その5 僅かな交流

★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!

第一話 『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』

その5 僅かな交流


 勉強机の前に置いていた椅子を窓際に移動させて、ちょこんと座る。

 窓の外に顔を出すと、鈴原くんはまた笑った。

 その笑顔が眩しくて、ちょっと俯いてしまう。

 彼の真っ直ぐな姿に応えるだけの勇気は、私にはまだない。


「昼も言うたけどな、ワイ、大阪から来たんや。喋り方聞いとったらわかるかもしれへんけど」


「あ……うん……こてこて、だもんね……」


「せやろー。せやけどな、おとんもおかんもめっちゃ仕事で忙しくてなー。今朝も引っ越してきた途端ワイだけほっぽって仕事行ってもうたわ。しばらく出張やって言うとったかな。あーもう、家事全部自分一人でやらなあかん思ったら憂鬱やわー」


 そう言って、鈴原くんは大袈裟に項垂れた。


 ……鈴原くん、一人で頑張ってるんだ。

 凄い、な。


「……えと、私のところも……お父さんとお母さん……仕事……みたいなもので……さっき出て行っちゃって……私も、家事頑張らなきゃなって……」


「こずえちゃんとこもか! ははっ、なんや、ワイら凄い偶然が重なっとるな。運命ちゃうん?」


「運命……なの、かな……」


 何だか照れくさい響きに、どきどきする。

 でも、仲間……みたいな人がいると、何だか心強い。

 私が仲間だなんて、鈴原くんは迷惑だろうけど。


「ま、愛されとらんわけやないから別にええんやけどな。せやけど仕事仕事って、他にもうちょっとなんかあるやろ! ワイの試合ん時も一度も応援に来てくれたことないんやで?」


「……試合?」


 はて、と首を傾げると、鈴原くんは『ああ』、と大きく頷いて笑う。

 その目には、確かな自信が宿っていた。


「ワイ、野球やっとるんや! 前の中学だとサードで4番やっとった! 一年でレギュラー張ってたんやで? 凄いやろ! ……と言っても、ワイはチビやからホームランとかは打てへんのやけど。せやけど、その分めっちゃ頑張って、努力しまくって、もがいて、血ぃ吐きそうになってもまだ前に進んで、実力でレギュラー獲ったんや! ワイをチビって馬鹿にしてきた連中も何も言えんくらい負かしてやったっちゅーねん! ワイにかかればちょちょいのちょいや! ああもう、ワイ、野球大好きやで!」


 表情をコロコロ変えて、身振り手振りを加えて、鈴原くんは活き活きと喋る。

 その瞳はキラキラと輝いていて。

 本当に、彼が野球を好きなんだ、野球に命をかけているんだなってことが、良く良く伝わってきて。

 思わず、体が震えた。


「…………かっこいい…………」


「…………へ?」


 気がついたら、そんな言葉が洩れていた。

 鈴原くんが、ぽかんと口を開けて私を凝視している。


「あ……え、えと……鈴原くん……凄くかっこいいなって……ちゃんと好きな物があって……好きな物に一生懸命真剣に打ち込んでて……たくさんたくさん頑張ってて……それだけの物を持ってて、その為にいくらでも頑張れる鈴原くんは……あの……とっても……かっこいい……です……」


 うう、やっぱり長く話すと何を喋りたいのか良くわからなくなってきちゃうな。

 やっぱり、人と話すのは得意じゃない。

 鈴原くんの顔を、正面から見れない。

 でも、そうやって俯いてると、鈴原くんが黙り込んでしまっていたことに気づいた。


 あれ、私、嫌なこと言っちゃったかな。

 不安になって、顔を上げる。

 鈴原くんは、ぽかんとしたまま私を見つめていた。


 目が合うと、鈴原くんは目を見開いて、顔を髪の色みたいに真っ赤にして、口元を手で押さえる。

 それから彼は、恥ずかしそうに顔を逸らす。


「あ……ええと……」


 鈴原くんが、もごもごと口ごもる。

 何か、言葉を探してるようだった。

 しばらくして、がしがしと頭を掻いて、鈴原くんは。


「いや……女の子に、かっこええなんて言われたの……生まれて初めて……やから……ドキッとした、っちゅーか……その……いやー、あはは! 照れるな!? かわええとは良く言われるんやけどなー、失礼やと思わんか、こんなにワイかっこええのになー! やー、はは……は……」


