チャコール・グレイと新しい写真
夜、チャコールが体を拭いていると、
コンコン。
ノックの音がした。
誰だろう?
「はーい」
答えて、チャコールはあわてて上着を羽織り、ドアを開ける。
そこに立っていたのは、少し意外な人物だった。
「セルリアン!?」
チャコールは驚き、パッと笑顔になる。
「どうしたの?あたしの家、よくわかったね!」
「前に教えてくれたじゃん」
セルリアンは首をかしげる。「大きな
「よく覚えてたね!」
入って入って、とチャコールは扉を大きく開き、セルリアンを招き入れる。
「レモンが昨日掃除してくれたんだー、なんか食べる?お腹すいてない?あ、夕ご飯食べた?」
「大丈夫、ちょっと届けたい物があっただけだから」
セルリアンはチャコールを見る。
「チャコール、大丈夫?毒にやられたって聞いたけど」
「大丈夫、もうだいぶ元気だよ」
チャコールは笑って、それからあれ?と思う。
「セル、それだれに聞いたの?」
「あ、うん」セルリアンはちょっと困ったように視線を外す。「一層の人たちが、バーミリオンって人と話してるのが聞こえて……」
「あー、カーマインのお父さんか。ふうん……なんであたしの話なんかしてたんだろ?」
チャコールは不思議に思い、首をかしげた。
「四層って、あまり行く人いないんでしょ?」セルリアンは言う。「だからみんな気になるみたいだった。どんな毒なのかとか、どんな生物なのかとか。バーミリオンって人は、あまり知らないって言ってたけど」
「そうなんだ」
チャコールは納得した。たしかに、多くの探検家は二層か三層までしか潜らない。四層以下は生物も地形も危険と聞くし、大抵の鉱石は三層より上で手に入るからだ。
「そう、スライムの毒。セルが教えてくれてたのに、やられちゃった」
「誰かをかばったの?」
セルリアンの質問に、チャコールは驚く。
「えっ、それもバーミリオンさんが言ってたの?」
寡黙なバーミリオンが、そんなに詳しく色々話すだろうか。
案の定、セルリアンは首を横に振り、「ただの俺の勘だけど」と少し眉をひそめ、ため息をつく。
「無茶するなあ、チャコールは」
「えへへ。あ、でも、ホントにきれいなところだったよ。また行きたいなー」
チャコールは思い出す。透き通った川、水色に光る水底。
「こりないね……」
セルリアンは少しあきれたように笑う。
「まあ……チャコールらしいけど。そうだ、前に渡した翡翠の指輪ある?ペンダントにしてもらったやつ」
「あ、うん。はい」
チャコールはベッド脇に置いていたペンダントを手渡した。
セルリアンはカバンから、以前チャコールがあげた煙水晶を取り出す。磨かれて、一回り小さくなっている。
「うまく行くといいんだけど……翡翠は硬いから」
つぶやき、煙水晶を翡翠の指輪に軽く押し当てる。
「……融合せよ、
淡く、煙水晶が光る。
するん……と、翡翠の一部が柔らかく歪み、煙水晶を受け入れるように飲み込んだ。
チャコールは息をのむ。
まるではじめからそうだったかのように、翡翠の指輪に、丸い煙水晶が装飾のように嵌め込まれていた。
「すごい……」
「はい」セルリアンはチャコールに手渡す。その手は少し汗ばんでいる。「煙水晶は、守護の石って言い伝えがあるから。お守りに入れてみたいなって思ってたんだ。うまくいってよかった」
「すごい。ありがとう……」
「でも」セルリアンは表情を変えずに言う。「やっぱり、石のそういう、言い伝えの効果は、限界があるよ。チャコールを守れなかった」
「わかってるよ」
チャコールはそっと指輪を両手で包みこむ。
「それでもさ、セルが一緒に見守ってくれてるような気がして、力になるよ」
「そう……」
セルリアンは少し黙ってから、
「一緒に行けなくてごめん」
とつぶやいた。
謝らせるつもりはなかったんだけどな、とチャコールは思った。
「セルは、探検とかたまにはするの?」
話題を変えてみる。
「二層の入り口くらいなら」
セルリアンは答える。「鎖があるし、降りやすいから。いい石がたくさんあるし」
「だよね」チャコールはうんうんとうなずく。
「……でも、やっぱり俺には向いてない、探検とか。体力もないし、工房で石をいじっている方が性に合ってる」
「そう……」
――あたしと一緒なら行けるんじゃない?
