第7話 天才剣士の誕生

アイオニアはもうすぐ10歳の誕生日を迎える。


ラディウス侯爵家の裏庭にある稽古場は、今や彼女の第二の自宅だった。アイオニアは、長兄ディオンとの打ち合いに臨んでいた。


「行くぞ、アイオニア!」


ディオンは手加減していたが、今や彼は王立騎士団のエースである。並みの速さではない。しかし、アイオニアはそれを難なく受け止めた。


キン!


鋭い音を響かせ、ディオンの体がよろめく。彼の視界に入ったのは、10歳の妹が、剣を握る腕だけでなく、全身の筋繊維にまで身体強化魔法を極限まで巡らせている、常軌を逸した姿だった。


(な、なんだ今のは!?俺の剣が軽くいなされたと思ったら、物凄い力で押し返された)


ディオンは驚愕した。アイオニアの剣筋は、前世の剣道経験からくる基礎の正確さと、身体強化魔法による異常なまでの瞬発力が融合していた。その剣はもはや、遊びの域を超えていた。


「兄様。動きが遅いですよ。集中力が足りません」


10歳の妹に、真顔で指導される王立騎士。ディオンは驚きで汗を滲ませながら、妹がもはや自分の知る「普通の子供」ではないことを悟り始めていた。


剣の稽古が終わると、アイオニアは二番目の兄エリスと魔法の訓練に移る。


「アイオニア、今日はこの難解な魔術式を解析しよう。魔力制御の練習にもなる」


エリスは、今日も優秀な魔術師としての余裕を見せている。しかし、彼の悩みは妹の魔法への異常なアプローチだった。


「どうしてアイオニアは誰も使わない身体強化ばかり極めるんだい?攻撃魔法のほうが、魔術師として評価されるのに」


エリスは妹の才能が、地味な身体強化魔法に費やされているのが惜しかった。


アイオニアは笑って答える。「私は最強の剣士になるからよ、エリス兄様。それに、これは地味なんかじゃないわ。身体強化の極意は、この世で最も繊細な魔力制御が必要な魔法なの」


アイオニアの身体強化は、もはや単なる補助魔法ではない。疲労度、筋力、骨の耐久度などを瞬時に計算し、最適な出力を瞬時に体に流し込む「演算魔法」の領域に進化していた。その制御の細かさは、エリスが扱う攻撃魔法の比ではない。


エリスは妹の言葉を理解できないながらも、彼女の特訓の成果を目の当たりにしている。アイオニアは、彼が一日で覚える魔術式を、一時間で完璧に理解し、応用する方法まで考えているのだ。もしアイオニアにエリスと等しい魔力が備わっていたとしたら・・。考えただけでも恐ろしい。


アイオニアの剣術の才は、今や家族全員に認められているといえる。


祖父のゼファスは、孫娘を本気で「剣聖の道」へと導こうと次々と難題を課すが、アイオニアはそれを驚くべきスピードでクリアしていく。


当主である父は、娘の天才的な成長に喜びを隠せない。しかし、母親だけは、娘の冷たいほどの冷静さに不安を覚えていた。


「アイオニア。あなたは剣を振るうことが楽しいからそんなに夢中になれるの?剣を持つときも、魔法を学ぶときも、あなたの目にはいつも悲しいほど鋭い光があるわ。」


子供が剣を自ら振るうことに矜持などない。

兄の剣を振るう姿に憧れて剣を持ったのだと思っていた。


母の言葉に、アイオニアは微笑みを浮かべる。それは、16年の屈辱を、そして病室での無力感を知る者の、強い覚悟の笑みだった。


「ええ、母様。楽しいですよ。だって、これは誰も私から奪えない力なのですから」




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