくつもあるモニターには、潜水艦の位置や深さが表示される。潜水艦の四方にカメラが付いていて、そこに映る景色が、大きなモニター画面に映される。などなど。

 レモンはメモをとりながら聞いている。

 チャコールもメモをとっていたが、途中からよくわからなくなってしまった。

 

 カーマインは、

「すげー、すっげー、カッコいい!早く操縦したい!」

と、ハイテンションで喜ぶ。

 老人は、

「何度も言うが、命の保障はできんぞ」

と、重々しい声で、釘を刺すように言った。

「承知しています、ありがとうございました」

 レモンは頭を下げた。

「ありがとうございます、大切に使います!」

 チャコールも頭を下げる。

「あ、ありがとうございます!じいさん、やっぱすげえっす、天才っす!」

 カーマインも、勢いよく頭を下げた。

 老人はムスッとして、

「ワシはじいさんじゃない」

と言った。


 三人は上のハッチを開けて、順々に操縦室に乗り込む。

「おお、狭い!なんかいっぱい機械がある!マジ、ワクワクする!」

 カーマインのはしゃぐ声が小さくなる。

「じゃあ、閉めるよ……あっ」

 チャコールは、ハッチから顔を出し、老人に

「ありがとうございました!」

と言う。老人は払うように軽く手を振った。

 ハッチの蓋が閉まり、しばらくして。

 ゴボゴボ……と空気が、潜水艦の両脇から出てくる。

 丸い艦体が、ゆっくりと、水の中に潜っていく。

 潜水艦がすっかり水の中に沈むと、老人は深いため息をついた。


「うわあ、うわあ……」

 カーマインは、潜水艦を沈める横舵を握り、キラキラした目で前の小さな丸い窓を見つめる。

「すげえ、泡だらけで全然見えない。でもどんどん沈んでいくな」

「カーマイン、おじいさんの話聞いてた?」

 レモンがあきれたように言う。

「こっちのモニターに、カメラの映像が映ってるわよ。前後の映像は比較的、泡が少ないわ」

「聞いてた聞いてた、でもさ、やっぱ直接見たいじゃん」

 カーマインの返答に、レモンは苦笑いする。

「ああそう……チャコ、縦舵お願いできる?」

「うん、このハンドルだよね?」

「ええ。正確にはハンドルじゃなくて、舵だけどね」

 チャコールは、カーマインが握っていない方のハンドルを握った。

 レモンが、モニター前のレバーのようなものを引いた。

 バチバチ……と音がして、ブウウウン……と振動が響く。

「おお、進んだ!」

 カーマインが声を上げる。

「このレバーの加減で、電気が流れてスクリューが回って、進むのよ」

 レモンはメモを片目に説明する。

「チャコールの舵で左右に曲がるから。窓とモニターを見て、障害物がないか確認を――左!」

 チャコールはレモンの鋭い声に、慌ててハンドルを左に切った。

 進行方向に、大きな岩があったのだ。

 潜水艦はゆっくりと左に曲がり、岩をよけていく。

「ありがとう、チャコール。ゆっくり舵を戻して」

「いいなそれ、オレにもやらせてよ」

 カーマインがこちらに来たので、チャコールはハンドルをゆずり、カーマインが握っていたハンドル――潜水艦の沈み具合を調節するハンドルの方へ移動した。

「狭いんだから、あまりワガママ言わないでよ」

 レモンがため息をつく。

「わりわり。レモンは、その調子で指揮をたのむよ」

 カーマインは軽い調子で言った。


「うわあ、これ、真珠?」

 石に張り付いた大きな貝の中に、光るものを見つけ、チャコールは声をはずませる。

「こっちにあるのは、瑪瑙かしら……」

 レモンも、外を映し出す、モニター画面に釘付けだ。

 たくさんの岩が、小山や柱のように、立ち並ぶ湖底。

 そこには、さまざまな鉱石が眠っていた。

「へーい、おまかせあれ!」

 カーマインは器用に、操舵室のすみにあるレバーをあやつり、潜水艦の外側についているアームで、目につく鉱石を拾っては、網袋に収集していく。

 チャコールはワクワクしていた。

 と、その時。

 

