大聖堂の戦い②

 セルに張りつき口をふさぐスライムにつかみかかって、

「セルから離れろ!!!!」

 力いっぱい叫んだ瞬間。

 シャキシャキシャキン!!

 刃が触れ合うような音とともに、ぼくの両手から、無数の小さな剣が生えた。

「えっ……」

 神父さんが声を漏らす。

 セルも目を見開いてぼくの手を凝視する。

 スライムはぼくの両手の剣で体中を串刺しにされ――力が抜けるように、ずるりと、滑り落ちて、動かなくなった。

「ゲホッ!ゲホゲホッ!!」

 セルがうつ伏せになって激しく咳きこむ。

「だ、大丈夫!?」

 ぼくはあわててセルの背中をさする。

 神父はチラリとぼくとセルを見たが、すぐゴーレムの方に向き直り、呪文を続ける。とりあえず防御に徹することにしたようだ。

「ゲホッ……シ、シロこそ、大丈夫なの、その、手……」

 セルが涙目になりながらぼくの手を見る。ぼくも自分の手を見る。

 手の甲から指先まで、結晶のように剣が生えている。まるで針の山みたいだ。

「なんともないよ」

 そう答えて手を離すと、針山はするるっと手の甲に吸収されるように消えた。

「え、それ、どうなっ……」

 セルはぼくの手を凝視していたが、首を振って体を起こした。

「いや、今はいいか、とりあえず」

 ゴーレムをにらむ。

「あいつらを倒してからだな」

 神父さんが両手を床につけて呪文を唱えている。

 床には青白い光の文字が広がっている。

 結界があるかのように、ゴーレムもスライムもその文字の部分には入りこんでこない。

 けれどなにか、また、石やスライムを投げられたら、防げない。

「うーん……」

 セルは少し考え、手元のカバンから何かを出した。蛍光色の黄色い石。それと、きれいに透き通った水色の石だった。

「うん、ちょっと魔力を使うけど、アレをやる」

「アレって?」

「毒ガス出るから、念のため息止めてて」

 ぼくの質問には答えずに、セルはさらっととんでもないことを言った。

「えっ?毒ガス?ええっ?」

 ぼくは困惑する。

「我々周囲の空気を浄化します」

 すかさず神父さんがそう言って、別の呪文を唱え始める。

 うわあ神父さんがいてくれてよかった。

 セルは黄色い石を床に置き、別の黄色い粉――見覚えのある石粉をバサっとかけながら唱えた。

「その金色の炎で燃やし尽くせ、黄燐フォスフォラス

 ボワッと炎が上がる。

「早く……もっと……もっと強く……」

 セルがつぶやく。ひたいに汗が流れる。

 その時。神父さんが、右手は床に置いたまま、左手でセルの背中に触れた。

「神よ。紅き力よ、蒼き御心よ。双月のうねりよ。この者の魔力が増幅し、炎はさらに燃えたぎりますよう、どうか力をお貸しください」

 セルの顔色が、すっと良くなった。

 炎がバァッと勢いを増した。腐ったような臭いが鼻をつく。

「あの黄色い石は、硫黄……ですね」

 神父さんがつぶやく。

「あ、そうです、あの」セルが横目で神父さんを見る。「次ので、多分、酸が飛び散って危険なので……」

 神父はうなずき、床に置いていた右手を前に捧げるように出した。

 見る間に、青白い光の文字の壁がぼくたちの前に広がる。

 セルは水色の石を――宝石みたいにきれいな石だ――右手でかまえるように持ち、突き出して、唱えた。


「その海色の心をもって、水の記憶を呼び覚ませ――水宝玉アクアマリン

 

 すざまじい量の水が、波が、渦巻いて、セルの右手の石から流れ出た。

 セルは勢いで一歩あとずさるが、踏みとどまる。

 水は燃える炎に直撃し――

 バシュウウッ!!

 すごい勢いで爆散した。

 煙――いや、水蒸気が上がる。

 そのしぶき、その霧は、ゴーレムたちを襲う。

 ぼくたちのまわりだけ、神父さんの光文字の壁で守られているように、霧がよけている。

 グオオオオ……

 ゴーレムたちは悲鳴のような音を立てる。

 白いゴーレムと赤黒いゴーレムの体から、煙みたいなのがもうもうとたちのぼり、二体はバランスを崩し倒れこんだ。

 ズウウウン……ジュワジュワ……

 そのまま溶けていく。

 ギュイイイイ……

 まわりにいたスライムたちも、断末魔のような音とともに、黒ずんで溶けていく。

「溶けてる……えっ、なに、あれ」

 ぼくは息をのむ。

「硫酸」

 セルは短く答える。

 黒いゴーレム、黒曜石のゴーレムは、少しバランスを崩したけれど、それでもびくともせず、こちらに向き直り――

 石を投げられる!