そう、以前に聞いたことがある。
セルリアンは、
「チャコールと、今の仲間の……カーマインたちとの邪魔にはなりたくないから」
と言って黙ってしまった。
まあ、無理に引っ張り出すもんでもないよね。
大体、今日のように町に出てくるのもかなり珍しいのだ。明るいところも、人の多いところも苦手だと言っていた。
「その写真……」
セルリアンが、ベッド横の写真を見る。
「あ、これね」
チャコールは説明した。
昔ガーネットが撮ってくれたという、母親との写真。
初めてレモンも一緒に洞窟に行った時の、三人の写真。
「……最近のチャコールの写真がないね」
セルリアンの言葉にチャコールは、え?と聞き返し、
「三人で撮ったのがあるよ?」
「うん、でも見切れてるし……」
セルリアンはふと言葉を止め、カバンから小さなカメラを取り出した。
「今撮ってあげるよ」
「ええ、ここで?フツーに家の中だけど」
「うん、だから。普段の様子も残しといてもいいと思う。気に入らなければ捨てるなりしまえばいいんだし」
セルリアンはそう言って、カメラのスイッチを入れた。
「……たしかに、そういうのが一枚くらいあってもいっか」
何より、友達に撮ってもらった写真、というのがいい。
チャコールは大人しくベッドに座り直し、にっこり笑ってピースした。
カシャリ。小さな部屋の中に音が響く。
「じゃあ、現像するからちょっと待ってて」
「えっ、セル、現像できるの?」
チャコールは驚く。この手のカメラの現像は特殊な魔法を使うと聞いている。レモンは自分で現像できると言っていたが、カーマインはできないと言っていた。
「うん、これ少し改造してあるから」
セルリアンはサラッと言い、部屋の明かりを消す。暗くなった部屋で、カメラの蓋をパカリと外し、
「その姿を映せ、
と唱えた。
カメラの中、写真版が青く発光する。淡黄色の粉がふわりと舞い、集まり、あっという間に写真の形を作る。そこに青白く絵が浮かび上がり、ゆっくりと色づいていく。
「うわあ……」
チャコールは感嘆の声を上げた。「こんなの初めて見た。町の写真屋さんのやり方と全然違う」
「あ、多分このやり方は一般的なやつじゃないから……自分がやりやすいように、中の板やレンズを変えたんだ」
セルリアンはそう言って明かりをつけた。
「――うん、いい写真だ」
チャコールものぞきこむ。
窓の前でピースする自分。作り笑いではない、自然な笑顔だ。
背景の家具は古びているが、きれいに整頓されている。
「レモンに部屋きれいにしてもらっててよかったぁ」
チャコールは笑う。
セルリアンは、なにやらカバンをあさっていたが、青紫色に透き通った石を取り出した。
「
優しくなでると、石がすうっと形を変え、一枚の板になる。いや、よく見ると二枚重なっており、うち一枚は、枠のようになっている。
「わ、それ、フォトフレーム?」
チャコールは声を上げる。セルリアンはうなずき、撮ったばかりの写真をそこに挟み入れた。そして、「はい」と渡してくれる。
「ありがとう!飾るよ!ねえ、セルの分も現像して家に置いといてよ」
「いや、俺はいいよ」
セルはあっさりと言う。
まあそうだよね、友達の写真とかとっておくタイプじゃないよね、と、チャコールは、少し残念に思った。
月の光を、青く、紫色に反射する写真立て。
「きれい……」
チャコールはうっとりと眺める。
「……あのさ」
セルリアンがぽつりと言う。
「チャコールは、どうして、そんな四層まで降りるの?」
「え?」
チャコールはセルリアンを見た。
セルリアンは写真を見つめながら続ける。
「危険なところだって、一層の人たちが言ってた。俺、そんなに知らなかったけど……スライムの毒だって、死ぬ人もいるって聞いたし」
「それは、でも……その分、高く売れる鉱石とか、見つかるかもしれないじゃん」
チャコールは笑ってみせるが、セルリアンは笑わない。
「お金を稼ぐためなら、二層でもできる。珍しい石なら三層にもある。三層のミルキーワームだって強かったんでしょ?そんな危険をおかしてまで、どこまで行くの?」
セルリアンはチャコールを見る。目の中に影が見える。
あ、心配してくれてるのかな……とチャコールは思った。
「うん……あのね」チャコールは少し考えて話す。
「あたしね、あの洞窟――青脈洞、好きなんだ」
セルリアンは黙って聞いている。
「だってワクワクしない?進めば進むほど、見たこともない魔物や、鉱石が見つかるんだもん」
チャコールの目が月明かりを反射してキラキラ輝く。
「それにね、それを、冒険仲間と分かち合うのが、とっても楽しいんだ」
セルリアンは少し目をそらす。
チャコールは気づかずに続ける。
「魔物もさ、強いし、危ない時もあるけど、でもそいつらと戦うごとに、あたしは強くなってると思う。それがとってもうれしくて、あたし、冒険して戦ってる時の自分が一番好きなんだ」
話しながら、ああ、そうだ、とチャコールは思う。
冒険が好きだ。仲間が好きだ。
力を合わせて道なき道を進めることが、とても幸せだ。
みんなで笑顔で、新しい道に進んでいきたい。
次はどんな冒険が待っているんだろう。
「だから、心配いらないよ。今回も二人が――カーマインとレモンが連れ帰ってくれたしさ。あたしももっともっと強くなるから」
「……わかった」
セルリアンはうなずき、荷物をまとめはじめる。
「……でも、つらい時は、無理しないで」
そうつぶやくような声で言い、チャコールを見た。
「……うん、大丈夫。ありがとうね、セル」
チャコールはにっこり笑ってみせた。
一人になった部屋でチャコールは、写真立てを眺める。
セルは優しい。話していると、なんだか安心する。
でも……
セルには、無理にでも笑ってがんばりたい、人とのつながりを求めたい、そんなわたしの気持ちはわからないのかもな、と思う。
自分でもよくわからない。
ただ、大切な人たちと一緒にいたい。置いていかれたくない。
大丈夫。無理にでも笑って話しかけていれば、はじめは仲良くなれなかった人とも仲良くなれる。分かり合える。楽しくなれる。
それをチャコールは、これまでの経験から知っていた。
だから、簡単にはあきらめたくないのだ。
「だから……もうちょっと、がんばってもいいよね」
写真立てを置いている棚に立てかけた、白い大剣に、話しかけるようにつぶやく。
ふと、剣の中に青い光がうごめいてることに気づく。
「――あれ?」
見つめているうちに、その光は消え、元の白い剣となっていた。
気のせいかな?
チャコールは右手を動かす。しびれはすっかりとれている。
明日は剣を振れるかな。
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