第15話

 ある日の昼休み。

 俺がイヤホンをして対戦の実況動画を見ようとしていたら、とある声が飛び込んで来た。


「おい、逢坂さんまた振ったらしいぞ!」

「マジかよ、今度は誰?」

「野球部部長の酒巻先輩だって!これで50人切り」

「うわー、すさまじぃ……」


 まるで弁慶のような扱いをされている後輩が少しばかり哀れに思う俺であるが、その会話をしている男子生徒二人は、そう思っている様子は無く、逢坂への承継の念を募らせている。


「告白されてもあなたの事を良く知らないからってバッサリ切り捨てたんだって。でも、先輩も引き下がれないからせめてデートでもしてくれないかって頼んだらしいんだよ」

「おお、流石先輩。そしたら?」

「放課後はお稽古で忙しいから、一緒に出掛ける暇ないってさ」

「はぁ、流石逢坂さん、イメージ通りだな……」


 感心する男子生徒。

 だが、俺はそんなことを聞きながら頬を引きつらせるしかできなかった……。


「にしても、50人切りねぇ……」


 ♢


 そして、時間は経過し放課後。

 電車を乗り継いで学校から離れたゲーセンで、格ゲーの筐体の前で俺は高速でボタンを叩いていた。


 ボタンを叩く音に呼応するように目の前で繰り広げられる技とリアクションが鼓膜を叩く。

 この無機質な音とスピーカー越しの声はどこか非日常的で、俺は無言でついこの音に聞き入ってしまう。


「あー、もう!」

「……」

「っし!」

「……」

「これで、こうして、こうで……よっし!リーサル!!」


 だが、俺の向かいに座る彼女はそうでないらしく、終盤に近付くにつれて小さく声を上げる。

 戦略を声に出してなぞると言うよりかは、没入しすぎてついつい声が漏れているみたいな感じだ。


 そして、彼女の操作するごついキャラクターが綺麗な背負い投げを見せ、俺の操作キャラの体力はキレイに削られた。


「よっっしゃい!」


 2P WIN の文字が映し出されるより前に、彼女は快哉を上げる。

 筐体に手をついてのけぞりつつ、彼女はグイっと隙間から俺の方を覗き込んでくる。

 片眉だけくいッと上げて、彼女は生意気な笑みを浮かべている。


「へっへー、初戦から勝ちなんて、今日は私の日かもしれませんね~?」

「……お前、習い事はどうしたんだよ」

「何ですか~言い訳です?」


 目の前に座っているのは、今日習い事があるはずだった後輩、逢坂妃花である。

 今日の告白の断り文句すら忘れているらしい逢坂にため息をつきつつ、俺は鞄からもう1クレジット取り出す。


「はいはい、分かったから連戦するぞ」

「え~、もうちょい勝利の余韻に浸らせてくださいよ!」


 俺が百円を入れようとしたその瞬間、逢坂はおもむろに席から立ちあがり、ぐるっとこちらへと回りこんでくる。

 そして……格ゲー特有の少し長い椅子の、端に座ってくる。


「先輩、狭いんでちょっと寄ってください」

「なんで退かなきゃならねえんだよ」

「だって先輩に初戦勝てたの初めてなんですもん!先輩の敗北画面をしっかり焼き付けないと!」

「一戦抜けはマナー悪いぞ」

「いいじゃないですかたまには後輩に華を持たせてくれても~」


 生意気なことを言いつつ真横で俺の敗北画面をマジマジと見つめる逢坂。

 言葉こそあれだが、その表情は勝ちの喜びを嚙みしめているようで、純粋にゲーマーとして楽しんでいる顔で……。


「……」


 だから、俺は至近距離に逢坂の顔があると言うこの状況を、甘んじて受け入れるしかできなかった。

 勝ちの味に一通り満足したのか、逢坂はふうと息をついたのちにちらりとこちらを見上げてくる。


「でも先輩、今日なんか調子悪くなかったです?」

「え?」

「今日の先輩、普段なら通さないような逆択全部通りましたよ?ジャスパ全然決まってなかったし」

「ああ……」


 逆択、とは格ゲーで攻められている側が攻めを途切れさせるために取る行動の選択肢の事である。

 ざっくりカウンターみたいに捉えてもらって構わないのだが、確かに逢坂の言う通り、俺の攻めは今回殆ど逢坂に通っていなかった。


「普段の先輩、攻めてるくせに気持ち悪い位逆択にガード挟んでくるのに、今日めっきりでしたもん」

「気持ち悪いは余計だよ」

「いやいや、攻めてるくせにあんだけ冷静なのは普通に気持ち悪いですって!」


 勝ったくせに失礼なことを言ってくる逢坂。

 俺はさっさと次のゲームに行きたいのに、彼女はそれがどうしても気になる様子。

 中途半端に長い椅子に座ったまま、俺の方を見上げてくる。


 これは何か言わないとコイツは退くつもりないな……?

