その4 ぽつん、と残されて
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』
その4 ぽつん、と残されて
「重大発表が、ありまっす!」
晩ご飯を食べ終えて、私が全員分のお皿を洗い終えた頃。
お父さんが唐突にそう切り出した。
今日のご飯は、チャーハンを作った。
お料理するのは、好きだ、とても。
何回も繰り返す内に上達していくのは楽しいし、色々作れるようになると胸がいっぱいになるし。
私の、数少ない趣味のようなもの。
お父さんの言葉にきょとんとしていると、お母さんに背中をぐいぐいと押され、私は居間のテーブルを囲む椅子に座らされた。
ピンク色のクッションが、ぽすんと沈む。
隣の席では、たっくんが不思議そうに頬杖をついていた。
お母さんが私の向かい、つまりはお父さんの隣の席に座る。
全員揃ったことを確認して、お父さんが咳払いをした。
「こずえ、新しい洗濯機の使い方は覚えたかい?」
「え……うん……」
「掃除用具の場所は?」
「覚えた……けど……」
「近所にスーパーあるから覚えときなさい。ほら、これ地図」
「あ……ありがとう……?」
お父さんの手書きの地図をぎこちなく受け取る。
どうも、話が良く呑み込めない。
「炊事、洗濯、掃除、買い出し、裁縫、その他諸々……まあ、こずえはいつも色々やってくれてたから大丈夫だと思うけど……」
「……えと……?」
「んだよ、さっきから。何が言いてーんだよ」
とうとうしびれを切らしたらしく、たっくんが不機嫌そうに口を挟む。
それに数回瞬きをしてから、お父さんは満面の笑みを浮かべた。
「突然ですが!」
お父さんとお母さんが同時に席を立つ。
お父さんが、お母さんの肩を抱く。
そして。
「ちゃららっちゃらー! パパとママは、今日から一ヶ月間、料理の修行の旅に行って参ります!」
しーん。
お父さんの元気の良い声とは正反対の、静寂が訪れた。
「……ふえ?」
「……は?」
私と、たっくんの声が重なる。
呆然とする私とたっくんをよそに、お父さんは顎に手をやってうんうんと何度も頷いていた。
「いやあ、ほら? ずっと夢だったレストランを営む! ってなったらさあ、それなりの修行が必要になると思うわけよ。今までのパパ達の料理みたいな目が飛び出るような独創性も大事だと思うけど、なんかこう……ぎゅってお客さんのハートを掴むもんも大事かなって!」
「さっすがダーリン! 先のこと良く考えてるのね!」
「わかってくれるかハニー!」
ひしっとお父さんとお母さんが抱き合う。
完全に二人の世界だ。
私とたっくんは、やっぱりぽかんとすることしかできない。
「というわけで可愛い娘と息子よ! 今から僕達は旅に出ます! 五月くらいには帰って来るから! あ、ちゃんと生活費は置いておくから心配するな!」
「ちょっ……おい、今からかよ!?」
「今からです! 店を持つと決めた以上もたもたしてはいられないわ! さあ行きましょうダーリン!」
「達者でな娘&息子! パパ達も頑張るから! じゃあ行こうハニー!」
そこからは、もう早かった。
お父さんとお母さんはびしっと私達に揃って敬礼したかと思えば、風の如き素早さで椅子の横に用意してあったらしいリュックを背負って。
……準備いいな。
じゃ、なくて!
私が声も出せずにおろおろしている中、お父さんとお母さんはぴゅうっと玄関へ向かい車に乗り、そのまま車を発進させた。
軽快なエンジン音と共に、二人はどこかへ行ってしまう。
修行って、どこでするものなんだろう。
ぽつん、と新しい家に私とたっくんが取り残される。
私より先に我に返ったたっくんが家の外に飛び出して、遠ざかっていく車のライトへ向かって怒鳴りつけた。
「おいちょっと待てっ! ふざけんな! 何考えてんだ馬鹿親父&馬鹿おふくろ! 色々おかしいだろ! おい、待てって! 行くんじゃねえっ! 馬鹿っ!」
ひとしきり怒鳴ってから、たっくんががっくりと項垂れ、大きく溜息を吐き出す。
肩を落とすその背中に、恐る恐る近寄った。
「ああもう……ばっかじゃねえの……一ヶ月でどうにかできるもんかよ……っつーか、行き先くらい教えろよなあ……」
「た……たっくん……」
「おかしいとは思ってたんだよ。二人とも料理が趣味とはいえ、いきなりレストランやるー! だなんてさ。ねーちゃんの方が断然料理できるし……まあ、一ヶ月間親父とおふくろの頭おかしい料理食わされずに済んで、ねーちゃんの美味いメシ食えると思えば……」
そこまで言って、たっくんがはっとして顔を上げた。
私を見下ろして、目が合って、たっくんが勢い良く視線を逸らす。
「ち、ちげーからな! オレはねーちゃんのメシなんかいらねーから! オレだってもう中学生なんだ、自分のメシくらい自分で作れるし、自分のことはちゃんと自分でやるよ!」
「あ、あの……」
「もう寝る! おやすみ!」
またしても言いたいことだけ言って、たっくんが一足先に家の中にずかずかと入って行く。
僅かに冷たい夜風を感じながら、私はその場に一人立ち尽くして。
……大変なことになっちゃったなあ。
そう、しみじみと思ってしまった。
◆
お風呂から上がって、うさぎさん柄の桜色のパジャマに着替えて自室のベッドに座る。
これから五月まで家事、ちゃんとやらなきゃ。
家のことをやるのは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。
心細い気持ちはあるけど、頑張らなきゃ。
たっくんは、私なんかに面倒見させてくれないのかな。
たっくん、強い子だもんね。
そういえば、東京の空ってどんな感じなんだろう?
