レモン・イエローの恋心

 明かりの差す一層「萌葱の層」の奥、岩肌に沿った鎖をつたって二層に降りる。

 二層――「薄墨うすずみの層」。岩で覆われた巌窟だ。急に光が入らなくなり、暗くなる。足元は岩がせり出し、進むのも一苦労となる。

 ここに来ると探索者の人影はぐっと少なくなる。それでも、豊富な鉱石に惹かれて降りてくる探索者は後をたたない。

 カーマインがたいまつに火をともすと、橙の光が壁を照らし、岩肌の鉱石がほのかに青く光った。

「今日はこっちこっち」

 カーマインはずんずん進んでいく。

「今日は何を思いついたの?それとも何か見つけたの?」

 レモンも少し笑いながら、軽やかに鉱石が重なる道を乗り越えていく。

「待って待って」

 チャコールは慌てて追いかける。レモンが振り返ってチャコールを見て、前を行くカーマインに声を上げた。

「ちょっとカーマイン、チャコールは大きな剣があるんだから、そんな速く行かないで」

「あ、ありがと、でも大丈夫だよ」

 チャコールはレモンの気遣いにお礼を言いつつ、大岩をひらりと飛び越えた。

 レモンは目を丸くする。

「チャコール、あなた、その剣、重くないの?」

「うん、そんな重くないよ」

「ちょっと貸して」

 チャコールが何か答える前にレモンはチャコールの背中の大剣を持ち上げ、

「重いじゃない!!」

と叫んだ。

 

「すっごいね、ここ……!」

 カーマインに追いつき、チャコールは歓声を上げる。

「二層にこんなところがあったなんて」

 レモンも目を輝かせている。

 壁という壁、天井までが、色とりどりに輝く水晶で埋め尽くされている。たいまつの光に照らされて、キラキラと輝く景色は、なんとも幻想的だった。

 カーマインは得意げに笑った。

「だろ?昔親父と来た時のこと思い出してさ、どこだっけどこだっけって思ってたんだけど、こないだとうとう見つけたんだ」

「そうなの?」レモンが振り返る。

「やっぱり、ここを一番知ってるのはカーマインね」

 そう言うレモンを見て、チャコールは、あれと思った。

 レモンの目にどこか、さびしそうな影がちらりと見えた気がしたのだ。


「紫水晶、黄水晶。うわあ、煙水晶まである!珍しい!」

 チャコールは夢中になって水晶を採っていく。

「……お父さん、島主さんなんだっけ。立派な人なのね」

 レモンがカーマインに話しかけるのが聞こえる。

「うん。……まあ、ちょっと怖いけど」

 カーマインが照れ笑いする。

「おれは、父さんみたいにはなれそうにないけどな」

「そんなことない」

 レモンの声は、いつになく速かった。

 チャコールは手を止め、二人の方を見た。

「カーマインは、人を導ける人だと思う。見てればわかるわ」

 レモンのその言葉にカーマインが目を瞬かせる。

「そ、そう?そっかなー」

 笑って頭をかく彼の横顔を見ながら、チャコールは少し胸の奥がざわめいた。

 ――レモンが、カーマインの名前を呼ぶ声。

 その距離の近さに、なぜか息が詰まる。


「もっと奥まで行ってみようぜ」

 カーマインはそう言って、水晶の間を分け入って進んでいく。

 その後を追いながら、レモンがチャコールの方を振り返った。

「チャコールは、小さいころからカーマインと一緒だったのよね?」

「うん、まあね。幼なじみってやつ」

 軽く答えると、レモンの唇がわずかに動いた。

「お父さんとも知り合いだったの?」

「うん。剣を教わったりしてた。……バーミリオンさん、強くて、優しかったよ」

「そう……」

 レモンは、ほんの一瞬うつむいた。

 それを隠すように笑みをつくり、前を向く。

「あなたたち、いい関係ね。……少しうらやましい」

 声は穏やかだったが、そこに混じる息の震えを、チャコールは聞き逃さなかった。

 レモンは遠くを見るような目をしている。青い瞳に、水晶の光が映る。

「カーマインは、いつも笑ってて、町のみんなに好かれてて、頼られてて……すごいなって思う」

 レモンはつぶやく。たいまつの炎がかすかに揺れる。

 チャコールは言葉を失った。

 その横顔はいつも通り冷静なのに、どこか危うい。

「……だから、私もがんばらなきゃ。あの人の隣に立てるように」

 その決意のにじむ声を聞いて。

 チャコールは目を伏せた。

 

 ――レモンがカーマインを見つめる理由が、やっとわかった気がした。

 同時に、自分の胸の奥に、じわりと黒いインクのしみのような痛みがにじんで、広がっていく。

 ――ああ、そうか。

 レモンは、カーマインのことが好きなんだ。


 カーマインが振り返り、「どうした?」と笑う。

 チャコールは慌てて顔を上げた。

「なんでもないよ!奥まで行こう!」


 たいまつの光の中、三人の影が揺れる。

 笑う声が重なり合いながら、それぞれの胸の奥では、ちがう波が静かに揺れていた。

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