チャコール・グレイと島主親子
「ようチャコ!元気出たか?」
レモンが来た次の日、カーマインが両親とともにやってきた。
「こんにちは、チャコ」
カーマインの母、ガーネットがほほえむ。
父のバーミリオンは黙って片手を上げる。
「あ、こんにちは」
チャコールは食べていたパンを置いて、あわてて立ち上がる。
「お、うまそうなパンだな!あのパン屋でもらったやつ?」
「ううん、これは自分で作ったやつ」
「へえ!いいじゃん。チャコ、料理の腕上げたな」
カーマインは遠慮なく上がりこみ、キョロキョロ見回す。
「なんかキレーじゃね?えっ、お前、まさか、病人なのに掃除したの?」
「まさか」チャコールは笑う。「昨日レモンが来て、掃除してくれたんだよ」
「あー、らしいわー」
カーマインは、うんうんとうなずく。
こうして話していると、昔に戻ったみたいだ、とチャコールは思う。
「カーマイン」
ガーネットが声をかけると、カーマインは、あ、と声を上げて、チャコールのところに来た。
「忘れてた。これ、お見舞い」
そう言って大きな盾をヒョイと掲げる。
……盾?
「えっ?」
「カーマイン、あと花束」
ガーネットが言い、カーマインはあわてて大きな花束を「はい!」と差し出す。
「え、待って待って。この盾、どうしたの?」
「あ、なんか家にあった」
チャコールはガーネットを見る。ガーネットはほほえんで、
「昔、わたしが使っていた盾よ。物置を掃除したら出てきたの。よかったらもらって」
と言った。
「ええー、もらえないですよ、こんなすごいの……」
チャコールは困ってしまう。
赤い革張りの小ぶりな、立派な盾は、自分には少し無相応に見える。
「なんで?いいじゃん」カーマインは気軽な調子で笑う。「絶対使いやすいよ、持ちやすいし」
「でも、お母さんの盾なら、カーマインがもらえばいいじゃない」
「俺はもう父親のもらってるし」
「使わなくてもいいのよ」ガーネットはほほえんでいる。「飾っておいて」
「うーん……」
チャコールはガーネットをチラリと見る。
なんか、断れなさそうな雰囲気だ。
「じゃあ……ありがとう、ございます」
チャコールはぺこりと頭を下げて、盾を受け取った。
「ちょっと庭見ていい?今何を育ててんの?」
カーマインが庭に出ていき、バーミリオンもそれに続く。
部屋にはチャコールとガーネット、二人だけになった。
ガーネットは、チャコールの使ったお皿を洗ってくれている。
チャコールは所在なく、ベッドに腰かける。
「チャコールは、とても勇敢ね」
ガーネットが言う。
「そんなこと……」
「お友達をかばうなんて、なかなかできることじゃないわ」
「そんな、無謀なだけだよ……」
チャコールは困って、笑いを浮かべながら、窓の外を見るふりをして目をそらした。
――やっぱ、ちょっとだけ、苦手だなぁ。
チャコールは思う。
あまり考えたくないが、そう思うのだからしかたがない。
ガーネットは優しい。いつも穏やかな笑顔で、落ち着いている。島主で大きな家に住んでいてお金持ちなんだろうと思うが、それを鼻にかけず、町のためや人のために惜しみなく寄付したりしていると聞く。昔からチャコールが困っていれば助けの手を差し出してくれたし、「こどもの寮」にいた時も、よく差し入れをしてくれていた。一人暮らしを始めてからも、時々差し入れや、新しい家具などをくれたりする。今回くれた盾も、そのノリなんだろう。
けど――
「チャコール」
ガーネットの声に振り向く。
ガーネットはテーブルの前の椅子に腰掛けて、ほほえんでいる。
「あなたは、まだまだ強くなれる。あせらないで大丈夫よ、そのままのあなたでいてね」
「……ありがとう」
なんだか――
心を見透かされてるような気がして、落ち着かない。
優しい笑顔なんだけどな。
こんなことを思う自分は、バチ当たりだろうか。
「……カーマインのお母さんも、昔は探検とかしてたの?……してたんですか?」
沈黙に耐えられず、そう聞いてみる。
「そうよ、ずーっと昔だけどね」ガーネットは答えた。「チャコールよりはよっぽど、臆病だったけれど……」
チャコールは、昔、「こどもの寮」でオリーブから聞いた話を思い出していた。
寮母のオリーブはよく、昔話をしてくれた。
「昔ね、この島を、大きな魔獣が襲ったことがあったのよ」
「ガーネット」
玄関がガチャリと開いて、バーミリオンが入ってきた。
「そろそろ帰ろうか」
「そうね」
ガーネットは立ち上がる。
バーミリオンはそっとチャコールのそばに来て、ぼそりと、
「自分を大事にしろよ」
と言った。
チャコールが答えようとした時、
「チャコ!めっちゃ紅トマトなってるぞ!」
カーマインが飛び込んで来た。
「カーマイン、静かにね」
ガーネットが優しくたしなめる。
「あ、そうだった」カーマインはスッと大人しくなり、チャコールに、
「早く元気になれよ。ま、チャコだし、心配してないけどな」
と、明るく笑いかけた。
チャコールも笑い返す。
それがありがたい。そのくらいが気楽でいい。
……けど。
この間の会話がよみがえる。
――バカだよあいつ。オレたちがいるのにさ。
――あいつは仲間を頼るのが死ぬほど下手くそだ。
レモンのことは心配するんだよね。
胸がちくりと痛んだ。
ガーネットとバーミリオンは、そんな二人をじっと見ていた。
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