毎日、1/3の確率で恋人になる二人
音愛トオル
第1話 1/3の確率
昼休み、駐輪場の奥。
校舎と繋がる扉一つがぽつんとあるだけのここが、二人のいつもの場所だった。
「昨日は外れだったから、今日は当たると思うんだよね!」
「はぁ。しかし一週間もよく続きましたね……先輩のことだし、その箱失くすかと思ってました」
「ふふん。こういうことに関してはあたし、しっかりしてるから」
先輩、と呼ばれた方、
残りの面は上面以外剥き出しの段ボールだ。易々と手が入るほどの円形の穴が開いている上面だけ、丁寧に可愛らしい布が張り付けてある。ハサミで雑に切ったランチョンマットの切れ端が。
そんな「箱」、それはくじの箱である。
「じゃ、行くよ!」
「……毎度思ってますけど3枚しか入ってないのにそんなにかきまわす必要あります?」
「んー、でもこれやんないと、くじじゃないじゃん?」
嬉々として腕をがしゃがしゃと動かす符雨に呆れたような眼差しと共に小言を告げたのは、符雨の一つ下の後輩、
鈴晴の言う通り、一抱えほどの大きさのくじ箱には紙切れ3枚しか入っていない。この箱を作った時に符雨がたまたま持っていたルーズリーフの角をちぎって入れた、大きさも形もバラバラの3枚。
『それだと形で分かっちゃうからくじの意味ないですよ』
と言われた符雨が仕方なく、いつか大量に買った折り紙を引っ張り出して来て同じ大きさの台紙を作り、それにルーズリーフを貼り付けて事なきを得た手製のくじ。
それを、符雨が「何が出るかな? 運命やいかに? あたしの手にゆだねられた!」とデタラメなリズムの歌とともに、引き抜いて。
「あ、今日は当たりだ」
「――ですか」
「恋人」、と。
綺麗な台紙に張り付いた、がたがたのルーズリーフに、でかでかとその二文字が書かれたくじを、符雨は当てたのであった。
「ふっふっふ~、そんじゃ鈴晴、今日は『恋人』、よろしくね」
「まあ、しょうがないですね。運には勝てませんし」
くじ箱を抱える符雨の横で腕を組んで立っている鈴晴に、符雨は自慢げに「恋人」のくじを見せつけた。にっ、と歯を見せて笑う先輩に、鈴晴は軽いため息を零すと、すっと手を差し伸べた。
「じゃ、まずはその箱、私が持ちますよ。先輩はお昼食べちゃってください」
「ありがと~、さすが三分の一の確率彼女」
「……彼女関係あります? あとなんか響きがやだ」
あるもん、
「今日はポテチなんですね」
「うん。期間限定味だって言うから」
「何味なんです?」
「え、焼き芋味だって」
「……はぁ」
はい、と袋を開けたポテチを当たり前のように鈴晴にもシェアした符雨は、サンドイッチに豪快に齧りついた。それを眺めながら、鈴晴は焼き芋味をぱくつく。
「しょっぱあまいですね」
「ふぉう? ふぁふぉふぃひ~」
鈴晴の食レポに上機嫌になった符雨はあっという間にサンドイッチを平らげると、鈴晴の手からポテチを「あーん」してもらっていた。
「あ、ほんとだ。しょっぱあまい。というかっ、ふふ……っ、今気づいたんだけど、焼き芋味って、……ふふっ」
焼き芋味を食べながらくつくつと喉を鳴らして笑う符雨が言いたい事を、鈴晴は実は最初から分かっていた。「ポテト、チップスですもんね」と、鈴晴が穏やかに肩を揺らす。
「芋と芋じゃん! ふふっ、これ、共食い……ん、ちょっと違う? チャーハンをおかずにご飯食べる的な? あっ」
ツボに入って笑いながらも焼き芋味を摘んでいた符雨が、何かを思いついたのかぱっ、と晴れやかな表情で後輩を仰ぎ見た。横に並ぶと鈴晴を見上げる身長差になるから。
「今日のデートはラーメン屋さんにしよっか」
