幕間
レモン・イエローの二年間
「わたしを探索隊に入れてください。きっと役に立ちます」
バーミリオンさんが探索隊を立ち上げると聞いた時、わたしはすぐに彼の家に押しかけて、頭を下げた。
バーミリオンさんは静かにうなずいた。
わたしのことを恨んでもおかしくないのに。
朝。
ホテルでシャワーを浴び、髪の毛を結う。
垂れ下がってこないように、顔まわりの髪は丁寧に編み込む。
服を着替えて、ケープを羽織る。
鏡の前で杖を構える。
鏡に映った自分を見て、よし、とうなずく。
二年前のあの日。
わたしは戦いの後、情けないことに、一週間も昏睡していたらしい。
わたしが目覚めた時には、チャコールはもちろん、一緒に生還したはずの、カーマインもいなかった。
わたしは知らない間に、ひとりぼっちになっていた。
一人だけ、助かってしまった。
わたしの見ていないところで。手の届かないところで。大切な人を失ってしまう。
あんなに絶望し、悔しかったことは、これまでになかった。
呆然としすぎて、涙も出なかった。
ただ、
――どうしたらいいんだろう?
――ここからわたしにできることはなんだろう?
それだけを考えていた。
その日から毎日。
夜中までカーマインを探し回った。
チャコールに贖罪できるよう、日々魔法を鍛えた。
一人で三層にも四層にも行った。
怪我をしてもなるべく自分で治した。
それが回復魔法の強化になると思ったから。
そんなある日。
三層で、足の怪我に回復魔法をかけていた時に、そっとわたしの背後に立つ人がいた。
ガーネットさんだった。
彼女は微笑んで、
「こんにちは、お久しぶりね、レモン」
わたしの名前を呼んだ。
「あのね、スープを作りすぎてしまったの」
洞窟には似合わない、まるで世間話でもするかのような穏やかなトーンで、彼女は言った。
「もしよかったら、食べに来てくださらない?」
と。
忘れられない。
あたたかいキノコのスープだった。
それまで一度も、人前で泣いたことはなかったのに。
母に島行きを反対された時も。
目の前でチャコールが倒れ、奪われた時も。
カーマインがいないと知った時も。
涙は出なかったのに。
なのに。
スープの温かさに、涙がぼろぼろ出てきて、しょっぱかった。
泣いても仕方ないことはわかってるのに、止められなかった。
「大丈夫。あの子は生きているわ。そう簡単にやられるような子じゃないもの」
ガーネットさんはおだやかに、しかししっかりとした声で言った。そしてわたしに笑いかけ、
「だから、焦らないで。あなたにまで、倒れてほしくないの」
と言ってくれた。
バーミリオンさんも、黙って静かにうなずきながら、わたしを見守っていた。
わたしは――
わたしは、居場所がほしかった。
頑張ってもいい、頑張ったら報われる場所がほしかった。
小さな頃からそうだった。
教わる魔法はすぐに覚えた。
教科書を自分で読みこんで、自分で魔法を編み出すやり方も覚えた。
幼学校のころは、みんながわたしをほめてくれた。
天才だって。
両親は、わたしがほしいと言うものを全て与えてくれた。
年を重ねてからできた一人娘で、本当に大切だったのだと思う。
わたしは、たしかに愛されていたと思う。
だから、報いたかった。
わたしは、喜んでほしかった。
みんなの役に立ちたかった。
みんなに笑ってほしかった。
わたしは思い上がっていた。
幼学校を卒業して、魔法学院で勉強するようになって。
座学には限界があると薄々感じるようになったころ。
群青島のことを知り、わたしは憧れた。
狭い町で学べることには限りがあると、そのころには気づいていたのだ。
群青島に行って、新しい世界で、もっと力を磨きたい。
わたしは両親に頼みこんだ。
父は渋い顔をしていた。
「父さんも母さんももう若くないんだから……」
と口ごもった。
母は、泣いていた。
「そんなに危ないところにあなたが行かなくても」
そう言って泣いた。
でも、わたしだからこそ、行けるのだ。
「あなたが危険な目にあうかもしれないと思うと、心配で心配で、夜も眠れないの」
母は感情に訴え、泣いた。
昔から母はそうだった。なにかあると、わたしのため、わたしが心配だ、と言って涙に訴えるのだ。
正直、わたしのためではなくて、自分のためじゃないかと思う。
母は昔は優秀だったらしい。けれど、父と結婚して、あっさり、魔導士の道を捨て、家庭に入った。
だから、この家以外の世界を知らないのだ。
この家に縛られてはかなわない。わたしの成長が止まってしまう。
母のようにはなりたくない。
わたしは必死で、何度も自分の希望を説明し、頼みこんだ。
こういう時、子どもは無力だ。
結局、認めてもらうのに三年もかかってしまった。
最終的には、父が母を説得してくれたと聞いている。
大丈夫。
わたしなら絶対、島でも活躍して、英雄になれる。
そうしたら、家に帰って、親孝行しよう。
それなら文句も言われないだろうし、きっと父も母もわかってくれる。
わたしはそう思っていた。
カーマインは強かった。
わたしの見たことのない剣技を次々と編み出して行った。
そして、やる気とバイタリティに満ち溢れていた。
わたしはすぐに、彼に夢中になった。
彼を見ていると、ドキドキした。
初めての恋だった。
けれど――
本当にわたしが衝撃を受け、憧れたのは、
チャコール・グレイだった。
はじめは、弱い子だと思ってた。
魔力もないし、剣で闇雲に突っ込むだけ。
身なりも質素だし、あまり考えないで動いているように見えた。
けれど――
彼女がいると、空気がやわらかくなる。
何を言っても、嫌味がなく、まわりを笑顔にする。
それはわたしがもっていない力だった。
いくら手に入れたいと願っても、努力しても、手に入りそうにもない力だった。
そして、すごい努力家だということも知った。
それなのに、それをひけらかさない、その心を美しいと思った。
わたしは、だから。
彼女を、――守りたかった。
その笑顔を守りたかったの。
お願いだから、危険な真似はしないで。
あなたは無理に戦わなくてもいい。
ただ、そこで笑っていてくれればいい。
強い魔物が出たら、わたしが率先して戦った。
彼女が無鉄砲に、自らを危険に晒すようなことをすれば、余計なことをしないでほしいとお願いした。
厳しいことを言っても、彼女のためだと思っていた。
彼女のことを、わかっているつもりでいた。
わたしは思い上がっていた。
そうわかった時には、すべてが遅かった。
わたしはずっと――
母と同じことをしていたんだ。
チャコールの悲痛な声が、涙が、心から離れない。
チャコールもカーマインも、今ここにはいない。
もうわたしを見て、認めてくれる人は、カーマインのご両親――バーミリオンさんと、ガーネットさんだけだ。
わたしがカーマインを見つけたら、チャコールを救い出せたら、二人も、きっと喜んでくれる。
いや、わたしは、そうしなくてはならない。
その責任も能力もあるのだから。
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