第14話 聖女の力

アイオニアは、改めて聖女アイリの力を脳内で整理する。聖女は、光魔法を使える。それは確かに素晴らしい力だが、それだけであれば神官にも扱える魔法だ。聖女の最大の、そして最も恐ろしい力は、その「魅了」にあった。


この魅了の力は、人間だけでなく、魔物にも有効なのだ。つまり、魔物を従え、支配することすら可能ということ。この力によって、余計な戦闘をせずとも魔物被害を抑え、平和な暮らしが可能となる、というのがゲームでの聖女の触れ込みだった。


ゲームのシナリオでは、聖女アイリは、この魅了の力を使い魔物の侵攻を食い止めるべく、意中の攻略対象キャラクターたちと共に魔物被害にあっている村々へと巡回を繰り返す。そこでパーティーを組み、イベントを発生させ、パロメーターを上げていく。それが、アイオニアの知る『光の聖女と白薔薇の王子たち』の物語だった。


アイオニアは、帰ったらすぐにでも新たな作戦を練り直さなければならない、と強く誓った。


思考の渦中に沈んでいたアイオニアだが、ふと顔を上げた。向かいの観客席に、先ほどの迷子の少年ユーリが座っているのが見えた。ユーリはアイオニアに気づくと、ぶんぶんと手を振り、手招きをしているようだ。


(ふふ、かわいい)


アイオニアはララに「少し席を外す」と告げ、ユーリのもとへ向かった。


「お姉ちゃん、さっきはありがとう!」


ユーリはアイオニアの姿を認めると、天使のような屈託のない笑顔で言った。その無邪気さに、アイオニアの張り詰めていた心が、少しだけ癒されていくのを感じた。


(ああ、癒される…)


しかし、ユーリの次の一言でアイオニアの心が再び凍り付いた。


「ねぇ、お姉ちゃん!さっきの王子様、すごかったね!僕も将来、あんな風に強くなりたい!」


ユーリはキラキラとした目で、ライオネルが剣を振る仕草を真似している。


その無邪気な様子に、アイオニアはにっこりと笑う。


「そうね、強くなるのはいいことだわ。でも、あの男を目指すのはやめましょうね」


アイオニアは、笑顔の裏で、ライオネルを下げることを忘れなかった。


すると、隣から「ぷっ」と吹き出すような笑い声が聞こえた。


アイオニアがそちらに目を向けると、ユーリの隣に一人の青年が立っていた。見覚えのない顔だが、どこか上品で、身のこなしも洗練されている。


「失礼。あ……申し遅れました」


青年はそう言って、優雅に頭を下げた。


「私はロベルトと申します。クレイトス様にお仕えしている従者でございます。先ほどは坊ちゃまを保護していただき、本当にありがとうございました」


前世ではクレイトスと接点がなかったため、ユーリ同様、従者とも会うのは初めてだ。


アイオニアは、自身の行動が、ライオネルだけでなく、攻略対象の一人であるクレイトスとその周囲にも、新たな変化をもたらしていることに気づき始めていた。運命の歯車は、アイオニアの想像以上に複雑に、そして大きく狂い始めていたのだ。

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