幕間

洞窟での食料事情

「それ、手作り?」

 レモンに聞かれて、干し肉を食べようとしていたチャコールはうなずく。

「うん、もらった鶏肉を割いて干したの」

「へえ、すごい。おいしそう」

 レモンはニコニコして、チャコールの食料を眺める。

「そのパンは?」

「自分で作って干したの。ナッツと紫紺レーズンが入ってるから、カチカチでもおいしいよ」

「えらいなあ、作るだけでもすごいのに、本当に工夫してるのね」

 レモンは感心したように言う。

「庭で野菜も育ててるしなー」

とカーマイン。「昔スープ作ってもらったけど、うまかったなー」

「すごい、えらすぎる。バイトも探索もしながら、自炊もしてるなんて」

 そうかなあ……とチャコールは思う。

 素直に喜びたいところだったが、ちょっと、心に引っかかるものがある。

「こどもの寮」でレモンが振る舞っていたクッキー。

 あれを思い出すと、自分のどの料理も、色あせてみすぼらしいものに見えてくるのだ。

「レモンこそ、体にいいものたくさん持ってる」

 とりあえず、レモンをほめ返し、彼女の手元を見る。スムージーキューブに、ドライフルーツ入りの乾パン。

「全部市販品よ、自炊はそんなに好きじゃなくて」

とレモン。

「そうなの?でも……」

 でもクッキー作ってたじゃん、と言いかけると、

「えー、でもこないだクッキー作ってたじゃん」

 カーマインが同じことを言った。

「あれは特別よ。まあ、することはするんだけどね、飽きっぽいのよね、わたし」

 レモンは肩をすくめて笑った。

「チャコールみたいに毎日コツコツ何かを作り置きして、なんてとても無理。カーマインは……え?なにそれ?」

 レモンの声色が変わり、見るとカーマインは、焼けた白いキノコをかじっていた。

「これ?そこで拾ったのを魔法で焼いたやつ」

「またぁ?」

 チャコールは笑い、

「拾ったぁ!?」

 レモンはあきれかえる。「信じられない、毒があるかもしれないのに」

「小さい頃からよく採って食べてるやつだから大丈夫だよ」

 カーマインはケロッとしている。

「でもカーマイン、昔毒キノコに当たったことあったよね?」

 チャコールが指摘すると、カーマインは、

「最近は当たってないぜ!」

と得意げだ。

「肉もほしいなー。四層の地底湖には魚がいるらしいじゃん?食べてみたいな」

「やめて、本当にやめて」

 レモンはぐったりした様子で首を振った。


             *

 

 かりっ。

 ぼくは乾パンをかじる。

 この間、レモンに勧められてお店で買ったものだ。といっても、ぼくはお金を持っていなかったので、レモンがおごってくれた。

 うん。正直、セルの家でもらったやつより、ほんのり甘くて美味しい。なんて、セルには言えないけど。

「ねえ、もうちょっと栄養考えたら?」

 レモンの呆れたような声に振り向くと、レモンは乾パンをかじってるセルを見ていた。

「考えてるよ」

 とセル。

「どこが?乾パンばっかじゃない。」

「乾パンは全粒粉のだし、プロテインも持ってる。サプリも」

 セルはカバンから、錠剤の入った瓶を出す。

 ……色々な石を入れてる瓶と同じ瓶だけど、ちゃんと区別してるのだろうか?

