第13話 剣技
武闘大会剣の部決勝戦。王立魔術学園の闘技場は、異様な熱気に包まれていた。
「まさか、あのライオネル殿下が決勝まで勝ち進むとはな……」
「しかし、上級生のアルベール様相手だぞ。さすがにこれは無理だろう」
「あの傍若無人な殿下が、一体どうしたんだ……」
「何でも、ラディウス侯爵家の令嬢の影響らしいが……」
ひそひそと囁かれる観衆の声が、アイオニアの耳にも届いた。
特に「侯爵家令嬢の影響」という言葉に、彼女はギクリと肩を揺らした。
アイオニアの隣では、侍女のララがキラキラした瞳で小さく拍手していた。
「さすがアイオニア様!ここまでその名声が轟いていらっしゃるなんて……!素晴らしいです!」
「……はあ」
アイオニアは深いため息をついた。褒められているのか貶されているのか、もう判断すらできない。彼女の拒絶が、ライオネルをここまで変貌させ、そしてそれが侯爵令嬢アイオニアの「影響力」として伝わっているらしい。なんとも皮肉な状況だ。
そんなアイオニアの心中を知ってか知らずか、決勝戦開始のブザーが鳴り響いた。
闘技場の中心で、ライオネルとアルベールが相対する。アルベールは、さすがの実力者である。その剣は堅実で、一つ一つの動きに無駄がない。
カキン!キィン!
二人の剣が激しくぶつかり合う音が響き渡る。アルベールの剣は正確で重く、ライオネルの剣を幾度も弾き飛ばそうとする。だが、ライオネルは食い下がる。彼は「身体強化」を極めるアイオニアとは違うが、圧倒的な筋力と、常識外れの気迫で、アルベールの猛攻を受け止めていた。
アイオニアは、彼が単なる「わがまま王子」ではないことを痛感した。彼を動かすのは、彼女への「見返したい」という執念。それは、ある意味でアイオニア自身の「破滅を避けたい」という執念にも似ていた。
試合は激しい攻防の末、アルベールの冷静な剣が、ついにライオネルを追い詰める。ライオネルの息は上がり、全身から汗が噴き出している。
「くっ……!」
アルベールの剣が、ライオネルの喉元に迫る。誰もがアルベールの勝利を確信した、その時。
ライオネルはふーっと深く息を吐き、崩れかけた体勢から、ゆっくりと剣を構え直した。その構えは、彼の全身の力を一点に集中させる、研ぎ澄まされたものだった。
(あれは……!?ラディウス家に伝わる竜鱗の構え……!?まさか、なぜライオネルが!?)
アイオニアは目を見開いた。その構えは、ラディウス家秘伝の剣技の構えによく似ていたのだ。
「はああっ!!」
ライオネルの気合いと共に、彼の体が風を切り裂いたかと思うと、その剣は見えない速さでアルベールの懐へと切り込んだ。
ガキンッ!
鈍い金属音が響き、次の瞬間、アルベールは驚愕の表情のまま、闘技場の地面に倒れ伏していた。
『勝者、ライオネル・クレイドール殿下!!』
審判の声と共に、闘技場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの大歓声に包まれた。観客たちは、王子のまさかの逆転勝利に熱狂し、ライオネルの名前を叫んでいた。
ライオネルは、倒れたアルベールを一瞥すると、剣を収め、観客席を見上げた。そして、その視線は、再び観客席のアイオニアへと向けられた。
彼の瞳は、達成感と、確かな自信に満ちていた。そして、その視線は、まるで「見たか、これが俺の剣だ」と、アイオニアに語りかけているようだった。
アイオニアは、彼の勝利に、そしてその剣に、言葉を失っていた。
(まさか、ライオネルが、侯爵家の剣技を……なぜ……?)
彼の勝利は、単なる武闘大会の優勝以上の意味を持っていた。
(これは想定外だわ)
あの技はまさしく、竜牙一閃(りゅうがいっせん)。
竜の牙のような一太刀、全ての力を収束したあの構え。それは、ラディウス侯爵家が武術の名門として君臨する、最大の所以であった。
侯爵家の歴史は、初代当主の時代に遡る。国が魔物の大群に襲われ、壊滅の危機に瀕した際、初代当主は一縷の望みをかけ、人智を超えた存在、竜の住まう谷へと赴いた。そこで竜に助けを乞い、見事、魔物を打ち破るための圧倒的な力を得て帰還した。その力こそが、この剣技であり、以来、侯爵家の奥義として代々受け継がれてきたのだ。
(まだ未完成で、洗練されてはいないけれど、間違いない。)
アイオニアは、頭痛を覚えた。そして、最近の長兄ディオンの様子が脳裏に蘇る。
(そういえば、ここ数ヶ月、兄様の帰りがさらに遅かった……。しかも、顔色はいつも悪かったわ……)
ライオネルが「竜牙一閃」を習得しつつある。この事実は、アイオニアにとって最大の危機をもたらした。
これまでの人生は、ゲームのシナリオとは異なっていたとはいえ、大筋のイベントは変わらない可能性を考えていた。だからこそ、アイオニアは婚約破棄の後に備えていたのだ。
アイオニアが剣聖を目指した、最大の理由。それは、婚約破棄が無事に成立した後、自身が聖女アイリの『魅了』の力でいいように利用され、最悪、命を落とすことを防ぐためでもあった。聖女の魅了から身を守るには、強靭な精神力と、圧倒的な力が必要だった。それを叶えるため、着々と準備を進めていたのに。
今、新しい壁が立ちはだかってしまった。
(ライオネルが、聖女アイリの魅了に、打ち勝ってしまうかもしれない……!?)
ゲームでは、ライオネルは魔法の才はあるものの、それは生まれ持った才能であり、そこまでの修行を積んだわけではない。その精神の隙が、アイリの魅了を受け入れる原因となっていた。しかし、今のライオネルは違う。強大な力を手に入れ、目標に邁進する彼は、魅了に屈しないほどの強靭な意志を持つ可能性があった。
ライオネルが聖女に魅了されなければ、アイオニアは断罪されずに済むかもしれない。しかし、それは同時に、アイオニアの長年の目標だった「婚約破棄」が成立しない可能性も意味していた。
ライオネルが魅了されない未来なんて、どうなるか全く見当もつかない。
アイオニアの築いた「平穏な自由」というシナリオは、ライオネルの努力によって、完全に霧散してしまった。
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