ガチ悪役令嬢

柴野沙希

第1話


─────王都、城前。ガヤガヤと活気のある正面通り、貴族街の先。青色に統一された軍服を着た男女が数十人、降ろされた跳ね橋の前で赤服の近衛と何かを話している。


「用件は?」

「陛下より、参上せよとのご命令だ」

「命令書はあるか?」


 王国の精鋭たる近衛軍と、王国一の武闘派と名高い遊撃軍。赤と青の歴戦二人は静かに、だが淀みなく胸を張り、右手を胸に当てる敬礼を交わして話し始めた。

 後ろの兵士たちもまた落ち着いており、ともすれば気を抜いている様にも見える。しかし、それぞれが四方八方に視線を向けており、濃紺のマントに隠された手元は見えない。


「無論」


 先程から近衛と話しているのは、遊撃軍の隊長たるゲーダル。彫りの深い顔に、短い金髪をオールバックにした壮年の男。彼はマントの下に手を入れて、書類を探そうとする。

 手を入れた瞬間、近衛の目は鋭く彼を観察し、手は帯剣の柄を握っている。ともすれば失礼に当たる行動、しかしゲーダルは気にもしない。


「こちらに」

「……確認する」


 結局何事も起こらず、ゲーダルのマントの下から出て来たのは書類だった。剣から手を離し、書類を開いて確認し始める近衛。

 

──────その時、近衛の右肩が強くゲーダルに引かれた。驚く間もなく前のめりになり、近衛がゲーダルの顔を見た瞬間。短剣が、近衛の喉に突き立てられる。


「ガッ……!」

「囲め」

「はっ」


 ゲーダルの一言と共に、遊撃軍の男女が近衛を囲む。あっという間に城下町から近衛の姿は見えなくなった。

 襲撃だ!と声を出そうとするが、近衛の喉は貫かれており音が出ない。更に、誰も姿を見れない。


「ゴポッ……」


 短剣は突き立てられたまま。近衛は何とか声を上げようとするものの、出てくるのは血だけであった。近衛はそのまま肩を掴まれ、城の堀へと静かに投げられた。バシャッ、と音を立てるも今は昼の食事時、誰も気づくことはない。

 鮮やかに奪われた一つの人命。されど、ゲーダルや遊撃軍の面々は全く動じる事も無い。忠誠と、覚悟。彼らの表情は一貫していた。

 

 言葉一つなく、彼らは王城へと歩みを進める。カチャカチャと、鎧を着ているとは思えない程の静かな歩行。それが、錬度の異常性を示していた。

 跳ね橋を超え、ホールへ。開かれた大扉の前でゲーダルは後ろを見る。左右に控えている副官の二人に向かってハンドサインを投げる。部隊はそれぞれ、左と右へ。左側の美麗な女性も、右側の軽そうな男も静かに頷いた。立った数秒の確認を経て、ホールへと全員が入っていく。


 荘厳で所々に紅と金の意匠を施された、圧倒的な存在感を誇るホール。正面の大階段を前にした所で、数十人の部隊は三つに分かれる。流体が広がるように、青の群れは歩みを進める。

 ホールの手入れをしていたメイドは物々しい雰囲気を感じるも、声を上げることは無い。彼女達は理解している、叫べば殺されると。


「行くぞ」


 ゲーダル率いる部隊は大階段を上がっていく、更にその先の扉を潜る。王城の謁見の間へと近づいていくも、異様なほど人に遭遇しない。部隊に緊張が走る、ゲーダルの額にも汗が流れた。

 絶対に失敗できない作戦。しくじれば遊撃軍どころか、忠誠を誓う主人までが処刑の憂いき目に遭う。それだけはどうやっても避けなければならない。


「……ここだ」


 小さな声で呟くゲーダル。声色から、明らかな焦燥が感じられた。部隊の兵士たちも、皆一様に表情が引き絞られている。

 両開きの木扉二枚、左右に兵士が立ち、開く準備が整う。ゲーダルの表情を窺う兵士たちに対して、彼は力強く頷いた。同時に、バン!と扉が勢いよく開かれる。


──────開かれた部屋の中には、大きい石の丸テーブル。それを囲むように大量の椅子と、机に開かれている地図と乗せられた大量の駒。そして部屋の椅子には、一人の少女が座っている。


