討伐隊でのちょっとした事件 後編

 洞窟の外、町を見下ろす丘の上。駆け降りるゴーレムに向かって、ブラウンさんが炎魔法をあびせている。

 けれどゴーレムはびくともしない。

「炎には強いのかも」

 わたしが言うと「じゃあどうすれば……」とブラウンさんは困惑した表情を浮かべる。

 教会で溶けたゴーレムを思い出す。

「酸……」

「ええっ?」

 ブラウンさんは目を丸くする。

「セルが、あ、友人が、前にゴーレムを、酸で倒したことがあるんです、けど……酸を生む魔法なんて」

 わたしは唇をかむ。と、

「ある! あるぞ! 酸を生む魔法! おーい、アプリコット!!」

 ブラウンさんが大声で呼ぶ。

「えっ!? 酸!? 酸って授業で使うやつー!?」

 アプリコットさんがバタバタと丘を走ってくる。

「硫酸! 他の酸でも! 強いやつ! 効くかわからないけど!」

 わたしは叫ぶ。ゴーレムはもう町の近くまで駆け降りている。

 ――と。

「はっ、まどろっこしい」

 わたしの前方に、クロムが飛び出し、杖を掲げた。

「やめ――」

 わたしは叫ぶが、

「大地よ裂けろ! いななけ! 崩れろ! 大地の怒りアングリー・ノーム!!」

 クロムの叫びとともに、大地が大きく揺れた。

 立ってられずにわたしは地面に這いつくばる。

 地面に大きな裂け目が走り、見る間にゴーレムの足元まで達する。

「わっ、わああ!!」

 悲鳴に振り向くと、裂け目に落ちそうになるプラムさん。その腕をバーミリオンさんがつかむところだった。

「町が!!」

 アプリコットさんの悲鳴が上がる。

 わたしはハッとして、それを見た。

 町はずれの常盤スギの木の横。チャコの家。

 小さな家が揺れている。壊れそうなくらい揺れている。

「やめろ!!!」

 カッと頭に血が上る。クロムの、その驕りに満ちた醜い背中を見据え、杖を構える。

「黄金色の天の灯よ。お前は道を示す者。我が掌に宿りたまえ。

金色の光の波よ。お前は道を照らす者。暗闇を裂き、慈悲なき裁きをもって打ち砕け。

アウレア・ルクス・フルクトゥス!!」

 光の波がまわり中に広がり、クロムと、その先のゴーレムを襲う。

 驚いたようにクロムが振り向く。

 ……人を攻撃するのって、ルール違反ではなかったかしら。

「ぐあっ!!」

 眩しさに、クロムは目をつぶり、杖を手放す。

 地面の揺れが止まる。

「見て!! ゴーレムが!!」

 プラムさんの声に振り向くと、町の手前で、ゴーレムが倒れていた。

 急いで駆けつける。

「体の表面が……ひび割れている?」

 ブラウンさんがつぶやく。

 たしかに、水に濡れた体の表面のそこかしこに、細かいひび割れが見える。

 ゴーレムはまだ、ゆっくり動いていたが、

硫酸を生む魔法サルフル・サルフリック・アシッド

 アプリコットさんが呪文を唱えると、手に持った杖からボタボタと酸がしたたり、それに触れた瞬間、

 グアアア……

 ゴーレムの体は崩れて、溶け落ちた。


 その後が大変だった。

「お前! 町になんてことを!」

 ブラウンさんがクロムに詰めよる。

「家は直せばいいだろう? この間は島主様が、教会を直したそうじゃないか」

 クロムはそう言ってはばからない。

 アプリコットさんも真っ赤な顔で、

「そんな簡単に……建物だけの話じゃないわ。町には人が住んでいるのに。子どもも、お年寄りだって。ああ、あの子たち、どんなに怖い思いをしたかしら。なんの罪もない子どもたちが!」

