第2話 SNSで見かけたバケツ被せるあのドッキリのやつ
と、自分でも理解しているので、「遊びこそ真剣に」というのが彼女のモットー。例えばそれは、英語の教科書に出てきた海外のボードゲームだったり、国語の資料集の隅っこに書いてあった素敵な詩集だったり。
放課後、ボードゲームカフェに寄ったり書店を探検したり。
「ふあ……ゾンビ・ウォーカーなんて一気見するもんじゃないや」
昨晩、海外の有名な長編ドラマを一気見した高校二年生の符雨は半ば眠りながらいつもの場所に向かっていた。人が居なくて、静かで、落ち着ける場所。
駐輪場の奥、小さなスペース。
歩きながら新作のサンドイッチに齧りつく符雨はこの日、一人の後輩に出会う。
「あ、やっぱり! 自転車鍵つけっぱなしだった」
「……あ」
「――あ」
ばっちり目が合った二人。鈴晴の方が気まずくなってその場を立ち去ろうと一歩踏み出した瞬間、ぐう、と。
「あ、いえ、えと」
その音を聞いた符雨は全てわかっているという表情で頷き、自分の隣に鈴晴を手招いた。困惑する後輩は、先輩の誘いを断れず何故か初対面の先輩がサンドイッチを齧るのを横から眺める羽目になった。
先輩こと符雨はサンドイッチを食べ終わると、いそいそと袋を漁り、中からスナック菓子の袋を取り出した。
「はいこれ。限定の味だよ」
「……はい?」
「あのね、この時期に出る限定の味として、スイカ味のチョコは攻めてると思わない? まだ春なのにさ。しかもチョコバナナとかみたいにスイカにチョコがかかってるとかじゃないんだよ」
「ええ……?」
ますます混乱して目を回す鈴晴をよそに、符雨はわくわくを抑えきれないまま、スイカ味チョコを口に放り込んで――
「……まあ、食べてみなよ」
「美味しくなかったんですか」
「期間限定味はプライスレスだから」
「……はあ」
何を言っているのか分からないけれど、美味しそうではなさそうなチョコを、先輩の頼みを断れない鈴晴は恐る恐る手に取った。少なくともこのちっちゃい先輩は怖くはなさそうかな、と横目で様子を伺いながら、一口。
キラキラした目で反応を待つ先輩に、鈴晴は告げた。
「スイカでもチョコでもなくないですかこれ?」
「あはは! だよね!」
まずくはないけど、という微妙な顔の鈴晴の感想に、符雨はからからと笑った。
ひとしきり笑って気が済んだのか、「口直しだよ」とりんご味のグミを渡された鈴晴は、これで解放される、と安堵して。そんな彼女の想像の、符雨は斜め上を行った。
「こんなところで会ったのも何かの縁だし、あたし君に興味が出て来たよ」
「私に、ですか?」
「うん! お名前は? あたしは、三上符雨! 音符のぷ! に雨の雨! で、ふうだよ」
「――私は、咲島です。咲島鈴晴。鈴でり、晴でせ。りせです」
「すっごい! りせ、りせ……鈴晴、素敵な名前だね!」
「ありがとう、ございます。えと、先輩も」
それから制服のタイの色で学年が分かるにもかかわらず学年の紹介、クラスの紹介、部活の紹介と進んで。符雨の独特なペースに、次第に鈴晴に笑顔が増えて来た。
符雨が最後のスイカチョコを食べた所で、彼女は腰に手を当てて鈴晴に向き合った。
「うん、せっかくだし鈴晴とやりたいことがあるんだけど」
「私とですか? えっと……」
「あ、ごめんごめん心配しないで。変なことじゃないよ。ただね、あれやってみたいんだけどさ、1人じゃ出来なくて」
「あれ?」
こてん、と首を傾げた鈴晴に、符雨は自信満々に言った。
「そう! SNSで見かけた、海外のバケツ被せるあのドッキリのやつ!」
「……え?」
全くピンと来ていない鈴晴にほくほく顔でスマホで動画を見せる符雨。
画面にはテーブルに座る数人のグループが映っている。画面に対して背を向けている一人に死角から仕掛け人がバケツを被せると、すぐさま他のメンバーがどこかに隠していたバケツを被り始めた。
ターゲットである最初の一人がバケツを取ると、そこには同じようにバケツを被せられた仲間の姿。ぱらぱらと困惑の表情と共にバケツを取っていくメンバーたち、不審に思うターゲット、謎の怪現象に議論が始まって――と。
「……っていう、ドッキリなんだけどさ。あたしこれやってみたくて」
「まあ、確かに。一人じゃ出来ないですね」
「なの! えーと、バケツはないからこのビニール袋にしよっか」
「え、今やるんですか!?」
「え、そうだけど」
心底楽しそうな符雨に、鈴晴は疑惑の眼差しを向けた。この人は自分をからかって遊んでいるのでは、と。しかし符雨にそんな様子はない。
鈴晴は符雨の「2人いれば出来る」という計算に致命的な欠陥があることに気づいていたが、先輩相手に止めることも出来ず。
「えっと、こっちの袋にはごみ入れちゃってたから、それは鈴晴があたしに被せて! 鈴晴には、これ。予備のレジ袋ね。あたしに被せたらすぐ自分も被ってね」
「あ、は、はい……わ、わかりました、けど」
流されるままに綺麗に三角折りされたビニール袋を渡された鈴晴は、符雨が中のごみを雑にスカートのポケットに突っ込むのを見届けた。「はい、あたしに被せる方」と、サンドイッチのレタスのカスがちょっと見えてたりするレジ袋を渡された鈴晴。
鈴晴が二つの袋を受け取ったのを確認すると符雨は背中を向け、「いつでもいいよ!」と親指を立てた。
「……これを」
符雨が自分でいいと言っているものの何となく抵抗があったので、一応綺麗にごみを落してから鈴晴はとりあえず――そっと、袋を被せてみた。
「え!? あれ、暗い!?」
「……えぇ」
すると待ってましたと言わんばかりに先ほどの動画のターゲットと同じような反応をしだした符雨。自分は何をやっているんだろう、という気持ちで鈴晴はゆっくりと、ビニール袋を頭から被って。
「う、うわー、く、暗いー」
くぐもった棒読みでそう言うと、符雨がまたひとはしゃぎして、満足したのかビニール袋を取りながら鈴晴の肩を叩いて来た。それを合図に鈴晴も袋を取る。
目の前には、スイカチョコを食べた後の顔の符雨が居た。
「どうしましたか?」
「うーん……なんか、今気づいたんだけどこのドッキリって二人じゃ成立しないよね。というかドッキリって仕掛け人とターゲットで打ち合わせしちゃダメじゃない?」
――その致命的な欠陥に、今更気づいた符雨の言葉に、鈴晴は。
「……ぶっ!」
盛大に、吹きだしていた。
「あははっ、せ、先輩っ、気づいてなかったんですかっ」
「えー、だってぇ」
「ふふ、あははっ」
「そんなに笑わないでよぉ!」
「あはは」
かくして、二人は出会った。
いつもいつも変な遊びを持って来ては後輩を振り回す、三上符雨と。
そんな先輩の面倒を見ながら仕方ないですねとそれに付き合う、咲島鈴晴。
「三上先輩って、面白いですね」
レジ袋のせいで髪がツンツンと跳ねた後輩がくしゃっ、と笑うその表情を。
「……えへへ」
符雨はまた見たいなと思ったのだった。
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