鈴音

 霧の中で彷徨っていた。いつからかは分からない。気づいたらここにいた。

 出口が分からなくて手探りで歩く。それでも掴まるものはいつまでもない。ただ、手が虚しく空を切るだけだった。ほろりと涙が零れる。

 そんな時、誰かの腕が見えた。迷いながら手を伸ばす。すると向こうの誰かも手を伸ばしてきた。その手が触れた時、霧が少しだけ晴れた。と同時に胸の痛みと重さが襲いかかってきた。私が私であることを思い出した。

 相手の顔がぼんやりと見える。でも、輪郭はぼやけてよく見えなかった。ただ、確かに相手ももがいていた。必死に出口を探していた。目があろう場所から涙の川が流れていた。私はもっと苦しくなった。

 霧の中にいる二人。出口は遥か彼方にわずかに見えた。でも、今はこれで十分だった。今はただ。

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