第五章 紺青の澄白石

二年前〜チャコール・グレイ〜

チャコール・グレイの存在意義は

「はあっ!!」

 襲いかかってきたスライムを、左腕につけた盾ではじき、

「とりゃあ!」

 大剣で斬りつける。

 スライムは真っ二つになり、動かなくなった。

 ここは四層「水縹みはなだの層」。レモンがすっかり回復したので、チャコール、レモン、カーマインは、リベンジとばかりに探索に来ていた。

「チャコー!」

 レモンが駆け寄ってくる。「すごいじゃない!」

「えへへー」

 チャコールは笑う。

 いつの間にか、レモンはチャコールのことを「チャコ」と呼ぶようになっていた。それがチャコールはうれしかった。

「剣、とても速かったわ。見えないくらい」

 レモンは言う。

「それに、その盾。すっかり使いこなしているのね」

 チャコールは左腕の盾を見る。

 ガーネットにもらった盾は、思った以上に使いやすく、役に立っていた。

 大剣も、抜いて構えるくらいなら片手でできるようになったし、振り回すのにもだいぶ慣れた。

「うん、練習したから」

 チャコールは剣をそっとなでた。

 白い剣の中心あたりが、ふわっと青く光った。以前より、少し濃い青になっている。

「その剣、不思議よねえ」

 レモンが剣を見つめる。カーマインも走ってくる。

「カッコいいよな!強くなるたびに、青みも強くなってる感じ。何か、レベルアップ!みたいな」

「キレイだよね」

 チャコールはそう言って剣をなでる。

「この青い光を見てると、なんだか落ち着くんだ」

 自分は強くなれてる。そんな証に見えて。

「チャコ、本当に強くなったわ」

 レモンはにっこりほほえむ。

「この調子なら、あの大きな地底湖にも行けそうね」

「おお!潜水艦で潜るやつか。ワクワクするな!」

 カーマインがはずんだ声を上げた。


「焼き尽くせ!紅蓮の炎クリムゾンブレイズ!」

 カーマインのかけ声で剣先が炎に包まれ――

 カーマインが枝に刺した魚をあぶりはじめた。

「焼き尽くしちゃダメでしょ」

 レモンがつっこむ。「まあ、うまく焼けてるみたいだからいいけど」

 ほんの十分ほど前に、カーマインがその辺の小川で釣り上げた魚だ。白く、目が退化している。ウロコはなく、つるりとしている。

 はじめは少し不気味に見えたが、焼いてしまえば、町のそばの川で釣れる魚と同じに見える。香ばしいにおいがしてきて、チャコールのお腹がぐう、と鳴った。

「ほら、レモンも食いなよ」

 焼けた魚を差し出すカーマイン。

「いえ、大丈夫よ」

 レモンは笑顔できっぱり断る。

「じゃっ、チャコ!これうまいぞ!」

「ありがとう!」

 チャコールは素直に受け取り、かぶりついた。白身の淡白な甘みが口いっぱいに広がる。

「おいしい!これ、おいしいね!」

 レモンが、マジか……という目で見ているが、気にはならない。

 食べられるものは食べるべし。チャコールの信念だ。カーマインほど未知のものに手を出そうとは思わないが、安全で、しかもおいしいとわかっているのならば、話は別だ。

「だろ!」

 カーマインも満足そうだ。「地下洞グルメとして、これ、売れるんじゃないか!?」

「ここで食べるからおいしいってのもあるんだろうねー」

 チャコールは笑いながら、楽しいなあ、と思う。

 楽しいなあ。

 レモンのあきれたような視線も込みで、この状況が心地よい。

 この時間が終わってほしくない。

 ずっと、バカみたいなことをして、笑っていたい。


「あ、この石……水宝玉すいほうぎょくだ」

 チャコールは小川の端に固まった岩の中に、透き通った水色の石を見つけ、カツンカツンと掘り始めた。

「売ってるの以外、初めて見た。きれいだなあ」

 そっとカーマインとレモンを見る。

 二人は岩の向こう側で、何か楽しそうに話しながら、お茶を飲んでいる。

 これを見せようと思ったけど……ジャマしちゃ悪いかな。後にしよう。

 チャコールは掘り出した水宝玉を見つめる。

 ――チャコ、本当に強くなったわ。この調子なら、あの大きな地底湖にも行けそうね。

 レモンに言われたことが、心の隅に引っかかっている。

 ぜいたくなことを考えてるのはわかっている。考えすぎだとも思う。

 けど。

 レモンはほめてくれるけど、いつも、評価されてる気がして……なんとなく気が抜けない。

 まあ、カーマインに対しても同じような調子だから、レモンには本当に、悪気はないんだろう。それはわかっている。

 別に、今突然チャコールが戦えなくなったりしたとしても、レモンは見放したりはしないだろうな、とも思う。

 でも……。

 

 カーマインの自然な空気を思う。

 焼き魚を差し出してきた笑顔。昔と変わっていない。

 チャコールより先にレモンに勧めたことにも。

 今もチャコールのことは忘れたかのように、レモンと話しこんでいることも。

 きっと何も意識してはいないんだろう。

 あいつ、自分の気持ちに気づいているのかな……?

 気づいてないかもしれないな。


 ――あいつさー、ホント抜けてるよなー。

 ――バカだよあいつ。オレたちがいるのにさ。

 

 カーマインは好きな人には、あんな表情をするんだなぁ。

 ずっとそばにいたのに、知らなかったな。

 チャコールの胸がチクっと痛む。

 知りたくなかったな。

 もしかして、いやきっと――


 あたしはあの二人にとっては、ジャマなのかもしれない。


 あたしはここにいるべきではないのかもしれない。


 レモンはあたしがここにいる理由を、無理矢理にでも探してくれてるんじゃないだろうか。だからあんなに、強くなればほめてくれて、魔物を倒せば評価してくれて。少し前の、怒ってばかりいたころとは違う。

 それって、あたしをジャマだと思いたくないからじゃないんだろうか。

 そう思ってもらえるのはうれしいけれど、裏を返せば、あたしはやっぱり、強くなければ、ただジャマなだけなのかもしれない。

 あたしがカーマインと盛り上がっても、あきれこそすれ、ヤキモチなんて妬いてる様子はない。

 優しいから。人間ができているから。

 いや、そもそもあたしが、彼女と同じ土俵に立っていないから――か。

 

 カーマインはそのことに今は気づいてないだけかもしれない。

 いつか気づいてしまうだろうか。

 いつか、あたしがいない方が、レモンと二人きりの方が、楽しいと、気づいてしまうだろうか。

 ――だったら。

 だったら、優しくしてくれなくていいのにな。

 魚なんてくれなくていいのにな。

 ジャマしたくないのに。この気持ちはあきらめると決めたのに――

 やっぱり、好きだと、思ってしまうじゃんか。

 気づいてしまうじゃないか。

 あたしの中の、この思いが、いつまでたっても、消えてくれないじゃないか。

 

 首を振り、ぎゅっと大剣を抱きしめた。

 剣の内側が、青く、群青色に光る。

 チャコールは、剣を見つめる。

「……いらないなんて、言わせないんだから」

 つぶやき、強くうなずく。

 カーマインは強い。けど、考えて、まわりを見て動く力は、チャコールの方がある。レモンはもっとあるけれど。

 レモンは強い。けど、体力や腕力はチャコールの方がある。カーマインはもっとあるけれど。

 そう、だから。

 あたしはここにいていいはずだ。

「……そうだよね」

 剣に話しかけるようにささやく。

 剣の青が一層、濃く光った気がした。

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