その8 初めての友達
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』
その8 初めての友達
「すまんな、嫌やったろ」
ショッピングモールを離れて、私達は広い公園に来ていた。
噴水の傍で遊ぶ子供達を眺めながら、私と鈴原くんはベンチに座っている。
鈴原くんは、唐突にそんなことを口にした。
何のことだろう、と首を傾げる。
鈴原くんは、肩を竦めて苦笑した。
「ワイなんかが、勝手に彼氏って名乗ってもうて」
「そ……そんな、こと、ない……です……いや、とか、じゃなくて……」
あわあわと、わたわたとする私を、鈴原くんがぼうっと見ている。
嫌なわけじゃないんだよ。
ただ、私は。
「……嫌とかじゃないって、それ、脈があるって思ってもええんか」
「……みゃく……?」
脈。
何で、そこでその単語が出てくるんだろう。
自分の頭の上に、ハテナマークが浮かんだ気がした。
鈴原くんが、少し顔を赤らめて目を逸らす。
「……いや、わからないなら、ええんやけど」
何だろう。
私、何を汲み取れていないんだろう。
それはそれで、気になったけど。
「あ……あの……っ、鈴原くん……っ」
「ん?」
これだけは、聞いておきたかった。
「どうして……その……私なんかと、カップルだなんて、言ったんですか……?」
鈴原くんがあんな嘘をつくことで、鈴原くんに何かメリットがあるとはとても思えない。
どう見ても、デメリットだらけだ。
理由が、まるでわからなかった。
「……子供扱いされて、妹扱いされて、こずえちゃん、ちょっと顔雲っとったやろ」
「……え?」
「だからや。自分でも、強引な手段やったと思ったけど」
どうして。
どうして、鈴原くんはいつも私を助けてくれるんだろう。
私のちょっとした表情の変化も、気持ちの浮き沈みも、ちゃんと見てくれてる、色々考えてくれている。
なのにそれをあまり悟らせず、気付かせず。
鈴原くんは、ただ明るいだけの人じゃない。
凄い、人なんだ。
「……そや、こずえちゃん。ちょっと後ろ向いて?」
「ふえ?」
「ちょっとでええから」
何だろう、とは思ったけれど。
言われた通り、鈴原くんに背を向けて座る。
鈴原くんが近づく気配がした。
「髪、触ってもええ?」
「え? ……う、うん」
何で、髪なんだろう。
不思議に思ったけど、とりあえず頷く。
髪に手が差し入れられる。
梳かれて、掬われて。
何だか緊張してしまう。
私が固まっている間にも、鈴原くんは私の髪を弄っていた。
時折、『こうかな』、『こうすればええんかな』、と小さな声が聴こえてくる。
……何を、しているんだろう。
ぎゅ。
髪を締め付けられる感覚があった。
この感覚は、知っている気がする。
「よっしゃ!」
ぽん、と鈴原くんが私の頭の上に手を乗せる。
そのまま、わしゃわしゃと頭を撫でてくれて。
「べっぴんさん、いっちょあがり!」
「……え?」
髪に、違和感。
いつもと違う。
結われているような感覚。
これ、もしかして。
「買ったリボンでな、ポニーテールにしたんや。下ろしてるのもかわええけど、結ぶのもええんやないかって思ってな! あと、リボンは赤や! 赤! これが大事やろ! このリボン、こずえちゃんにあげるわ!」
にこにこと、鈴原くんが私の頭を撫でながらそう話す。
でも、でも。
「リ、リボンなんて……そんな素敵な物、もらえないよ……!」
「ワイがしたいからしとるだけやって。……あ、嫌やった?」
「嫌……じゃない、けど……髪、結んでたら……昔、男の子に、良く、引っ張られて……からかわれて、きたから……その……」
声が、小さくなる。
自信がどんどんなくなっていく。
自信なんて、最初からないようなものだけど。
俯いてしまう。
私、いつも俯いてばっかりだ。
いつも、鈴原くんの顔をまともに見れない。
鈴原くんは、いつもこんな私とちゃんと向き合おうとしてくれるのに。
「……ほな、これからはワイが守ったるわ」
……え?
