第3話 戦略会議と、失われた青春の残像

3歳の体に戻ったアイオニアは、両親に心配をかけないよう熱が引いたふりをして、ベッドの中で一人、頭の中の情報を整理した。


(私は今、クレイドール王国のラディウス侯爵家の長女、アイオニア・ラディウス。婚約者は第二王子ライオネル……って、三歳だからまだ正式な婚約はしていないはずだけど、家同士の約束はもう交わされているわね。)


彼女の家は、王国でも有数の武闘派の家系だ。父は侯爵、そして兄と弟がいる。


長兄:ディオン(20歳)― 王立騎士団に所属する若きエリート騎士。性格は筋金入りの武人で、アイオニアの悪行(とされていたもの)にも容赦なく苦言を呈していた。その強さは本物で、すらっとした体躯から放たれる剣技は美しく、剣士皆のあこがれだ。


次兄:エリス(10歳)― まだ幼いながらも魔力が高く、将来は有望な魔術師になると目されている。小柄でかわいらしい容姿だが、その可愛さを最大限に利用してうまく立ち回っている。


(兄様は騎士団。弟は魔術師。恵まれた環境だわ。この環境を利用しない手はない。)


アイオニアは、前世で「悪役令嬢」を演じさせられた屈辱と、何もできなかった悔しさを思い出す。


そして、もう一つの前世・・日本で過ごした記憶。


健康な体、突然の病。

日本に住んでいた【彼女】は、ごく普通の女の子として生きていた。特に、中学生の頃までは運動神経も抜群で、活発だった。


(ああ、懐かしい。体育の成績は一番だったし、剣道も習っていたんだった。あの、竹刀を握る手のひらの感覚……。)


けれど、中学の終わり頃、突然病に侵された。それからは、太陽の光を浴びることも叶わない、病院の白い天井を見上げる日々。同級生たちが恋や部活の話をするのを聞いて、自分も恋をしてみたい、と強く願うようになった。


それが、彼女が乙女ゲームにのめり込んだきっかけだった。画面の中で繰り広げられる華やかな世界。その中で、病室では決して味わえない「疑似恋愛」を楽しんだ。


(そして今、なぜか私が憧れた主人公ではなく、悪役令嬢になってしまったというわけだ。)


日本での知識と、ゲームの未来図を持つアイオニアにとって、破滅ルートは完全に予測可能だ。聖女アイリが召喚されるのは、アイオニアが15歳になる頃。それまでに、彼女は運命を跳ね返すだけの絶対的な力が必要だった。


「まず、ライオネル王子との接点を極力断つ。そして……」


アイオニアの小さな瞳に、強い光が宿る。


「剣と魔法を極める。前世で鍛えた剣道もきっと役に立つ。悪役令嬢としての立場を武器にして、クレイドール王国で一番強い『剣聖』になるわ。」


剣道で培った体捌きと集中力。前世の知識による効率的な学習方法。そして、侯爵家という恵まれた環境。全てがアイオニアを後押しする。


「お父様やお兄様を説得して、今日から特訓開始ね。目標は、アイリが王都に来る15歳まで。絶対に、もう誰も私を断罪させない!」


アイオニアはベッドから飛び降り、小さな体に秘めた決意を胸に、静かに未来への一歩を踏み出した。その足取りは、前世の病室では決して踏み出せなかった、力強いものだった。

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