討伐隊でのちょっとした事件 前編

 大聖堂での戦いから四日。

 わたしの体はすっかり回復した。

 休養中も欠かさずトレーニングしてたから、体の動きもバッチリだ。

 いくつか新しく魔法の詠唱も作り直した。


 今日は、討伐隊の集合がかかった。

 教会――双月堂を襲ったゴーレムのことは知られていた。昨今増えているゴーレムを調査し、退治し、とにかくまずは絶対数を減らす。それが今回の目的だった。

「レモン、大丈夫か?」

 バーミリオンさんがわたしを気遣うように声をかけてくれる。

「はい!」

 わたしは笑顔で答えた。

「本当にもう元気です。すごいですよね、神父さんの魔法!」

 あのモーヴ神父さんという方は、本当にすごい。

 わたしの故郷だったら――さすがに死にかけたことはなかったから、実際のことはわからないけれど――立ち上がれないほどの大けがをしたら、すごい費用がかかって、病院に何日も入院するイメージだった。

 それを一晩でほとんど治してしまうなんて。

「あの神父さんがうちの国にいたら、数ヶ月は予約待ちですよ」

 わたしが言うと、バーミリオンさんは静かにうなずいて、

「この島でもそうなるかもしれないな……」

 とつぶやく。

「えっ?」

「ここのところ……去年は一時的に減っていた、島外からの探検家が、また増えてきている。洞窟の魔物はかなり強くなっているから、負傷者はこれまで以上に増えるだろう」

 わたしは目の前の洞窟を見る。

「でも……この島、神父さん以外に、人のケガや毒を治せる人、いるんです?」

「いない」

 バーミリオンさんは端的に答えた。

 そう、この島には、病院もない。お年よりのお医者さんは一人いるけれど、魔法が使えない人なのだ。

「あ、でも、ガーネットさんなら」

 わたしは思い出す。


 きのうの午後、わたしと、町の人たち、それと常連さんになっている島外からの探検家の人たちの一部は、青脈洞の入り口の前に集まった。

 ガーネットさんが、新しいシステムを導入したというのだ。

「体力回復の魔法陣を、洞窟の前に設置したの」

 石造りの小屋の前で、ガーネットさんが説明してくれた。

「こっちは魔力回復。だから、ここでまずは回復してもらってから、町に戻ってきてもらいましょう」

「この魔法陣、どのくらいもつんだい?」

 町の中でも中堅の、ブラウンさんが尋ねた。

「一カ月はもつと思うわ。だから一カ月ごとに描き直すわね」

 ガーネットさんはさらりと答える。場がざわつく。

「一カ月……!」

「すごいな……」

「ふつう、人が使ったら、せいぜい二、三回で薄れちまうもんな……」

「本当は」ガーネットさんはちらりとわたしを見る。「洞窟の中にも、こういう場所が設置できるといいと、思ってはいるの。転移もできないくらいのダメージを負ったりしたら、ここまで来るのも大変だと思うからね」

 わたしのことだ。わたしはすみません、という風に苦笑いしてぺこっと頭を下げた。

「でも、洞窟内に回復魔法陣なんて置いたら、魔物の格好の餌食だろうな」

 ブラウンさんが腕を組む。

「そういうこと」

 ガーネットさんがうなずく。「この小屋も、今の防御魔法では、強力になったゴーレムやミルキーワームからは守れない。わたしが24時間その場に張っていられれば理想だけど、それは現実的には不可能」

「まあでも、洞窟内のことは自己責任っすよ!」

 わたしの事情を知らない、ちょっと前に島外から来たばかりのプラムさんという若者が、笑顔で、力強く言う。

「そんなこともできないヤツは、洞窟に入るべきじゃないっすよ!」

 簡単に言ってくれるなあ。

 わたしは肩をすくめて、黙っていた。

 多分、この人には悪気はなく、なんならガーネットさんの気を軽くしてくれようとして言ってくれてるんだと思う。

 ガーネットさんも穏やかに微笑んでいる。

 この気のいい若者が、わたしの二の舞にならなきゃいいけど。

 