 ……しゃーない。


 俺は色々考えた末、別に一切不調の原因とは関係ないが、ふと気になっていたことを聞いてみる。


「……逢坂って、やっぱりモテるんだよな」

「はい?」

「いや、クラスでお前が告白された、みたいな話聞いたなって、それだけ……」

「はぁ……」


 彼女から少し目を逸らしながら話してしまう。

 俺のごもごもとした言葉を聞いていた逢坂は、キョトンとした顔を浮かべた後……


 ニヤリと、非常に悪い笑みを浮かべた。

 その笑いに、俺は彼女の意図が直ぐに理解できた。


「あれ、もしかして……」

「いや、違う」

「そんなに否定しなくても大丈夫ですよ~」


 俺がさっさと否定するも、逢坂は一層口角をにんまりと上げる。


「先輩、私が誰かに取られちゃうんじゃないかってジェラったんですね~?」

「マジで言わなきゃよかった……」

「うーわそのリアクションガチじゃないですか~、私ってば愛されヒロイン~!」

「だから違ぇって……」

「あれま?いつもに比べて言葉にキレがありませんよ~?」


 否定すれば否定するほど逢坂はどんどんと調子に乗っていき、しまいにはバシバシと俺の背中を叩いてくる。


 ……そして、気恥ずかしくて目を逸らす俺の顔を覗き込んで来て、ニコリと優しい笑みを浮かべた。



「大丈夫ですよ、私は先輩と一緒にゲームできてればそれで満足ですから。今は付き合うとかそう言うのは考えてません」

「逢坂……」


 彼女の笑顔が、普段学校で見るようなアイドル的な笑みでは無く、もっと自然なものに見えてしまったのは、願望が過ぎるだろうか。

 俺は少しばかり彼女の言葉に胸打たれてしまう……。


「だから、これからもこうして先輩をボコボコにさせてくださいね?」

「おうお前向こう座れ、温情で今まで使ってなかったハメコンボで二度と格ゲーできない体にしてやる」

「キャー、男の人にひどい事される~」


 前言撤回、逢坂はやっぱり逢坂だ。

 変に胸打たれた俺が馬鹿だった。


 ワザとらしく体に手を巻き付けてくねくねする逢坂を見ていると、俺もなんだか馬鹿らしい気持ちになってくる。

 逢坂に乗っかるようにして、俺も両手の指をくねらせる。


「げへへ、大人しく俺のコンボを食らっとくんだな」

「イヤ~ン、誰か大人の人~!」

「へっへっへっ、諦めて俺の餌食になりやがれ……」


 一応言っておくが、格ゲーコーナーはゲーセンの最奥にあり、俺達の周囲には人はいない。

 それを把握した上で俺達はこんなアホみたいなことをしていた、のだが……。


「やめなさい!!」

「ぐへぇっ!」


 背中の引っ張られる感触。

 直後、俺の視界はグルんと半周回転する。

 椅子からどしんと滑り落ちる俺、尾てい骨から鈍い痛みがだが、急速に広がっていく。


 あっけに取られて上空を見上げると、俺の視界に覆いかぶさるように女子の顔が一面に広がった。

 俺を引きずり下ろした張本人は、俺をきっと睨みつける。


「女の子相手に何してるんですか!店員さん呼びます、よ……」


 だが、その言葉は最後まで告げられることは無かった。

 ……俺の顔を見たまま、そいつはあっけにとられた顔でぽつりとつぶやいた。


「え?久我君?」

「……委員長」


 そう、俺を引きずり降ろしたのは他でもない、ウチのクラスの委員長様だったのだった……。


「久我君……何してるの?」


こっちのセリフだ。

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