その9 侵略者と殺されたがり

★魔闘少女ハーツ・ラバーズ! 

第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』

その9 侵略者と殺されたがり



 さて、どいつをかっ喰らってやろうか。


 緑豊かな地球の地面に降り立ち、雑草を踏み締めて、それからオレは舌打ちをする。

 こんなモン、こんな自然、オレ達『オーディオ』の大地にはねえんだよ。

 あそこにあるのは黒い憎しみだけ。

 憎しみだけが、オレらを突き動かしている。


 ナハトさんは、まあ特殊だけど。

 あの人は当たり前のようにこうして地球に降り立って、特に侵略行為もせず食材や日用品、とやらだけを買い込んでそのまま帰ってくることだってしょっちゅうだ。

 いっつも飄々としてて何を考えてんだか。


 何を考えてんのかわかんねえっつったらアガペも相当なモンだけどな。

 憎しみしかないはずの世界で、あいつはひたすらに『愛』を説く。

 頭おかしい女だぜ、全く。

 っつーかオレのこと『ネスくん』って呼ぶのやめろよな。

 何でナハトさんは『さん』付けなのにオレは『くん』なんだよ。

 オレだって年上だぞ。

 おまけに裏切り者の妖精如きを未だに一途に想ってやがる。


 妖精――ゼロットの野郎、見つけたらタダじゃおかねえ。

 ぎり、と歯ぎしりをする。

 今まで散々王宮に媚びへつらっておいて、いきなりこんな豊かな星に自分一人だけ逃げ込みやがって。


 辺りを見回す。

 ワープ箇所をミスったか。

 人がいねえ。

 人がいないんじゃ、オレ達が必要としている惑星『オーディオ』の真の原動力――『エモーション』は集まらない。

 『エモーション』は、地球人の心に宿る特別なモンだから。

 地球のヤツらめ、何だってそんな豊かなモンばっか持ってんだよ。

 ……何で、オレ達だけが、こんな。

 くそっ。


 誰か、人間が集まる場所を探そうとした所で、オレは立ち止まる。


 一人、居た。

 小さな影。

 栗色の髪をボブショートにした、コートを着込んだ小柄な女。

 オレが飛んで来たこの丘の上に座って、街を見下ろしている。


 丁度いい、アイツの頭を先にカラッカラにしてやる。

 オレの中の憎しみが、地球の奴らへの純粋な憎しみが胸に満ちるのを感じた。


「……誰?」


 草原をひたすらに進んで行くと、足音を不審に思ったのか女が振り返る。

 幼さが残るそばかす顔の、タレ気味の緑色の目。

 女が、ぼんやりとした無表情でオレを見つめていた。


 オレはそれを、鼻で笑う。


「オレが誰かなんて、てめえは知る必要もねえよ。だって、てめえはすぐに――」


 そう言って、嘲って、手をかざした所で。

 違和感に、気づいた。


 ――あれ?


 何で。

 何でだ。

 おかしいだろ。

 何で、こいつ。

 『エモーション』が、もう空っぽなんだ。


 手が、滑り落ちるように自然と下に降りる。

 おかしい。

 この小さい女からは、何の感情も感じられない。


「……変な格好。黒い……何だろう、ゲームとかに出てきそうな服」


 淡々と、女は告げる。


「さっきの手、なに?」


 女が、首を傾げる。


「ぼくを、殺すの?」


 女が、疑問を投げつける。


「殺す……って、程じゃ……ねえ、けど……お前を……お前じゃなくするっつーか……」


 おい、何を馬鹿正直に答えてんだ、オレ。


「何だ、殺してくれないの?」


「……は?」


「へたれ」


 女が溜息を吐き出す。


 いつものオレなら怒ってた。

 アガペ辺りにそんなような台詞を言われたら秒で怒ってる。


 でも。


「殺しても、いいんだよ」


 女が、やっぱり表情一つ変えずに告げる。


「ひとおもいに、やっちゃってよ」


「なん……で……」


「もしくはこんな世界、とっとと壊してよ。そうすれば、ぼくは救われるのに」


「……何で」


「今日ここで死ぬ運命なら、別にぼくはどうってことないんだよ」


「……っ、何で……ンなこと言えんだよ……!」


 自然と、声を荒げていた。


 わからない。

 今まで色んな奴らを見て来た。

 『オーディオ』の暗い表情ばかりを浮かべた連中、アガペのような変わり者、ナハトさんのような『例外』、ゼロットのような文字通り『コウモリ』。


 地球に来たのだって初めてじゃねえ。

 色んな『エモーション』を爆発させそうな奴らを見て来た。


 でも、こんな。

 こんな、自分の生に全く執着してねえ奴を見るのなんて、初めてだ。


「……お前、生きたいって思わねえのかよ……」


 声が震える。

 胸がざわつく。


 オレ、怖いのか、目の前の小さな女が。


「ぼくは、もう苦しいんだよ。だから」


 女が立ち上がり、オレを見上げる。

 こうして向き合うと、オレとの身長差が、体格差が際立つ。


「ぼくを、殺してよ」


 オレの片手が、ぎこちなく女へと伸びた。

 それはどういうつもりで伸びたのか。

 わからない、わからなかった。

 けど、オレは。

 こいつに――。


 口を開きかけて、視界の隅にぱたぱたと黒いモンが過ぎっていることに気づく。

 あの小さなシルエットを、オレは知っている。 良く知っている。


「ゼロット……! あんにゃろ、逃がさねえ……っ!」


 急に頭に血が上って、オレはその黒いコウモリを追いかけて駆け出す。


 途中で、何だか胸騒ぎがして振り返ると、女はまたこの丘から良く見える景色を何の感情を籠っていない瞳で見下ろしていた。

 あいつの瞳に、この豊かな世界は、どう映ってるんだろうか。


 今は、ゼロットに制裁を加えることだけを考えなくちゃいけねえ。

 オレは、地球の奴らが嫌いだ。

 どうにでもなってしまえと思っている。

 オレと地球人は、敵だ。

 どうでもいい存在のはずだ、どうなってもいい存在のはずだ。


 なのに。

 なのに、何で、オレ、一瞬。

 ほんの一瞬。

 ――あの女に、生きてほしい、だなんて思っちまったんだ。

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