カーテンを見て、ふとそんなことを思う。
さっき外に出た時は、びっくりしすぎてそれどころじゃなかったけど。
北海道の夜空は綺麗だったけど、東京って星は見えないのかな?
何となく気になって、窓に近づいてカーテンを開ける、と。
「……ぁ……」
「あ」
すぐ近くに、隣の家の窓があって。
その部屋の奥に、鈴原さんが、いた。
「ひう……っ!?」
びっくりして、ひっくり返りそうになる。
バランスを崩して、わたわたしてしまう。
「おい、大丈夫かこずえちゃん!?」
鈴原さんが窓を開けて話しかけてくれる。
私も震える指先で何とか窓を開けて、こくこくと何度も頷いた。
「だ……大丈夫、です……はい……」
「なら良かったわ!」
そう言って、鈴原さんは笑ってくれた。
昼間の時と、変わらない笑顔。
……怒ってないの?
あんな失礼なことしたのに、私のこと、嫌いになってないの?
「部屋、こんなに近かったんやなー、びっくりしたわ」
「は……はい……あ……あの……」
「ん?」
言わなきゃ。
本当の意味で、謝らなきゃ。
自分を落ち着かせるように、きゅ、と胸の前で手を組む。
「ひ……昼間は、本当に、ごめんなさい……失礼な態度、とっちゃって……」
「何言うとんのや。こずえちゃんはなーんも悪くないやろ。ワイの方こそごめんな。いきなり手、握ってもうて。嫌やったろ」
「い……いや、とかじゃ、ないんです……鈴原さんは……何も、悪くなくて……」
おどおどしながら、びくびくしながらそう零せば、鈴原さんは少し難しそうな顔をした。
ばつの悪そうな、そんな顔。
あ、あれ、今度こそ私、変なこと言っちゃったかな。
「んーと……呼び捨てでええよ? ワイら、同い年やし。『さん』付け、むず痒いねん。敬語もナシやで」
呼び捨て。
男の子を、呼び捨て。
そんなの、ハードルが高すぎる。
女の子だって、とても呼び捨てにできないのに。
敬語もなし、というのも正直私には厳しい。
でも、鈴原さんが、そうしてほしいって言うなら、私は。
手を組む力を、ぎゅう、と、強める。
「あ……あの……はい……じゃ、じゃなくて……うん……鈴原くん……」
「ん。それでええよ、こずえちゃん」
鈴原さん……じゃなかった、鈴原くんが、嬉しそうに笑う。
彼が笑いかけてくれる度、緊張と安心が綯い交ぜになった感情が沸き上がった。
なんか、変な気分だ。
どうして、鈴原くんは私なんかに笑顔を向けてくれるんだろう。
「……あー、その、なんや」
どこか歯切れが悪そうに、鈴原くんが言った。
赤い頭を掻いて、私から目を逸らして、またじっと私の方を見て、笑って。
「『こずえ』って、エエ名前やな」
「……え?」
言われた意味が良くわからず、首を傾げる。
そんな私に、鈴原くんは言った。
「ほら、梢って木の幹とかの名前やろ? そんなん、どんどん大きくなります、どんどん成長しますって言うとるもんやん。むっちゃエエ名前や!」
困惑している私の目を、鈴原くんが真っ直ぐに見据える。
「これからおっきくなる、無限大の可能性持っとるこずえちゃんにピッタリの名前やとワイは思うで!」
……名前、褒めてもらえた。
そんなことを言われたのは、生まれて初めてだ。
かあっと、顔が赤くなる。
お風呂から上がったばかりなのに、体が熱い。
嬉しくて、びっくりして、胸が締め付けられるようで。
あ、だの、う、だの、私は挙動不審になりながらも、何とか鈴原くんに頭を下げた。
「あ……あの……ありがとう……ございます……」
「あはは、敬語、抜けてへんで」
「あ……えと、あの、その……ごめんね……」
「んーん。謝らんでええ」
「あ……ありがとう……あ、あのっ」
「なんやー?」
鈴原くんは、とろい私の言葉を待ってくれる。
小さな小さな蚊の鳴くような私の声を、拾ってくれる。
そんな鈴原くんだから、言わなくちゃ、って思ったんだ。
「鈴原くんも……いい、名前だと思い、ます……あの、『一番の希望』って聞いて……ああ、いいなあって思って……鈴原くん、あの、明るくて、キラキラしてるから……だから、凄く、鈴原くんにぴったりで……素敵な名前だなって……あの……」
自分で自分が何を言いたいのかわからなくなる。
私、鈴原くんに何を伝えたいんだろう。
良くわからないけど、私に優しくしてくれる鈴原くんに少しでも何かを返したい。
それだけが、ぜんぶだった。
「……おおきに」
鈴原くんが、はにかんだように笑う。
鈴原くんは、凄いな。
私なんかと全然違って、色々な笑顔ができるんだから。
「……なあ、こずえちゃん」
少しだけ、緊張したような声色で、鈴原くんは言った。
また、彼が彼の頭を掻く。
やがて、意を決したように。
「……この距離のままでええから、少しだけ、ワイとお話せえへん?」
そう言って、鈴原くんは優しく笑ってくれた。
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