 あはは、と鈴原くんは顔を赤くしたまま笑って、笑って、声のトーンが落ちて行って。

 最後に、ぼそりと。


「……おおきに、な。……めっちゃ、嬉しいわ」


 そう言って、静かに微笑んでくれた。

 気を悪くするようなことを言ってはいなかったようで、ほ、と胸を撫で下ろす。


「……こずえちゃんは? なんか、得意なこととかないん?」


 話を振られ、びくっと身が竦んでしまう。


 私。

 私、は。

 鈴原くんとは、違って。

 全然、だめなんだ。


「……私、は……チビだし……とろいし……何も、できなくて……部活、とかも、やってなかったから……」


「……ほな、好きなことは?」


 好きなこと。

 ただ好きなだけのことでも、いいのかな。


「えっと……お料理、かな……」


「へえ、凄いやん!」


 感心したように、鈴原くんは声を弾ませてくれる。

 でも、私なんて全然大したことないんだよ。


「あ……いや……そんな、大したものは作れないんだけど……でも……新しいレシピ覚えるのとか……楽しいし、それを誰かに食べてもらえるの……何だか嬉しい……です……えっと……今まで、友達がいなくて……部活もやってなかったから……勉強以外にすることなくて……ずっと家の手伝いやってたから……家事とか好きで……うちで、評判いいのは……唐揚げ……かな……二度揚げすると、美味しいんだよ……あと、和食作るの好きだけど……最近は中華もいいかなって……でも、うちの家族はどっちかって言うと洋食の方が好きだから、良く作るのは……あ……」


 そこまで一気に喋ってから、しまった、と思う。

 私、何勝手にべらべら喋ってるんだろう。

 ちょっと褒めてもらえたくらいで、いい気になって。

 恥ずかしい。

 顔が赤くなる。


「あ……あの……えっと……私ばっかり……ごめんね……つまんないよね……」


「そんなことない。そのままでええよ、こずえちゃん」


 だけど、投げかけられたのは優しい言葉。

 鈴原くんは、八重歯を見せて笑っていた。


「こずえちゃんにもちゃんと好きなもんあるんやろ。誇ってええ。自信持ってええ。めっちゃええことやん。楽しそうに喋っとるこずえちゃん見とると、ワイも嬉しいわ。もっと聞かせてや、こずえちゃんのこと。こずえちゃんの話面白いし、こずえちゃんの声聴いとるとむちゃくちゃ落ち着くわ。綺麗な声やな」


 綺麗な声。

 そんなこと、生まれて初めて言われた。


 どくん、と心臓が鳴る。

 どうして、鈴原くんは私なんかに、たくさん優しくて綺麗な言葉をたくさん与えてくれるんだろう。


「なあ、今度ワイにも何か作ってくれへん?」


「……え……いいの……? 食べて、くれる……?」


「あったりまえや! むしろワイの方こそええんかって感じやわ。あー、こずえちゃんの手料理楽しみやなー」


 そこまで言って、鈴原くんはちょっと目を逸らして。


「その……なんや。こずえちゃん、めっちゃええ奥さんになるんやろな」


「ふえ!?」


 突然落とされた爆弾発言にびっくりして、面白いくらいにわたわたと狼狽えてしまう。

 顔が熱い。

 変な汗が出そうだ。


「そ、そんな……わ、私……結婚なんて、この先ずっとできないよ……男の子、好きになったことなんて、ないし……男の子が私を好きになるなんて……絶対有り得ないし……想像できないし……」


 慌ててそう返した私を、鈴原くんがどこか複雑そうに見つめていた。

 いつの間に、こっちに視線戻したんだろう。

 私が不思議に思っていると。

 静かに、鈴原くんが告げた。


「……そないなこと言うてたら、ワイが攫って、そのままもらってまうで?」


「……え?」


 え?