「信じられない……」

 レモンは眉をひそめる。

 ぼくは、レモンの食事を見る。野菜スムージー、干し肉、ふわふわの米粉パン。

「それ、お店で買ったの?」

 ぼくが聞くと、レモンはうなずく。

「そうそう、この干し肉は、チャコが食べてるの見て、いいなと思って取り入れたの。けっこういい赤身のものとか売ってるし。時々食べると、プロテインより気分が上がるのよ。スムージーは乳酸菌入りのとかプロテイン入りのとか、色々種類があるキューブが売ってて、こうして出先でも、水に溶かすだけで作れるの」

「そのパンもスムージーキューブも高いやつじゃん」

と、セル。

「健康には変えられないわ」

とレモン。「それに、お金は計画的に使っているもの。家に仕送りもできているし」

「仕送り……」

 セルはつぶやく。レモンはしまったという顔になるが、セルは特にそれ以上は言わずに、「探索隊ってもうかるの?」と聞いた。

「あ、まあね。呼び出しは不定期だし、討伐内容によるけど……っていうか、」レモンの声の調子が強まる。「セル、あなたこそ、あれだけすごいもの色々作ってるんだから、それを売ったお金持ってるんでしょう?」

「最近売ってないし……」セルは頭をかく。

「町のお店で買ってくれるわよ?洞窟近くにもあるわ」

「うーん……」

 なんだか煮え切らない返事だ。

 レモンは質問を変えて、

「おいしいもの、興味ないの?その乾パン、いつも同じよね」

と聞いた。

「同じじゃないけど……三種類くらいあるけど」

 セルは小さな声で反論する。

「買ってるお店は同じところでしょう?洞窟近くの、あの小さな、なんでも屋さんみたいなところ」

とレモン。セルは、

「そうだけど……別に、ほかの食べ物に興味ないわけじゃない。でも自分で作ったり、店を巡って調達するほどじゃない」

と言って、乾パンをかじった。

「まあ、それはちょっとわかるわ」レモンはあっさり言う。「わたしも、体調管理とかのためだから続けてるけど、面倒だと思わないわけじゃないし。セルは、何が好きなの?」

「うーん、クッキー……かな……」

 セルは難しい顔で考えながら言う。レモンの顔がパッと明るくなる。

「そうなんだ、意外。今度、オススメのやつ、町で買ってきてあげよっか。どういう味が好き?」

「いや……いいよ、別に……」

 その会話に、ふと脳裏に浮かんだ単語があった。

 ぼくは、思わずその単語を口に出していた。

「ナッツとハチミツ……」

 セルがビクッとしてぼくを見る。

「あら、シロはナッツが好きなの?」

とレモン。ぼくはとりあえずうなずいておいた。

「ちょっと」

 セルがぼくの袖を引っ張り、小声で言う。

「ナッツとハチミツって、なんのこと?」

 顔が真剣すぎて、ちょっと怖い。

「わかんないけど……なんとなく、セルが好きかなと思って……」

 ぼくは困りながら言う。そう、なんとなく、セルがそう言いながら、ゴツゴツしたクッキーを食べてるような光景が、脳裏に浮かんだのだ。

「……まあいいか。まあ、嫌いではない」

 セルはため息をついた。

「セルの家にはキッチンもないし……」

 レモンは、ティーバッグをコップに入れて魔法でお湯を注ぎながら、口を尖らせる。

「料理や加熱なら石でできるよ」と、セルはレモンを見て言う。「でもどうせ失敗するし、非効率だから。」

「料理に効率を求めないの!……と言っても」レモンは笑う。「わたしも結構、効率は求める派。掃除も苦手だから、部屋に置くものは最小限にしてる」

「えっ?」

 ぼくは意外に思う。

「だってレモン、チャコールの家を掃除……」

「人んちはいいの、だってやりがいあるじゃない。人の役に立てるのなら。あれはお詫びというかお見舞いだし……あら?」

 レモンはぼくを不思議そうに見た。

「どうしてシロが、そのことを知ってるの?」

 ぼくは「ええと……」と困ってしまう。「してそうだな、って、思っただけで……」

 我ながら苦しい言い訳だ、と思う。

 自分でも何でそんなことを言ったのかわからない。考えるより先に口をついて出たのだ。

 レモンは「……そう?」と、それ以上は追求せず、紅茶を飲みはじめた。

 セルは黙ってぼくを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る