ダッドエンド―最強治癒師に育てられた出来損ないたち―

春鏡凪

プロローグ

「治癒魔法っていうのはな、かけたら終わりじゃないんだよ」


雪で息が凍る中、そうエイガとモイに言いながら、切り落とされた足の断面を注視してノーマンは断面ができるだけ合わさるように足を縛っていく。


「血管は一つ一つ繋がなければ、あとから人は出血多量で死ぬし、神経も繋げなければ動かない。筋肉組織だって繋がなきゃここから逃げられず死ぬことになる。治すだけじゃダメなんだよ。戦場じゃ」


 足を縛り終えるとノーマンは立ち上がり、エイガとモイを側に呼んだ。その足をよく見ておくように言い聞かせれば2人は一つも見落とさぬよう、じっと患者の患部を見つめる。

 そしてノーマンはそれを横目に目の前の貴族の前で腰に手を当てた。


「治癒魔法を神の魔法って崇めるなら死神にしてやるんじゃない。俺は死んだほうが幸せなんていう言葉は嫌いだ」


うぐっと一人が目を覚ましたのかうめき声をあげる。


「起きたんだな、そのまま寝るなよ。俺は治癒師だが神じゃないからな」


 そういったノーマンは床に魔法陣を書き連ね、それに気づいたエイガたちも一緒になって手伝う。


「師匠!」


モイがそう声をかけた。


「なんだモイ」


ノーマンが振り返るとモイは杖を手に出現させる。


「この患者さん、患部からの出血がひどいんですけど焼いちゃダメですか?このままじゃ出血多量で死にます」


ノーマンはモイが言った患者を見ると確かになと頷く。


「半分正解で半分不正解だな」


「なんでです?」


「それはだな」


 ノーマンはそう言って魔法陣の真ん中に立つとカンと杖を床に打ち付けた。


 すると魔法陣がノーマンを中心に光りだし、黄金の蝶が洞窟内一杯に舞う。


 その蝶を一匹手に乗せながらノーマンは言った。


「こういう状況では輸血するのも困難だ。例え治したとしてもその出血量じゃ貧血でまともに歩けないだろう。背負っていけるほど、俺たちにも余裕はない。安全な場所かつ足がどこかにいっちまってるならまた話は別だがな」


 ノーマンが出現させた蝶たちは一気に倒れた大量の患者たちの元へと飛んでいき、体を通り過ぎたり止まったりしたところから徐々に患者たちの傷は塞がっていき、切れてしまった足も繋がっていく。


「こういう場合は床に染み込んだ血も立派な治療道具だ。俺たち治癒師がやるのはただの治療じゃない。戦争で通用する治療だ。状況を見誤るなよ」


「はい師匠」


そんなことを言っているといつの間にやら治っていない患者はいなくなっており、ノーマンは魔法陣に魔力を注ぐのをやめた。


「ありがとうな、ブルム」


そう言うとノーマンの手に止まっていた蝶は嬉しそうに羽根を何度か開いて閉じてを繰り返して、外へと飛び立っていく。


ノーマンがそれを見送っているとふと入り口を見張っていたエイガが声をあげた。


「50メートルくらい先から2、3個強い魔力を感じるっす!全員静かにお願いしますっす!」


そう言ってエイガも杖を出現させるとまっすぐと洞窟の入り口にその杖を向ける。


「光と土の精霊よ、我が魔力に応えこの魔術をなぞれ!隠密魔法発動!」


そう言えば教会の鐘のような音が鳴り、洞窟の入り口にはシャボン玉のような膜が出来上がった。


「流石だな、エイガ」


「えへへ、それほどでも」


「魔王の城も近いしな、ここで休みたいがあと1日くらい持ちそうか?」


「大丈夫っす!さっきノーマンさんの魔術からちょっとだけ魔力のおこぼれ貰ったんで!」


「ちゃっかりしてるな、頼むぞ」


そう言ってノーマンは患者たちの元へと戻っていく。

エイガは自分に治癒魔法をかけながら、その場に座り込み外を眺めていた。


しばらくするとそこには角の生やした人型数人が辺りを見回しながら通り過ぎていった。

――息が詰まりそうな殺気を放ちながら。


「今のすごかったね」


そう後ろからモイが声をかけてきた。


「お前治療は?」


「もうノーマンさんが入って検査してみたけど異常なし。流石よね」


「あぁ」


モイもエイガの隣に座り込み同じく前を通り過ぎていった魔族の後ろ姿を目で追いかける。


「私たち、随分変わったわね」


「あぁ」


「生きて帰れるかしら」


「怖いのか?」


「まさか、もう後悔したくないもの。自分で言ったことは守るわ――あんたは?」


するとエイガはぐっと伸びをした。


「お前の言葉に同意」


「あら、盗作?」


「お前がそれらしいこと言っちゃったせいで俺がこのあと何言ってもイタくなると思っただけだよ」


「あらあら、負け犬グセが治ってないわね」


「言ってろ」


そんな会話を続けていると日が暮れてきた。

ふと目の前に鹿が通り過ぎる。


「あらごちそう」


そう言ってモイは即座に火魔法を繰り出し、その飛んできた鹿を仕留めてしまった。


「おいおい魔法貫通させるなって、バレたらどうすんだよ」


「いざとなったら私が一人でやるわよ、それに止めなかったってことは大丈夫なんでしょ」


「そうだけどさ」


ブツブツ文句を言っているエイガを尻目にモイは結界の中から鹿の足を引っ張って洞窟の中に引きずり込む。


「今日は鹿鍋〜作ってよ〜」


「今俺の手にあるものが見えないのか」


「じゃあ教えて。血抜きはしておくから」


「まぁそれなら」


エイガは後ろを振り向いて弱りきった患者を見つめる。

その横でノーマンが優しげに寄り添っているのが見えた。


「あの人に一番に食わせてやるならいい。足切られて平気なわけないからさ」


「じゃあ交渉成立ってことで」


そう言ってルンルンと鼻歌を歌いながらモイはさらに鹿を奥へと引きずり込んでいった。


傍から見ると中々迫力があって怖い。


「モイも変わったよなぁ」


そう言いながらエイガはもう星が見え始めている空を見上げた。


「まだ1年しか経ってないのに、もう30年くらいここで過ごしてる気分だ」


そう言いながらエイガは外の風景をじっと見つめる。

雪はシンシンと降り積もり、エイガは魔力をより一層強める。


「寒いしな、断熱つけよ」


そう言って下に小さく魔法陣を書くとそこに魔力を注げば、入ってきていた冷気が幾文かマシになる。


「ノーマンさんはすごいよな、あの魔法陣に一人一人の患者の治療法書き込んでるんだから」


自分の書いた魔法陣をなぞりながらエイガはふぅと一息ついたのだった。


これはそう遠くない未来の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る