思わず、顔を上げた。
鈴原くんは、優しく笑ってくれていて。
「その男共も見る目ないなー。ってか、どーせこずえちゃんのことほんまは好きやったけど素直になれへんで意地悪してたんやろ。かっこわるー」
「……あ……あの……」
「そんなアホな男共なんて気にせんでええって。これからはおんなじ学校なんや。ワイに頼ってええ。ワイがいつでも助けたる。せやから、心配せんでどんどん髪結んだりオシャレしてみ」
「……あ、あのっ!」
つい、声を張り上げてしまった。
鈴原くんが、きょとん、とこっちを見ている。
顔に熱が集まる。
息ができなくなる。
緊張する。
頭の中が真っ白になりそう。
どきどきして死にそう。
でも。
「……どうして……そんなに、優しくしてくれるん、ですか……?」
ずっと、気になっていたことだった。
鈴原くんの優しさは、心地良くて、幸せで。
でも、その原動力がどうしてもわからない。
私なんか、普通はほっとかないのかな。
鈴原くんの、優しさの理由が知りたい。
ただ、それだけだ。
鈴原くんは、ぱちぱちと目を瞬かせて私を見ていた。
それから、両手を頭の後ろで組んで、ベンチにもたれかかる。
「……まあ、最初はおばちゃんに頼まれたからって理由やったんやけどな」
おばちゃん、というのは私のお母さんのことだろうか。
……そんなこと、頼んでたんだ。
そんなの、鈴原くんにとっては迷惑だろうに。
ごめんなさい。
そう言いかけた所で、鈴原くんが喋り出した。
「こずえちゃん、ワイのことかっこええって言ってくれたやろ。おめめきらっきらさせて、凄いって、かっこええって」
「……だ、だって、かっこいいもん……」
「……おおきに」
照れたように、鈴原くんが微笑む。
それから、少しだけ寂しげな瞳を見せた。
「……ワイは、ちっさい」
その声は、暗い気がした。
「どんだけ頑張っても、身長まったく伸びん。毎日カルシウムいっぱい摂って、体も鍛えとるのにな。おっかしいやろー。世の中不平等や」
そう言って、鈴原くんは笑うけど、その横顔はやっぱり悲しさを漂わせていた気がした。
「せやから、馬鹿にされんよう、たくさん頑張ってきた。スポーツも、ケンカも、誰も文句言えんように。……勉強は、まあ、ちょっとアレやけどな。でも、時々どうしようもなく自分の力の限界っちゅーか……周りとの身長の差、力の差を思い知ることがあんねん。そういう時、ほんまやりきれん気持ちになるんや」
鈴原くんが、こっちを見る。
目が合ったら、笑ってくれた。
「せやけど、こずえちゃんはこんなワイのことかっこええって言うてくれた。こずえちゃんにとっては些細なことかもしれへんけど、ワイにはそれがめちゃくちゃ嬉しかった。ほんま、今までの全部が報われた気がした。やっと、認められた気がしたんや。おおきにな」
「そ……そんな……私なんか……」
「謙遜すんなすんな。……そんでな、そんな言葉をくれたこずえちゃんに、ワイ、何してやれんのやろって思った」
何を、って。
そんなの、もうじゅうぶん、たくさん。
「こずえちゃん、自分のことチビやしとろいって言うたやろ。それ聞いた時な。おこがましいかもしれんけど……ワイなら、ワイだけは、こずえちゃんの気持ちわかってやれんのやないかって。気持ちに寄り添ってやれるんやないかって。そう、思ったんや」
背が低いことを気にしている鈴原くん。
背が小さいことを気にしている私。
あれ、そっか、私たち。
「せやからワイ、こずえちゃんにめちゃくちゃ優しくしたいし守りたい。こずえちゃんは優しいし可愛い。もっと色々なこと話したいし、こずえちゃんのこともっと知りたい。ワイは」
鈴原くんが、言葉を止める。
手を膝の上に置き、じっと私の瞳をまっすぐに見据える。
その熱い眼差しを見てしまうと。
不思議と、逸らす気になれなかった。
そして、鈴原くんは、告げた。
「ワイは、こずえちゃんと、友達になりたい」
呼吸が、止まるかと思った。
心臓が、ぎゅうと掴まれて、潰されるような感覚。
