二年後〜シロ〜

ぼくとセルと、チャコールの家

「チャコールの家に行けば、何か思い出すかもね」

 そう言ってセルは、ぼくを、チャコールが住んでいたという小屋へ案内してくれた。

 町のはずれ、洞窟の近くに、その小さな木の小屋はあった。

 中は薄暗く、ところどころ蜘蛛の巣がかかり、ほこりをかぶっている。

「セル、チャコールの家に来たことがあったの?」

 ぼくが聞くと、

「まあ、一度だけ……」

 セルは目をそらし、ぼそっと答えて、それきり黙ってしまった。

 ぼくはキョロキョロと見回す。

 物は多くないけれど、なんとなく散らかっている。服やタオルが床に落ち、ホコリをかぶっている。

 ベッドのそばの小さな棚の上に、いくつか写真が置いてある。

 チャコールに少し似た女性が、赤ちゃんを抱いている写真。

 チャコールと、金髪の女の子と、赤髪の男の子と三人で写っている写真。

 チャコールが、一人ベッドに腰かけ、ピースして笑っている写真。

 ……何か思い出すかと思ったけれど、何も思い出せない。

「髪、短かったんだ」

 つぶやく。ぼくの記憶の中の眠る彼女は、髪が長かった。

 

 ふとセルを見ると、セルは、チャコールの机の前で何かをじっと見つめていた。

 そっと近づき、ぼくは、

「わあ……」

 思わず声を上げた。

 机の上に、赤、青、金色、透明、色とりどりの石細工が並んでいた。丸いもの、鳥の形や魚の形をしているもの、複雑な曲線を描いているもの、幾何学的なもの。

 それらを見ていて、気づいた。

 どれも、セルリアンの工房にあるものに、どこか似ている。

「これって、もしかして……?」

 ぼくがセルリアンを見ると、セルリアンはそれらを見つめたまま答えた。

「俺からチャコールが買ってったやつだよ」

「こんなにたくさん?」

「そう」

「高いんじゃない?」

「うん。だから、簡単なやつとかは、お金はいらないって言ったんだけど、何かしら鉱物とか石とか置いてくんだよ、あいつ。そういうとこ、頑固でさ」

 セルリアンはそっと、石細工をなでる。

「……こんな昔のものまで……売ればいいってあれほど言ったのに、一つも売ってないじゃん。……バカだなぁ」

 そう言って黙ってしまったので、ぼくも黙った。

 風に木の葉がそよぐ音が、壁の外からかすかに聞こえる。

 とても静かだ。

 チャコールは、こんなに静かな家に一人で暮らしていたのだろうか。

 

「ああ、この写真……」

 ベッドの横、棚の写真を見て、セルがつぶやく。ぼくもつられてその写真を見る。

 フレームの中で、チャコールが、一人ベッドに腰かけ、ピースして笑っている。

 この写真だけ、フレームが違う。深い青紫色の、つるつるした石でできている。

 ――そういえばこの写真、だれが撮ったんだろう?

「……俺はさ」

 セルが口を開く。

 ひとりごとのように、ぽつり、ぽつりと話す。

「俺は石がないと何もできない。石以外のことは、よく知らない。……体力もないし」

「……」

 なんて言っていいかわからなくて、ぼくはだまっている。

 でもセルはぼくの答えを待っているわけじゃなさそうだった。

「この二年間、いや……もっと前から、何もできなかった」

 淡々と、でもどこか諦めと、それと怒りのような、静かな力を含んだ声。

「家でも……何もできなくて、この島に逃げてきたけど――結局ここでも、何もできてないままだ。」

 ぼくはうつむいているセルの横顔を見つめる。

 感情が読めない、無表情に見えるその奥に、さびしさとくやしさがにじんでいるように見えた。

 ――この人の過去に何があったんだろう?

 セルはふいに、ぼくの方をまっすぐ見た。

 ぼくはその視線の強さに、思わず少したじろぎそうになる。

「シロ」

 セルが言う。

「チャコールを探してるんだよな?」

 ぼくはうなずく。

 セルは少しだけ、迷うような目をしたあと、ぼくの目を見て言った。

「よければ一緒に行かないか。

 俺も、チャコールを探しているんだ。――ずっと。」

 ――ああ。

 そうだったのか。

 初めて会ったとき、あんなに怒った理由。

 ぼくに付き合ってくれている理由。

 その理由が、なんとなくわかった気がした。

 ぼくは迷わず、うなずいた。

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