第2話 もう一人の私の予言と、始まりの「悪夢」
3歳の私と、16歳の記憶
「パパ……」
小さな寝台の上、3歳の体で目覚めたアイオニアは、優しく微笑む父の顔を見ながら、頭の中で16年分の人生を整理していた。
(本当に、時が戻った……。あの屈辱的な婚約破棄の瞬間から、すべてが巻き戻っている。)
16歳のアイオニアにとって、あの婚約破棄は人生の終わりだった。だが、3歳のアイオニアにとって、それは「二度と繰り返してはいけない予言」だ。
前世の日本の記憶と、悪役令嬢としての記憶。二つの記憶が混ざり合い、アイオニアの頭は情報の奔流で熱を帯びていた。特に鮮明に思い出すのは、あの断罪の半年前に起こった、一つの大きな転機だった。
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それは、社交界デビューから少し経った頃。アイオニアは風邪をひいて寝込んでいた。朦朧とする意識の中、突如として鮮明に蘇ったのが、日本という世界で暮らす病弱な「私」の記憶だった。
(あれは、乙女ゲームだ。『光の聖女と白薔薇の王子たち』……私がプレイしていて、結局最後までできなかったゲーム!)
そのゲームに登場する悪役令嬢の名前は――アイオニア・ラディウス。
「まさか……そんな、馬鹿な」
(私の顔立ち、侯爵令嬢という立場、婚約者の第二王子の名前ライオネル、そして聖女の名前アイリ……全てが、ゲームの設定と完全に一致している。)
白銀の髪に燃えるような深紅の瞳。美しい美貌を持ち、誰もが羨む第二王子の婚約者。ところが魔物の侵攻に悩まされた王国を救うべく、聖女アイリが召喚されたことで立場が一転してしまう。聖女は第二王子と共に魔物を倒す巡礼に出ることとなり、二人は親密になっていく。そんな二人に嫉妬したアイオニアは、聖女に数々の嫌がらせを行い、最終的に王子ライオネルに婚約破棄を言い渡されて破滅する
アイオニアは、前世の記憶が蘇ってからというもの、狂ったようにゲームのあらすじと、現実の自分の行動を照らし合わせるようになった。
「私は、悪役令嬢じゃない。誰にもひどいことはしていない……!」
あの時のアイオニアは、そう信じようと必死だった。けれど、聖女アイリが王都に来てからというもの、些細なトラブルがアイオニアの悪行として広まり、ライオネルの瞳から感情が消えていくのを目の当たりにした。
ゲームの物語通りに進む現実に、恐ろしくてたまらなかった。何とか抗おうと、アイリを無視し、大人しく過ごそうとした。だが、周囲の男性はアイリに魅了され、アイオニアの静かな抵抗も「嫉妬による陰湿ないじめ」として歪んで伝わっていった。
(私は知っていたのに。結末を知っていたのに……あの時、私は誰にも信じてもらえなかった。自分の前世の記憶を信じきれなかった。何も変えられなかった……。)
あの時のアイオニアは、ただ運命に流されることしかできなかった。そして、ついに迎えた16歳の誕生日。ゲームのクライマックス通りに、ライオネルから断罪の言葉を浴びせられたのだ。
「運命なんて、二度と信じない」
小さな両手を強く握りしめ、アイオニアは決意を固めた。
あの時、前世の知識が役に立たなかったのは、この世界で生きるための力が無かったからだ。貴族として何一つ不自由のない暮らし。それに甘えていた自分。
病弱だった前世とは違い、今の自分は健康で、自由に動ける。しかも、破滅の運命が始まる遥か手前の、3歳に戻った。
「今度こそ、誰にも奪われない自由な未来のために。私は最強になる」
アイオニアはベッドから身を起こし、小さな足で部屋の隅にある模造剣を見つめた。それは、遊びで父が与えたものだ。
16年の経験と、ゲームの知識、そして強くなるための決意。悪役令嬢アイオニアの最強への道は、3歳のこの日から静かに幕を開けたのだった。
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