「……お嬢様!遅くなりました!」

「いや、予定通りだ」


 お嬢様と呼ばれた彼女は、開いていた懐中時計を閉じてゲーダルを見る。切れ長の目に、薄い笑み。そして彼女は紫色の長髪を纏め、薄赤のドレスに身を包んていた。

 ゲーダルたちの焦燥とは裏腹に、呑気に葉巻を吸う彼女。漂う、圧倒的な余裕。


 ミーザ・スタトヴァ・キンダーガーデン。この国を背負う公爵家が一翼にして、ほぼ王国唯一の女性当主。そして、王国の現役陸軍大臣である。


「気づかれたか?」

「メイドは沈黙しています。正門にて近衛一名を刺殺」

「死体は?」

「堀に」

「よろしい」


 まるで今日の天気について話すような気軽さで、生死を扱う二人。お互いに長い付き合いであり、様々な戦場を渡り歩いてきた。もう、恐れなど擦り切れている。


「……交渉の方は?」

「ダメだ。陛下は最後までやるらしい」

「では」

「作戦は、予定通り実行だ。集まった近衛達はバラバラに飛ばして、飯を食わせてる。他部隊もそれで続行は察するだろ」

「本当に、実行を」

「別に私だってやりたい訳じゃないが。仕方ないのさ」


 そう言い放ったミーザは一際大きく煙を吸い込み、葉巻を乱暴に灰皿へと押し付けた。ゲーダルは気づいた、フゥーッと煙を吐いたミーザの手が少しだけ震えていることに。


「どうにも、上手くいかんな」

「これから上手くいかせるのです。我々は、何があろうと最後までお供します」

「そうか。……感謝を」

「らしくないですな」

「ふっ、そう言うな。心からの賛辞だぞ?」


 はっはっは、と二人して笑いだす。空気に釣られて、他の兵士たちも頬が緩む。クーデターの最中には似つかわない、不思議な時間であった。 

 そうしていると、部屋の外から怒号と剣戟の高音が聞こえ始める。部屋にいる彼女以外の全員が一度、ミーザの顔を見た。ミーザは溜息を一度吐き、そして不敵に笑った。


「……やるか」

「はい」


 ミーザは立ち上がり、ゲーダル達が入って来た扉へと向かう。丁度ゲーダルたちに対面する形になる。ミーザはゲーダルの正面に立つ。ゲーダルは腰に着けていた二本の剣、片方を鞘から抜き放ってミーザへと渡した。


「作戦、開始」


 ゲーダル含め数人がミーザの前を守り、他が左右と後ろを守る形で動く。その陣形に淀みは無い。

 目指すは王の居室。そして、王の命である。賽は投げられた。


「キンダーガーデン卿!貴様!」

「貴女が反逆など!何故です!」

「語ることなど、ない」


 散り散りになった近衛軍は、それでも頑強に抵抗していた。しかし、作り出された混乱と圧倒的な実戦経験を誇る遊撃軍の前に一人、また一人と倒れていく。さして被害もなく、王の居室前へと辿り着いた。


「キンダーガーデン!王より賜った公爵家。その当主にして反乱を起こすなど!」

「王国の腐敗は陛下と我々が原因だ。ならば、膿は取り除かれなければならない」

「黙れ!貴様、神にでもなったつもりか!」

「私は神を選ばない。退くがいい、近衛の隊長殿」

「退かぬ!」

「そうか。……やれ」

「悪いな近衛の。先に向こうで待っててくれや」

「ゲーダル!ウォォォォ!陛下!お逃げ下され!!」


 ゲーダルと近衛の隊長がギィン!ガァン!と激しい剣戟を繰り広げる。双方とも歴戦の猛者であり、御前試合で何度も争った仲だった。故にミーザや他の者たちは手を出さず、ただ様子を静かに見ている。

 緩急、フェイント、受け流し。技と力の応酬が続く。十分にも及ぶ剣戟の果て、ついにゲーダルは近衛の隊長へと刃を届かせ、首に剣を受けた隊長は倒れた。ゲーダルも全身に裂傷を負っていたが、倒れることなく立っている。


「よくやった、ゲーダル」

「……お互いに完全な状態で、戦いたかった」

「…………そうだな」


 どうにもやり切れない想いを残しながら、死体を横目に歩みを進める。今度はゲーダルが扉に手を掛け、ミーザの様子を窺う。ミーザは一度目を閉じ、深呼吸をした後、頷いた。

 

「……来たか」

「陛下。お休みの所、失礼致します」

「ふざけおって、反乱の下手人が何を言うか!」


 白髪交じりの老年に差し掛かろうという男、彼こそが国の王である。そして、ミーザ達の目標であった。肩をいからせた王の表情には、圧倒的な憤怒が宿っている。対してミーザは首を傾げ、困ったような表情を浮かべる。


「何故!こんな事を!」

「陛下、戦争はもう続けられません」

「何を言う!あと数年で勝てるのだ!」

「会議でも申し上げましたが、戦費が持ちません」

「増税でよかろう!たった数年の辛抱ではないか!」

「たった数年。それが二十年続いており、国民はもう限界を迎えております」


 もう何度目になるかも分からないこの応酬。ミーザはもう、どうでもよさそうに語る。王は心の底からミーザを理解できず、ミーザもまた、王を諦めている。


「残念ですが、時は来ました。……捕縛せよ!」

「キンダーガーデン!貴様、地獄に落ちるぞ!」

「先に陛下を送ります。私も後より参りますのでどうか、ごゆるりとお待ち下さい」


 遊撃軍の兵士二人が王の両肩を抑え、部屋から連れ出す。ミーザとゲーダルは、それを無言で眺めていた。

 ミーザとゲーダルはそれぞれ逆の窓を開き、外を眺める。西と東、両方の塔側からも窓は開かれ、副官二人が敬礼をミーザとゲーダルに向けて行っていた。胸に右手を当てる敬礼ではなく、左手を真っすぐに伸ばす敬礼である。


「……終わったな」

「はい」

「やれるだろうか、私は」

「遊撃軍一同、お嬢様なら……。いや、陛下なら完遂されると信じております」


 ミーザは視線を外に向けたまま語る。ゲーダルが返答すると、部屋にいた遊撃軍の全員がミーザに向けて一糸乱れぬ敬礼を送った。


「私は物語で言う所の“悪役”だ。それでも、私は私の信じる道を往こう」

「全軍、地獄までお供します」


 フフ……と零れたように笑うミーザ。しばらく外を眺めていたが、ふと思いついたように言葉を発する。


「落ち着いたら、ここまでの自伝でも出すか」

「素晴らしい発想ですな」

「それは皮肉か?」

「いやいや……。もし出されるなら、表題はどうされるので?」


 ゲーダルの冗談交じりの言葉に、ミーザは胡乱気な目を向ける。はぁ、と息をついて顎に手をやったミーザは、少し考え込む。そして何かを思いついたように、ゲーダルにニヤァと悪い笑みを投げた。


「いいのを思いついたぞ」

「ほう」

「表題はな……」


 そこでミーザは一度言葉を切って、周りの兵士全員の顔を見渡した。そして一言。


「“悪役令嬢”だ」

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ガチ悪役令嬢 柴野沙希 @nobashi-saki

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