「あの魔法陣の小屋があるから、今までよりはきっと、重症者は減りますよね……」

 わたしがバーミリオンさんの横で、魔法陣のある小屋を眺めていると、

「おはようございます!」

 元気な挨拶とともに、プラムさんが来た。「二人とも、早いっすね!」

「おはよう、みんな」

 アプリコットさんという、町の魔導士の女性も来た。オリーブさんくらいの年で、普段は学校教師として魔法を教えたりしているらしい、快活な感じの人だ。

 少しして、ブラウンさんと、若い魔導士のタンさんが、坂を登ってくる。この二人も町の人だ。ブラウンさんは剣を、タンさんは小ぶりの杖を持っている。

 そして、集合時間ぴったりに、クロムさん。島外の、東大陸から来たらしい、腕のいいフリーランスの魔導士だ、と聞いている。ただ、態度はあまりいいとは言えない。挨拶もせずに、キツネみたいな目でギロリと、わたしとバーミリオンさんを見る。

 

「始めに、討伐隊のルールを確認する」

 バーミリオンさんが、よく通る低い声で言う。自然と身が引き締まる。

 町のルールは守ること。

 当然だが、盗みや乱暴はしないこと。

 戦いへの協力を強要するのもダメ。

 特に子どもや老人、魔力のない者を巻き込むことは極力避けるべし。

 まあ、言いたくはないが、過去にそういうことをした人が何人もいるから、こういうルールが作られたのだ。大体島外からの人だった。

「このルールに違反した者は、島から五年間の追放。討伐隊からは、永久に追放する」

 バーミリオンさんが感情のこもっていない声で言う。

「違反って、誰が判断するんすか? 強要とか、極力避けるとか、なんか、あいまいな気がするんすけど」

 プラムが手を挙げて尋ねる。もっともな疑問だ。

「それは、島主であるバーミリオンさんと、ガーネットさんが判断することになっているんだ」

 ブラウンさんが答える。このやりとりももう定番だ。

 ブラウンさんは、毎回討伐隊に参加している、町の中でも慕われている壮年の男性だ。小太りの体躯に見合わず、安定した強い魔法を使う。力もあり、愛想もよく、みんなから頼られる人だ。

「はっ」

 クロムさんが鼻で笑う。「田舎の狭いコミュニティは、これだからな」

「は?」

 アプリコットさんがクロムさんをにらむ。

 ブラウンさんがムスッとする。

 場の空気が悪くなる。

 ……なるほど、そういう感じね。わたしは思う。

 薄々感じてたけど、このクロムって人、厄介そうだな。

「よりいい案があれば言ってほしい。とりあえず当面はこれでいく」

 バーミリオンさんが言い、わたしたちは出発した。


「レモンさん、すごいね」

 歩きながら、タンさんがわたしに話しかけてくる。

「四層まで行ったんだって? 大怪我したって聞いたけど、もう治ったの? 本当に強いんだね。さすがだよ」

「はあ。どうも」

 わたしは笑顔をつくる。心の中でため息をつく。

 タンさん。三十過ぎの、町の魔導士さん。やたらとわたしを持ち上げてくるけれど、その目の奥には、嫉妬と焦りが見え見えだ。

 わたしが来る前は、町では数少ない防御魔法の使い手として、それはそれはチヤホヤされていたらしい。一通りの魔法は使えるようだし、まあ、優秀だったのだろう。この町の中では。特に若いころは。

 嫉妬を隠して媚びへつらう暇があるのなら、自分の魔法を磨けばいいのに。

 もちろんそんなことはわたしは言わない。笑顔で最低限の返事だけをしながら、無意味な時をしのぐ。

「そうよねー、レモンはホントすごいわよ!」

 アプリコットさんが会話に加わってくる。

 心の中で舌打ちした。

 わたしは正直、この人が好きではない。

 初対面で、アプリコットさんはわたしの故郷や生い立ち、家族のことなど根掘り葉掘り聞いてきた。そしてそれは、翌日には、町のパン屋さんにも宿屋さんにも伝わっていた。

 あ、なるほどね。そういう人種ね。とわたしは思った。

 まあ、わたしのことは別にいい。知られて困ることなんてない。

 この間はセルのことを聞いてきた。ねえレモンあの変わった子と仲良いの?あの子家出してきたって本当かしらね?家族はどうしてるのかしら?心配じゃないのかしら?あの子しゃべれないのかと思ってたけどしゃべるらしいわね?どんな話するの?町に全然来ないけど、何か変なこと企んでるんじゃないかしら?みんな言ってるわよ、なんか不気味よね、などなど、などなど。

