ぼくらの、交錯する思い①
ガーネットさんの魔法は、不思議だった。
ガーネットさんは、静かに微笑んでいる、背は高くはないがスラリとした、大人しそうな人だ。
けれど、スウッと手を振ると、瓦礫がふわっと持ち上がる。
両の手のひらをパチンと合わせると、粉々なガラスがカチャカチャと組み合わさり、融合し、一枚のきれいなガラスになる。
「すごい……」
セルが呆然として見ている。
「すごいのよ、本当に」
レモンがニコニコしている。そして憧れの目で、ガーネットさんを見つめている。
レモンはガーネットさんのこと、本当に好きなんだろうな、とわかる。
「わたし、掃除、あまり好きじゃないの」
ガーネットさんは微笑んで、こちらを振り向く。
「だからね、魔法で楽にできないかなって考えてたら、できるようになったの」
「へえー!」
「子どもの寮」の女の子が声を上げる。
「あたしもやれるようになるかなあ?掃除キライだから!」
「でも、セルも掃除しないけど、セルの部屋は汚いよ?」
ぼくは首をかしげる。正しくは掃除しない「から」汚いんだけど。
セルがムッとした顔でぼくを見る。
レモンがクスクス笑う。
「わたしも前にやってみたけど、なかなか難しいわよ?加減がね。でも、やってみたらいいと思う。ガーネットさんに教えてもらったら?」
「いいわね、今度、お掃除の魔法、教えにくるわ」
ガーネットさんは微笑んでそう言う。言いながら、右手を振ると、床のスライムの残骸が、サラサラと消し飛ぶように消えた。
「あの、わたし、床拭きます」
レモンがそわそわしながらガーネットさんのところへ行く。ガーネットさんは
「じゃあ、お願い」
と、にっこりうなずく。
ぼくもなにかしたほうがいいよね……
ガーネットさんを見ると、ガーネットさんは少し考えて、
「シロくんは、夫を手伝ってくださる?力持ちみたいだから」
と言った。見ると、バーミリオンさんは釘とトンカチを持って、椅子を直しているようだった。ぼくはそちらに歩いていく。
「それと、あなたは……」
ガーネットさんは、セルの方を見た。
「どう思う?今回のことについて」
「えっ……」
セルは戸惑うが、
「なにか、考えているでしょう?聞かせていただけるかしら」
そう言われて、少し考える。
「ええと……違和感を、感じました」
「そう、具体的には?」
「ゴーレムが……石やスライムを、道具のように使うことに」
セルは静かに話す。
「ゴーレムは、本来、誰かの魔法や命令で動く人形……だと、思ってました。けど、最近のゴーレムは、まるで人間のように、知恵を使っているみたいで」
「そう、そうね。わたしも、そう思っていたわ」
ガーネットさんは、なんとなくうれしそうに言う。
「青脈洞のゴーレムは、昔から強かったけれど……スライムを身にまとったり、武器のように投げたりする個体が出てきたのは、ここ最近なの」
ぼくの渡した木の棒を受け取ったバーミリオンさんが、チラリとガーネットさんを見た。
「ゴーレムだけじゃないわね?」
「はい。スライムも……明確に弱い子どもを襲おうとしたり、俺の口をふさごうとした」
セルは思い出したのか、ちょっと気持ち悪そうな表情になり、口元を押さえる。
「災難だったわね」
ガーネットさんは優しく、セルにハンカチを差し出した。
「そうね……魔物が意志を保ち、知恵を使う……これは、全国的にも珍しいこと。……成長している」
振り向き、レモンを見る。レモンは床に水魔法をかけて、器用に汚れを洗い流していた。
「レモンは、スライムテンタクルスにやられたんですって?」
「スライム……テンタ……?」
ぼくはつぶやく。聞いたことのない名前だ。
「ああ、ごめんなさい」
ガーネットさんは、ぼくの方に笑顔を向ける。
「四層であなたたちを襲った、毒針を放つ触手のことよ」
「ああ……」
レモンに突き刺さった毒針を思い出し、ぞっとする。
レモンは振り返り、
「テンタクルスって、昔、四層や五層にいた触手の魔物のことですよね?巨大なイソギンチャクみたいな」
と言った。
「そう。わたしは、そのテンタクルスが、毒を持つスライムと、融合したと考えているの」
ガーネットさんはさらりと言う。
「融合……なんで」
レモンはギョッとした表情になる。
「二年前のあの日――魔獣が復活し、レモン、あなたたちが倒してくれてから……洞窟の魔力はそれまでと比べものにならないほど、強まっている」
ガーネットさんは、レモンを見ているが、どこか遠くを見ているようにも見える目で、そう言った。
レモンはうつむいた。
「悪いことばかりじゃないわ。その魔力や強大な魔物に興味を持って、島外からたくさんの、力のある冒険者の方々が訪れてくれている。今度、討伐隊にもまた二人、招き入れたわ」
「……そうですか」
レモンの表情は浮かない。
「けれど、その魔力の強まりによって、魔物が成長し、進化し、形を変えて……知恵や意志を持って、人間を襲うようになっていることも事実」
ガーネットさんは、微笑みを崩さない。
「今日、この教会が襲われてしまったのは、わたしたち島主の不手際です。つつしんでお詫びします」
「そんな」
オリーブさんがあわてたように首を振る。神父さんは黙って、ガーネットさんを見つめていた。
「教会には、より強力な守護魔法をかけます」
ガーネットさんは、きれいに直したステンドグラスを、窓枠にはめながら言った。
「この町の守りも、もっと固めないといけないわね」
「そうそう、わたしたち、もともとはあなたのお見舞いにきたのよ、レモン」
きれいになった大聖堂で、ガーネットさんは、床を拭き終えたレモンに近寄った。
「ええっ、ありがとうございます……!」
レモンの顔がぱあっと明るくなり、頬がピンク色に染まる。
「そうだったな」
バーミリオンさんもうなずき、歩いてくる。
「大変だったわね」
ガーネットさんは、慈しむようにレモンの顔を見つめ、そっと手をなでる。
「けれど、あなたのおかげで、また一つ、洞窟のことがわかったわ。ありがとう」
「そんな、わたしなんて、足引っ張っちゃって」
レモンは恥ずかしそうに笑う。
「バーミリオンさん、本当にありがとうございました。わたし、重かったでしょう」
「重くはない」
バーミリオンさんは端的に答えた。
「困った時は、お互い様よ」
ガーネットさんも優しく言い、なにかをポケットから取り出して、レモンに渡す。
「これ、お守り。大したものじゃないけれど、持っていて」
「えっ……!」レモンは息をのんで、手元の布製のサシェみたいなお守りを見つめる。
「これ……手作り?」
「ええ、わたしが作ったの」
ガーネットさんはうなずいた。
「そんな、もったいないです、わたしなんかに」
レモンはあわてたようにガーネットさんを見て言うが、ガーネットさんは、
「そんなかしこまらないで。わたしたち、あなたには本当に、期待しているの。だから、本当に、体を大切にしてほしいの……このお守りを見たら、わたしたちを思い出して。ちゃんと生きて帰ってくるのよ。ね」
と、有無を言わさぬ笑顔で、うなずいて見せた。
レモンは、うれしそうにお守りを抱きしめて「ありがとうございます!」と高い声を上げた。
ガーネットさんはその日のうちに、双月堂と、そのまわり全体に、守護魔法の結界を張った。
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