 そう、ヒステリックに高い声を上げて抗議する。

 わたしも、町の子どもたちの無邪気な笑顔を思い出すと、怒りがわいてくる。

「魔物を倒すのに、弱いやつらは邪魔だ。くたばるのなら、その方が効率がいい」

 クロムはせせら笑う。

 こんな人間のクズみたいなこと言う人、本当にいるんだ。わたしは唖然とする。

「なんてことを……お前は自分の家族にもそんなことが言えるのか」

 ブラウンさんが愕然とした表情で、懇願するかのように言いつのる。

「家族なんて邪魔なものは置いてきた」

 どこか得意げなクロム。

 あ、そうですか。これは話が通じないわけだ。クロムは胸を張る。

「ゴーレムを倒したのは俺だ、文句を言われる筋合いはない」

「いや、倒したのはアプリコットさんじゃん」

 プラムさんがボソッとつぶやいた。

「いや、それはレモンのおかげ――」

 アプリコットさんが言うヒマもなく。

 クロムはすごい勢いで振り向き、プラムさんの胸ぐらをつかんだ。プラムさんはヒッと悲鳴を上げる。

「この穀潰しのデクノボウが!! お前が何をした! 役立たずが!! 俺に意見するなど――」

 その腕を強い力で掴む腕があった。

 ブラウンさんだった。

「この若者は先走ってはいたが、村のルールは守り抜いたぞ」

 ブラウンさんはプラムさんをかばうように立つ。

 にらみあう二人。

 オロオロするアプリコットさん。

 うーん、時間の無駄だ。

 わたしはバーミリオンさんを見る。何か言ってくれないかなと期待したけれど、バーミリオンさんはまだ、静観するつもりのようだ。

 仕方がないので、わたしは口を開く。

 結局、いつもわたしが悪役だ。

「洞窟内という半閉鎖空間で、あんなに強力な炎を使うなんて、悪手。味方が巻き込まれるところだった」

 クロムが気色ばんだ表情でわたしを見る。

「バーミリオンさんの指揮もわたしの話も聞かずに皆を危険にさらす。挙句、ゴーレムを洞窟外に逃す。その上、無差別な魔法で町を危険にさらす」

 なんかにらみつけてくるけれど、こんなやつのにらみ顔なんて屁でもない。

 きっとこれまでこの人は、強い魔法を盾に、文句を言う人はにらみつけて、黙らせてきたんでしょうね。でもそれでは通用しないと、だれかがわからせてあげないと。わたしは余裕をもって、クロムの目をまっすぐ見つめ返す。

「あなたは何のためにここにいるの?討伐隊は町を守るためのもの。あなたの力をひけらかす場所ではない」

「この女――」

 クロムがわたしに向かって杖を振り上げる。

 ブラウンさんが止めようとするが間に合わない。

 いいのだ、わたしが怪我をすることで、こいつが傷害罪にでも問われるのなら――


「弱体化魔法、アファイブリ!!」


 かすれた叫び声。

 タンさんだ。

 わたしの頭に、ぽすっと、柔らかい感触が当たる。

「えっ?」

 わたしも、クロムも、ほかのみんなも、ポカンとして、クロムの杖を見る。

 それはくにゃりと曲がっていた。

 触ると、スポンジのようなぽすぽすした触り心地。

「なっ――戻せ!!」

 クロムは真っ赤な顔をしてタンさんに詰め寄るが、手にしているのがスポンジの杖では滑稽極まりない。

「すげえ……」

 プラムさんがつぶやく。そしてパッと顔を輝かせる。

「すげえ、天才じゃん!」

「えっと……」

 タンさんはオロオロしている。その肩を背後からしっかりと、アプリコットさんがつかむ。

「やったじゃない、タン。お手柄よ」

「そうだな」

 ブラウンさんも笑っている。

 場の雰囲気がやわらぐのがわかる。

 少し前の自分なら、効率が悪いと思っていただろう。

 けれど――

 力でぶつかるだけが、怪我の治療や救命だけが、人を救うわけではないと、わたしはもう知っている。

「タンさん、すごいわ。本当にありがとう」

 わたしは素直に、タンさんを讃えた。

 タンさんは、初めて、嫉妬や媚びのない顔で、笑ってくれた。

 

 村のルール違反をしたということで、クロムは島から追放になった。

 町の家々の再建に必要な、料金の請求を添えて。

 彼はガーネットさんの管理するブラックリストに載り、今後五年間は島には入れない。討伐隊には永久に参加できない。島民になれることも永久にない。

 ガーネットさんは、

「島の安全と繁栄のためには、必要な措置よ」

と言う。

 そう。多少効率悪くても、こういうチームでは和が大事。彼は強かったけれど、人のためには戦えない人。

 こういうことは初めてではない。

 以前にもあった。

 バーミリオンさんにやたらとたてつき、反発する人。

 討伐隊内でだれかと協力して、だれかを貶めようとする人。

 混乱に乗じて、町のものを盗む人。

 討伐隊だからって、町で自分のワガママを通そうと乱暴に振る舞う人。

 本当に、色々な人がいるのだ。

 そして――それは、町の中の人も、例外ではなかった。


 クロムが追放された数日後。

 クロムが起こした地割れと地震でダメージを受けた町の、復興再建を手伝う中で――

 ブラウンさんの不祥事が明るみに出た。

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