第五章
第五章 第一話
中学一年生の最後の学校旅行で、わたしは「友達を作る」という希望を打ち砕かれ、さらに深い絶望の中で春休みを過ごした。しかし、時間は容赦なく過ぎ、わたしは中学二年生に進級した。
四月。新しい学年の始まりの日。
母は、わたしに、再び期待の眼差しを向けている。
「亜矢ちゃん。今日、新しい転校生たちとの交流会があるでしょ?ちょっとでもいいから、出てみない?」
わたしは、もちろん、行きたくなかった。前の学年で、わたしがどれほど人間関係に失敗し、傷ついたか、母は知っているはずだ。そして、特例校に来る転校生が、「普通の子」である可能性は、限りなく低いことも知っているはずだ。
「どうせ、また普通じゃない子ばっかり来る」
わたしは、心の中でそう呟き、期待できないという諦めに、すでに身を委ねていた。転校生が、わたしと同じように、「明るい振りをしていても暗い子」や、「排他的なグループを作る子」だということは、目に見えている。
普通の子なら、ここには来ない。
けれどわたしは、母の顔を見て「出たくない」とは言えなかった。母は、わたしを責めない代わりに、わたしが「普通」に戻るための「努力」をすることを、諦めていない。
ここで拒否すれば、母の顔から笑顔が消え、またヒステリーが始まるかもしれないという恐怖があった。ヒステリックな母は影を潜めていても確かにある。
わたしは、重い体を動かし、母に付き添われながら、交流会が開かれる多目的室へ向かった。
部屋の中には、わたしと同じ学年の生徒と、新しく転入してきた数名の生徒たちが集まっている。わたしは、部屋の隅で、ポケットの中のキーホルダーを握りしめたまま、うつむいていた。
どうせ、誰も話しかけてこない。わたしは、ここでも『いない子』として過ごすだけなのだ。
先生に促され、転入生の自己紹介が始まった。数人の生徒が、緊張した面持ちで、自分の名前と、好きなものを話してゆく。みんな、やはりどこか影があり、内向的な雰囲気の子たちだった。
そして、最後に、一人の女の子が立ち上がった。
「わたし、
彩花は、ハキハキとした声で自己紹介を終えた。彼女の言葉は、この特例校に来る生徒としては、ごく一般的なものだ。
「人間関係で疲れた」という過去を持つ子。それは、わたしと何も変わらない。
けれど、彼女の佇まいが、他の子たちと違って見えた。
彼女の背筋は、ピンと伸びている。視線は、うつむくことなく、しっかりと前を向いていた。服は前の学校の制服で、着こなしにも、だらしなさがない。そして、他の生徒たちに漂っている、あの「諦め」のような暗い空気が、彼女にはない。
わたしは、彼女を、じっと見つめた。
もちろん、彼女も、この特例校に来ている時点で、普通ではない。しかし彼女は、この学校の「ぬるい空気」や、「不登校児の諦念」に、まだ染まっていないように見えた。その分だけ、他の子よりは、普通に近いように感じられる。
わたしの心の中で、最後に残っていた小さな希望の光が、フッと点灯した。
「この子なら……」
わたしは、最後の望みを、彩花に賭けることにした。
交流会が終わり、空き教室に戻った後も、わたしは彩花のことが頭から離れなかった。母は、空き教室にいるわたしを置いて、他の先生と話している。
わたしは、勇気を振り絞り、彩花に話しかけに行くことに決めた。
彩花は、新しい自分の席で、教科書を整理している。わたしは、震える声で、彼女に声をかけた。
「あ、あの……彩花ちゃんだよね?」
彩花は、わたしに気づくと、パッと明るい笑顔を向けた。それは、計算されたものではない、自然な笑顔に見える。
「あ、はい!わたし、彩花。えっと、あなたは……?」
「亜矢。北崎亜矢。同じクラスだよね」
「亜矢ちゃん!わあ、名前、似てるね!あやかとあや!よろしくね!」
彩花のリアクションは、明るく、前の学校の普通の女の子と変わらなかった。「腫れ物」として扱うような、遠慮がちな様子は、微塵もない。
わたしは、彼女と、すぐに打ち解けることができた。名前が「あやか」と「あや」で近いという、些細な共通点も、二人の距離を縮める。
彩花は、前の学校での人間関係で疲れたのは事実のようだが、この特例校での生活を「リセット」の機会として捉え、前向きに頑張ろうとしている。
「わたしね、この学校で、もう一度ちゃんと勉強して、将来は看護師になりたいんだ。だから、出席日数、ちゃんと稼がないとね!」
その、前向きな姿勢。それは、わたしがこの一年間、どこを探しても見つけられなかった、「普通の子」が持つ、未来への希望だった。
わたしは、彩花こそが、わたしを「普通の世界」へ連れ戻してくれる、唯一の救いかもしれないと思った。
「友達を作って、強制力にする」。その計画を、わたしは、彩花という最後の希望に託すことにした。この子と仲良くなれば、わたしは、この空き教室から出て、教室で笑うことができるかもしれない。
わたしは、ポケットの中のキーホルダーを、初めて、そっと緩める。
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