セルリアン・ブルーがくれたお守り

「バカじゃないの?」

 一層「萌葱の層」にある小さな小部屋の中。

 セルリアン・ブルーの遠慮のない言葉に、チャコールは口をとがらせる。

「そんな言い方ないでしょー?あたしだって、たまには気をつかうんですぅー」

「それがバカだって言ってんの」

 セルリアンは手を止めてチャコールを見た。思いのほか厳しいまなざしに、チャコールは少し戸惑う。セルリアンは続ける。

「あんた、カーマインのこと好きなんでしょ?」

「えっ?あ、うん、え?あたしその話ししたっけ?」

「話聞いてりゃわかるって」

 セルリアンは大きなため息をつく。

 チャコールの顔が熱くなる。誤魔化すように目をそらし、えへへと笑う。

 セルリアンは続ける。

「なのになんで敵に塩送ってるの?お人よしなの?バカなの?」

「またバカって言った……」

 チャコールは頬をふくらます。「それに敵って……そんなんじゃないし」

「言葉のあやだよ……」

 セルリアンはため息をつき、手元の石に視線を落とし、磨き始めた。

「……あーあ……まあね、あたしも思うとこはあるよ、いろいろと」

 チャコールは椅子の背もたれに寄りかかった。

「でもしょうがないじゃん、あの二人ほんと、お似合いだもん」

「…………」

「それにいいんだ、あたしの『好き』はさ、なんていうの?家族、的な?ほら、昔からしょっちゅう一緒だったし、お父さんやお母さんにもお世話になったしねっ」

「…………」

「……あーあ。あたしって、イタいやつかなぁ」

「…………」

 セルリアンの手が止まる。

「カーマインってばどんどん強くなっちゃって、あたし、とてもじゃないけど追いつけないよ」

 チャコールはうつむき、床の岩肌を足でなぞる。

「まーでも、昔からすごかったよ、カーマインはさ。幼学校の成績だっていつも一番だったし、剣も魔法もできるし運動神経もバツグンなんだよね。この島でいっつも一番だったところに、自分より魔法がすっごいレモンが現れたんだから、そりゃあ楽しいよね」

 静かに、自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。

「あたしがずっと気づいてなかっただけなんだ。一緒にいて楽しいから、カーマインも楽しいだろうって思ってた。はぁー……こんな、差?みたいなの、できればずっと、気づきたくなかったなー……」

「……楽しくは、あるんじゃないの」

 セルリアンがボソリと言った。

 チャコールは「えっ?」と顔を上げる。

 セルリアンは手を止めてこちらを見ている。

「楽しくなければ、その人もあんたのこと、誘わないと思う」

「そっかな?なんかさ、みんな一応誘っとかないと悪いかなとか、思うじゃん」

 チャコールは首をかしげる。自分だったら、町のはずれに一人で暮らしている幼なじみがいたら、そんなに仲良くなかったとしても、どこかに行く時には、とりあえず声はかけるだろうな、と思う。

「そりゃあ、チャコールはそうかもしれないけど」

 セルリアンはまっすぐな目でチャコールを見て言う。

「そういうの、人によるから。チャコールの話を聞く限り、カーマインって人、一緒にいて楽しくない人を毎日のように誘うようには、あまり思えない」

「そっかな……そっかも」

 チャコールは思わず笑う。「たしかに、カーマインが人に気をつかってるのって、あまり想像できないかも。あ、優しくないってわけじゃないよ」

「……わかってる」

 セルリアンはふっと目をそらし、石を磨き始める。

「なんかさ、いっつも自分に正直なんだよね。あいつ」

 チャコールは天井を見上げた。緑や青の蛍光石が揺れている。

「そこが好きなんだろうなー、あたしも、きっとレモンも」

 胸がちくりと痛む。

 レモンとカーマインの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 やめればいいと自分でも思うのに、二人のことを考えるのをやめられない。

「……チャコール」

 声をかけられて、チャコールはセルリアンの方を振り向く。

 セルリアンが立ち上がり、チャコールのところへゆっくり歩いてきた。手に持ったなにかを差し出す。

「これ、お守りに。前にもらった翡翠で作ってみた」

「えっ?」

 チャコールは息を飲んだ。

「えっ、えっ……うわぁ……すごい……」

 二週間ほど前に、石細工のお礼に渡した、一層で拾った小ぶりの翡翠ひすいの石。

 それが、美しい弧を描く、つるりとした指輪になっていた。

「えっ、これ、あたしに!?わざわざ!?」

 チャコールは驚いてセルリアンを見つめる。

 セルリアンは目をそらし、

「まあ、ついでだから……」

と、聞き取れないほどの小さな声で言う。「翡翠は魔除けの力もあるし……お守りってことで……」

「ありがとう!!」

 チャコールはパッと笑顔になり、両手で指輪を受け取ると、ぎゅっと、胸元で握りしめた。

 さっきまでのモヤモヤした気持ちが嘘のように、心が明るくなった。

「お礼しなくちゃ!」

 カバンをごそごそ探る。

「いらない、いらない。ついでだって言ったじゃん」

 セルリアンは少しあわてたように早口で言い、机に戻っていく。

「じゃあ今度!今度三層に行くから、珍しい石見つけたら絶対持ってくるね!」

 チャコールのはずんだ声が、小さな工房に響き、

「いや、それは普通に売りなよ……」

 セルリアンはあきれたように、ため息をついた。

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