「――えぇ?」
「だってチャーハンだよ? と言えばラーメン屋さんでしょ」
「先輩いっつもチャーハンも白米も頼まないじゃないですか」
「ふふ、もちろん今日も頼みません、が! もうお腹はラーメン色なのです」
「……お昼食べたばかりなのに?」
こうして、二人のいつもの昼休みが過ぎていく。
けれどそのいつもの昼休みには今週から、ある「遊び」が加わった。
それが――
「くじ箱、ありがとね」
箱の中の3枚のくじから一つを引いて、「恋人」と書かれたくじを引いたら、その日一日二人は「恋人」として振る舞う、という遊び。
漫画に影響された符雨が「借り物競争で『好きな人』が出ちゃうやつやりたい」と言い出し、話があちこちに飛んで着地した先が、このくじだった。ちなみに他2枚には「はずれ」と書いてある。
『先輩、今度の遊びはそれですか?』
『そうそう。あたし恋人いたことないし。彼女も彼氏もね。だから予行演習も兼ねてる』
『……三分の一の方は?』
『それは、お楽しみ要素』
……と、これが先週の金曜日の昼休みの会話。
「はい、先輩はもっと感謝してください」
「う~、ありがとぉ~! じゃあ今日は恋人なので、はい!」
「……もう」
鈴晴から受け取ったくじ箱を地面に置いた符雨は、満面の笑みで両手を広げた。
そんな先輩に口を尖らせた鈴晴は、前髪を気にしながらも一歩二歩と近づいて行って。きゅっ、と甘いハグを交わした。
「慣れた?」
「今日で当たり3回目ですけど、それじゃあまだ慣れませんって」
「あたしはねえ、もう既に、なんか恋人になったらあれしようかなあとか色々思いついてるよ」
「……試しに一つ聞いてもいいですか?」
「え、いいの? じゃあね、チューとか」
「……っ!!」
それを聞いた鈴晴が顔を真っ赤にして慌てて離れようとしたので、符雨はニヤリと笑ってぎゅっと思い切り腕に力を込めた。そんな符雨をずりずりと引っ張りながら、鈴晴はその場を回ったり軽くジャンプしたり、揺れたりしてみた。
符雨はからからと笑う――全く離れる気配もなかった。
「せ、先輩! 急に何言いだすんですか!?」
「え、だってほら今恋人だし」
「だからって、き、キスとか……!」
「――やだ?」
もがきにもがき、符雨に背を向けることに成功した鈴晴は、自分の背中でつぶれた拗ねるような先輩のその声に息を呑んだ。顔が見えないから、その表情が分からなくて。
こういう時の先輩はふざけてるのか本気なのか、分からないから――
「……まあ、恋人ですし」
絞り出すように零したその言葉に、符雨は「ふふっ」と楽しそうに息を吐くと、ぱっ、と鈴晴を解放した。
「じゃあ……する?」
符雨は背を向けたままだった鈴晴の正面に回り込んで、上目遣いに後輩を見つめた。視線が重なる。一瞬の沈黙、開きかけた口。
「……あ、チャイム」
まるで見計らったかのようなタイミングで鳴った鐘の音に、鈴晴は慌てて符雨の横を抜け、裏口から校舎へ入、
「ちょっと待って、鈴晴」
「……先輩?」
……ろうとした所を、符雨に腕を掴まれてしまって。
「これで我慢しとくよ」
「え……」
それだけ言うと、符雨は後輩の頬の近くに顔を近づけ、触れるか触れないかの距離で「ちゅ」とリップ音を鳴らした。
「じゃ、また放課後ね」
「あ……あ……?」
頬を押さえて呆然と立ち尽くす鈴晴は校舎へと消えていく先輩の姿をぼんやりと見つめ、そして。
「……! ~~っ!」
腕をめちゃくちゃにばたばたと振り回しながら、何度もその場で足踏みをしたのだった。
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