 ぼくはあわてて剣を構えた。

 その瞬間、


 スパンッ


 軽い音。

 黒曜石ゴーレムの、動きが止まる。

 次の瞬間、頭から足まで、ピシッと線みたいなのが走り、

 ゴトオオオン……

 ゴーレムは真っ二つになって、倒れこんだ。

 その後ろに、二人の人間の影。

 一人は、剣を振り下ろした姿勢でフッと眉をひそめる、バーミリオンさんだった。

 もう一人は――

「――あら、毒霧?いえ、酸の霧ね」

 紅の髪を後ろで束ねた女性がそう言って、右手をヒラリと振った。

 硫酸の霧は、一瞬で払われるように霧散し、消えた。

「……ガーネット」

 神父さんが、彼女を見てつぶやいた。

 

 しん……と、静けさが、大聖堂を包む。

「……あ、」

 セルが我に返ったように、周囲を見回す。

 教会の窓や壁は壊れ、大きな穴があいている。

 床はスライムの残骸と、酸で水浸しだ。

「……す、すみません」セルの顔が青ざめ、神父さんを見る。「俺、その……」

 あ、またセルの悪いクセが出てる。セルのせいじゃないのに。

 ぼくがそう言いかけた瞬間、

「わー!!」

「きゃー!!」

 子どもたちがわらわらと走ってきて、セルに飛びついた。

 セルは勢いで尻もちをつく。

「えっ?」

「すごい、すごーい!!」

「カッコいい!!あれどうやったの!?」

「火がボワワワーって!!」

「ドカーンって!!」

 キャー!!と歓声が上がる。

 神父さんは穏やかな表情でそれを見ている。

 セルはもみくちゃにされて、戸惑っていたけれど、

「あの……」

「ゴーレム手でバラバラにしてた!!」

「俺のやり方は危ないから……」

「すっげー!!すっげー!!」

「完璧ではなくて……」

「ねえ、めっちゃシュギョーしたのー!?」

 何か言おうとしてるけど、全然聞いてもらえてない。

 子どもってすごいなあ。

 他人事のように見ていたら、一人の男の子が、ぼくの方に走ってきた。

「剣のお兄ちゃん!剣出して!!シャキイイイン!!」

「ええ……」

 ぼくは思わず笑ってしまう。

「はいはい、みんな、お兄ちゃんたちは疲れてるから、そのくらいでね」

 オリーブさんが歩いてきて、なだめる。

 レモンも小さい男の子――セルが助けてレモンに引き渡した子だ――を抱っこして、笑いながら近づいてくる。

「シロ、さっきの、どうやったの?なんか、手から生えてなかった?」

 レモンに聞かれて、

「わかんない」

 ぼくが素直に答えると、レモンは、半笑いで「はあ?」と言った。

「やっぱりわかんないんだ」

 セルが笑った。

 

 神父さんがゆっくり近寄ってくる。

「あ、ありがとうございました」

 あわてたようにセルが頭を下げる。

 神父さんはニコッと微笑んで

「こちらこそです」

 と頭を下げ、それからぼくを見た。

「シロさん。あの剣は……?」

「あ、ちょっと待ってて」

 ぼくは右手に意識を集中した。

 スウッ……と音もなく、白い剣が現れる。

「すげえ……」

 見つめていた子どもがため息をつく。

 神父さんは、そっとぼくの剣をなでて、

「やはり……澄白石すみしらいしですね」

と言った。

澄白石すみしらいし?」

 ぼくと、セルと、レモンの声が重なる。

「この島に古くから伝わる、伝説の石です」

 神父さんは、ゆっくりと語る。

「海の底で生まれ、洞窟に――青脈洞に流れ着くと言われています」

「洞窟……?」

 ぼくは首をかしげる。

 でも、セルとレモンは、ハッとしたように、目を見開いた。

「チャコ」

「チャコの」

 二人同時につぶやく。

「あ、あの」レモンが神父さんににじり寄った。

「それって、青く光りますか?」

「青……?」

 神父さんは首をかしげる。

「青く光るという話は、聞いたことがありませんが……」

「……そうですか」

 レモンはスッと姿勢を正す。「すみません」

「いえ……そもそも、よく分かってはいないのです」

 神父さんは静かに首を振った。

「誰も、もちろん私も、実物を見たことはないのです。ただ、伝承として、はるか昔から、この島に語り継がれているというだけで……」

 じゃあ、青く光るかもしれないのかな?

 ぼくは自分の剣を見る。白く、すべすべしていて、青みは見えない。

「伝承では……白く美しく、心を持たない、と言われています」

「心……」

 セルがつぶやく。レモンはチラリとセルを見つつ、

「石に心って、あるのでしょうか」

と、神父さんに尋ねた。

「さあ、わかりません」神父さんは静かに首を振る。「しかし、ないとも言えません。誰にもわからないのです」

 ぼくはチラリとセルを見る。

 石の声が聞こえると言う、セルなら、わかるのかもしれないけど……。

 でも、セルは何も言わなかった。

 神父さんは続ける。

「伝承では、心を持たぬ澄白石すみしらいしは、人の心を吸い取り、形を変え、人の心の闇や奥底にある感情を、映し出すであろう……とも、言われています」

「心を、吸い取る……?」とセルがつぶやく。そして、

「え、シロ大丈夫?」

 そう言ってぼくを見る。

「ぼくはなんともないけど……」

 僕は、首をかしげて、手元の剣を見る。

 白くてすべすべしている、少しひんやりする、いつもの剣だ。

「心の……闇……」

 レモンは何かを考えこむように、黙ってしまう。

 神父さんはそっと、壊れた窓の方を見た。ぼくもつられて、そちらに目を向ける。

 そこには、島主夫妻がいた。

 バーミリオンさんは、こちらの方は見ずに、自分の剣を拭いて、鞘にしまう。

 ガーネットさんは、静かな笑みを浮かべて、ぼくを見ていた。

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