もう、胸が爆発しそうなくらい苦しい。
苦しいのに、全然嫌じゃない。
ただ、感情が溢れる。
溢れて、零れて、どうしようもなくて。
呼吸だけじゃない、時間まで止まったみたいだ。
ただ、鈴原くんのその言葉だけが頭の中で何度も何度も響いている。
生まれて初めて、言われた言葉。
ずっと、欲しかった言葉。
それを、噛み砕いた瞬間。
「……っ、ふえっ……」
大粒の涙が、両目からはらはらと零れ落ちていた。
鈴原くんが、ぎょっとする。
こんな所で泣いては、困らせてしまう、嫌われてしまう。
そう思うのに、一度流れ出したものは止まらない。
「ちょっ……こずえちゃん!? 大丈夫か、すまん、ワイなんか嫌なこと言ったか、ええと、ティッシュ……いや、ハンカチか……!?」
鈴原くんが、わたわたし始める。
私は、必死に指で涙を拭って拭って拭った。
「こ、擦ったらあかん! 跡になる!」
「ち……ちが……ちがうん、です……」
「……へ?」
「わ……私……あの……えと……う、うれ、嬉しくて……そんなこと、言ってもらえたの……生まれて初めて、で……私、私……っ」
胸が、いっぱいになる。
幸せだ。
幸せすぎて、嬉しくて、ほんと、死んじゃいそうで。
私、こんなに幸せだったことなんて、ない。
こんなに素敵な出会いが待っているなんて、思ってなかった。
想像すらしてなかった。
どうしよう、どうしよう。
どうしたらいいか、わからない。
鈴原くんが、ぽかん、と私を見つめている。
やがて、彼は、ふ、と笑って。
くしゃ。
頭を、優しく撫でてくれた。
「……アホ。嬉しい時は、笑うもんなんやで」
「……うん……うん……っ」
「ああもう、泣かんといてや。……あ、そや」
鈴原くんが、ごそごそと自分のポケットの中身を探る。
私は涙を拭いながら、ひっこめながら、何だろうとその動作を見つめていた。
鈴原くんが私に差し出したのは、飴。
包み紙はイチゴ柄だから、多分イチゴ味だ。
「アメちゃん、やるわ。友情の証やで? ワイと、友達になろ! こずえ!」
ひゅっと、息を呑む。
友達。
鈴原くんと、友達。
私にとって、生まれて初めての友達。
名前を呼び捨てにしてくれた。
これを受け取ったら、私は、彼と。
……友達に、なれるんだ。
恐る恐る、彼の手の平の上に乗せられた飴を、手に取る。
それを、両手に包んで、きゅっと握り締めて、胸の前で祈るように抱き締めて。
幸せも、噛み締めて。
私は。
「……ありがとうっ。私と、友達になってください。鈴原くんっ」
精一杯、笑ってみた。
鈴原くんが、ぽかんと私を凝視する。
彼の顔が、見る見る内に真っ赤になっていく。
どうしたんだろう。
や、やっぱり変だったかな。
笑ったのなんて、思えば久々だ。
いつも私は、困った顔ばかりしていたように感じるから。
……変な、笑顔だったかな。
鈴原くんが、口元を手で覆う。
勢い良く、私から顔を逸らす。
耳まで真っ赤だ。
髪の色と、区別がつかないくらい。
「……反則やろ、それ……」
何かを、呟いていた。
それから、鈴原くんは噛み締めるように言う。
「……こずえが笑った顔、初めて見たわ」
「……あ……ご、ごめんなさい……変、だったよね……」
「へ、変なわけあるか! むっちゃかわええ! もっと笑え!」
可愛いと、言われてしまった。
恥ずかしかったけど、笑顔が変じゃないと言われたことの方がずっと嬉しくて、私はまた笑う。
鈴原くんが、目を見開いて、それから照れくさそうに笑って。
私の手を握り、立ち上がる。
「よっしゃ! もう少しデートしよ、こずえ! まだまだ遊ぶで!」
「……うんっ」
鈴原くんの大きな手を、初めてぎゅっと握り返してみる。
こんなに弾むような気持ちは、初めてだ。
友達が、できた。
こんな私にも、友達がやっとできた。
……夢みたいだ。
もしかしたら、私は。
――この日の為に、生まれてきたのかもしれない。
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