 もう、シンプルに、不快。時間の無駄。

「あ、わたし根拠のない話には付き合わない主義なんで」

 わたしはピシャリと言って、さっさと離れた。

 わたしも何か言われるんだろうな。町の人に嫌われるかな。でももういいや。わたしはわたしのやるべきことをやるだけだ。

 ――そう割り切った、はずだったんだけど。

 なぜか、彼女の中で、わたしはクールでビューティーな強力魔導士ということになったようだった。

 まあ、ありがとう。

 いや、うれしくないけど。だって根拠がないんだもの。

 それで、なぜかアプリコットさんは、いまだにわたしに話しかけてくる。

「ねえ、レモン、あの白い髪の子って、どこの子なの?」

 今度はシロかぁ……。

 心の中でまたため息をついた、その瞬間。


「ゴーレムだ!!」


 ブラウンさんの大声に、ハッとわたしたちは前方を見る。

 結晶スライムをまとった大きなゴーレムが、のしのしと近づいてくるところだった。

 ゴーレムの体は――黄緑混じりのゴツゴツした岩。なんの石だろう、セルならわかるんだろうな。

「なっ、なんで、まだ一層なのに」

 タンさんが戸惑った声を上げる。

 一層も一層。まだ入り口を入って十メートルも歩いてないのだ。

「いよし!このゴーレム、速攻で片付けるぜ!」

 プラムさんが声を上げて、杖を構える。

「フレイム・ファイア!!」

 シンプルな基礎魔法の呪文。杖が火を吹き、ゴーレムを襲う。

 火にあおられて、スライムが一匹逃げ出した。

 けれど、ゴーレムはびくともしない。

「落ち着け、作戦を……」

 バーミリオンさんが言うが、プラムさんには聞こえてないようだ。

「アクア・ジェット!!」

 杖から放たれた水流は、あっさりとスライムに吸収される。

「スライムの弱点は火と乾燥!」

 わたしは叫んだ。これ以上魔法を無駄撃ちされたらたまらない。

 プラムさんは「あっそうなんだありがとう!!」と言う。ありがとうじゃないよ。探検者なら常識でしょう。

 チラリと見ると、ブラウンさんはムスッとして黙っている。あー、ブラウンさん、島外の人には協力を惜しむところがあるんだよな。特にノリの軽い、若い人には。

 アプリコットさんは杖を構えているが、横のタンさんはオロオロしている。

 ああ、今日のチームは、効率が悪い。

 せめて、セルかシロがいてくれたら――

「ハッ、見てらんねえな」

 鼻で笑う声。見るとクロムさんが、杖を構えている。

「――炎龍よ出でよ、大地を、天を、空気を燃やせ」

「ダメ――」

 わたしは思わず叫ぶ。しかし彼は止まらない。

「世界を焼き尽くせ、炎龍サラマンダー!!」


 とてつもない熱風と衝撃がわたしたちを襲った。

「なっ……全ての大地よ、鈍色の岩よ。すべてを跳ね返す壁となれ。その腕をもって、我らを守り抜け。グリセオ・ペトラ・ムルス!」

 わたしが叫ぶのと、

「守護魔法、プロテクション・パーフェイト!」

 タンさんが叫ぶのとが同時だった。

 わたしの岩壁が、わたしとタンさんとアプリコットさんの前にそびえ立つ。

 けれどこれだけでは熱波は防げない、はずだった。

 ふわっ、と、わたしのまわりを何かが包む。

 熱も、風も、炎も、わたしたちを避けていく。

 ――すごい。

 これ、タンさんの魔法?

 スライムたちの悲鳴が上がる。

 クロムの炎に焼かれているのだ。

 なんて強力で、――見境のない魔法。

 セルの家から離れた場所でよかった。わたしは心の隅で思った。


「蒼き水よ、母なる海よ、ここに集いて雨となり、ここに全てを洗い流せ。全てが海に還る時、大地は鎮まり、命の源を思い出すでしょう。プルヴィア・カエルレア・コンティヌオ・カデンス!」

 わたしの呪文で、ざあっと、洞窟内に雨が降る。

 炎が消え、わたしはあたりを見回す。

 よかった、みんな無事だ。

 バーミリオンさんの魔法とブラウンさんの魔法でプラムさんが守られている。

「ひ、ひええ……」

 プラムさんは子犬みたいにおびえている。

 わたしは振り向き、タンさんに「ありがとうございます!」と言う。タンさんは「え?え?」と戸惑っている。

 いやなんで戸惑うのよ。

「ゴーレムが!」

 アプリコットさんの悲鳴のような叫びにハッと見ると、雨に濡れながら、ゴーレムがドスドスと入り口の方へ走っていくところだった。

 えっ?あの炎の中で、溶けもしないの!?

 ああ、あいつ、なんの石なんだろう。セルがいてくれたら!

「いかん、町が!」

 ブラウンさんがゴーレムを追う。わたしも後を追った。

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