 攫うって、もらうって何?

 どういう意味?

 完全に、思考回路がショートした音が聞こえた。

 頭から、湯気が出そう。

 固まっている私を見て、鈴原くんが笑う。


「……こずえちゃんはかわええな。ほんま、かわええ。めっちゃ、かわええ」


 ショートした思考回路が、ズタズタに破壊される音がする。


 お父さんとお母さんは小さい頃たまに私を可愛いと言ってくれた。

 だけど、男の子に可愛いなんて言われたの、生まれて初めてだ。

 女の子にすら、言われたことない。

 そんなこと言われたら、どうしたらいいのかわからなくなる。

 からかわれてるのかな、冗談なのかな。


「……っと、もうこんな時間か。女の子こんな時間まで起こしとったらあかんからな。おやすみ、こずえちゃん。あったかくして寝るんやで」


「……ぁ……」


 壁にかかっている時計でも見たのだろうか。

 鈴原くんが一瞬視線を上げて、次に私に向かって微笑んで。

 『ほな』、とひらひら手を振ってから窓を閉め、カーテンも閉めた。


 ……おやすみって、言えなかったな。

 私も窓を閉めて、カーテンを閉める。


 とくん、とくん、と心臓が鳴っていた。

 嫌な感じのどきどきじゃない。

 何だか、幸せな響き。

 心が、弾んでる。


 私、きっと楽しかった、嬉しかった、鈴原くんとお話できて。

 誰かと、それも男の子と話すのが、こんなにいい意味でどきどきすることだったなんて、知らなかった。


 優しい、な。

 鈴原くん。

 充分楽しかったけど、幸せだったけど。

 もっと話していたかった、なんて、我儘かな。

 もっともっと鈴原くんの話を聞かせてほしいなんて、迷惑かな。

 ……友達になりたいなんて、思ったらだめかな。


 ぶんぶん、と頭を振る。

 長い髪が揺れる。

 だめだ、そんなの高望みにも程がある。

 鈴原くんはかっこいいし、きらきらしてる。

 私とは違う世界の人。

 だから器も大きくて、私なんかにも優しくしてくれる。

 それだけで、今日お話してくれただけで、いいや。

 嫌われなかっただけで、幸せだもの。

 この思い出だけで、私、これから先の人生を生きていける気がする。


 ふう、と息をついてベッドに寝ころび、布団の中に潜る。

 今日は、良く眠れそう。





「ちょりーっす!」



 翌朝、私は早く目が覚めて。

 顔を洗って、歯を磨いて、着替えて。

 朝ご飯、何作ろうかな。

 まだ早いかな、お家、というかお店の前を掃除でもしようか。

 そんなことを考えていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 こんな朝早くから誰だろう、と玄関の扉を開けると。

 鈴原くんが、満面の笑みでそこに立っていた。

 昨日とは違うマークがプリントされた、真っ赤なTシャツ。

 まさかまた話しかけてもらえるとは思ってなかったから、私はびっくりして言葉を失ってしまう。


「どうもおおきにー! 朝からすまんなー!」


「……えと……鈴原くん……おはよう……ございます……」


「おはようさんっ! なあ、こずえちゃん、今日ヒマか?」


「……え? えと……特に予定は、ないけど……」


「よっしゃ!」


 私が困惑していると、ぎゅ、と左手を握られた。

 手の感触に、心臓が跳ね上がる。

 昨日は拒んでしまった手。

 緊張していると、鈴原くんは笑顔でこう言った。


「ほな、こずえちゃん! 今からワイとデートしよ!」


 …………え?

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