 カリカリ、カリカリ……。

 

「なんだこの音?」

カーマインが、怪訝な顔をし、あちこちの窓をのぞく。

「ん……? 魚……? あっ」

 カーマインは、ある窓をのぞいて、大きな声を上げた。

「ファングフィッシュだ! いっぱいいる! 潜水艦をかじってる!」

「え、なに、それ?」

 レモンが戸惑う。

「なんか、地底湖にいるってウワサの、やばい魚!」

 カーマインは腰の剣を抜く。

「魚自体は大きくはないんだけど、キバがヤバくて、なんでもかじっちゃうんだって、親父が言ってた。やっつけよう! レモン、魔法はどっからぶっ放すんだっけ?」

「攻撃は――そこのスコープ」

 レモンは冷静に、前方左右に窓のように取り付けられた、二つのスコープを指さす。

「魔法を通す、魔貫まかん水晶がはまってるから、そこに向かって魔法を放つんだって」

「よしきた! ええと、ファングフィッシュには、どの魔法が効くのかな?」

「やっぱり、電撃じゃないかしら――あ、光の方がいいかも。電撃は、船が心配だわ」

 レモンはそう言って立ち上がり、杖を手にとる。

 カーマインは、右手のスコープの前に立ち、剣を構える。

「チャコ、横舵をお願いね」

 レモンはそう言って、もう一つのスコープの前に立った。

「光れ!白金光龍剣プラチナ・シャイニング・ソード!」

 カーマインの叫びと、

「黄金色の天の灯よ、我が掌に宿れ。闇を裂き、罪なき者の道を照らせ。一閃の裁きをもって――打ち砕け。

ルーメン・インパクト!」

 レモンの叫びが、重なる。

 光の筋が二つ、それぞれのスコープから、外の水中世界に放たれ――

 三つ並んだ小さな窓の外が、白くまぶしく、輝いた。

 

 窓をのぞくカーマイン。

「やった!魚を追い払ったぞ!」

 カーマインは満面の笑顔で、レモンにハイタッチする。

 レモンも笑顔で応える。

 チャコールは、まぶしい思いでそれを見ていた。


 魔法が使えないあたしは、

 ここでは役に立たないな。

 ――でも、これで、いいんだろうな。

 二人、息、ぴったりだったから。

 あたしがあそこにいても、

 ジャマになるだけだよね。


 かたわらに置いた剣。

 今ごろ、鞘の中で、青く光っているのだろうか。

 

            *

 

「今日は一旦帰還しましょう。採れた石もよく見てみたいわ」

 レモンの言葉で、一同は、一旦浮上した。

 レバーを引いて、斜め上に進路を変える。

 ある程度進むと、手元のスイッチが光るので、それを押す。

 ウィイイイン……

 長いシュノーケルが水面に伸びる、音がする。

 次に、後ろのハンドル――横舵といったか――を捻ると、

 シュゴオオオ……

 タンクに空気が入る音が響き、ゆっくりと、潜水艦は浮上した。

 これらの作業を、メモを片手にしたレモンに指示されるままに、チャコールはこなした。

 

「チャコ、あなた、操縦のセンスあるわ! ありがとう!」

 レモンは笑顔でほめてくれた。

「すごいな、宝石店のカタログでしか見たことない石がある!」

 カーマインは、網袋の中の鉱石を見て、歓声を上げた。

 チャコールは、ニコニコと笑った。

 うれしそうに、楽しそうに。

 そう見えるように。

 

 二人を、心配させないように。

 

 ――けれど。

 心の中は、薄いもやがかかったように、いつまでも晴れなかった。

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