第一章 胎動

第1話 召喚

 荒井 衛雅アライ エイガは普通の人間だった。

 人より少し出来が悪い普通の人間だった。

 それは自分でもそう思っていたし、他の人間もそう思っている。

 それは変わらない。


「召喚成功です!無事30名、召喚完了です!」


 そう声が聞こえてむくりと体を起こすと、そこには黒いローブを纏った大人たちが自分たちを覗き込んでいた。


「うわぁ!?」


 思わず声をあげてしまい、それを皮切りにクラスメイトたちが徐々に起き始める。

 エイガはきょろきょろと周りを見渡したが、そこは先ほどまでいたはずの教室などではなかった。ひんやりとした石室だ。

 薄暗い石レンガが青い光に照らされている。 

 床を見て見れば、そこには漫画やアニメでしか見たことがないような魔方陣が青く光っていた。

思わず床についていた手を浮かせるが、熱くもなんともない。

 ただ動くたびに青い小さな粒子が散るだけだ。


「……」


 唸りもせず静かに隣で起き上がった人影が視界の端に見える。

 そちらを見れば、そこには眼鏡っ子が唸っていた。


「あ、えっと。起きれそう?」


 顔は知っているし、クラスメイトだがエイガはどうにも歯切れの悪い口調で彼女に声をかける。

 理由は簡単、話したことがないのだ。

 いいや、というのが正しいだろう。

 彼女が顔をあげると、まず一番最初に目を引くのが鼻を中心に広がっているそばかす面。そして大きいビン底眼鏡。


 根暗という文字がとても似合う彼女はちょっとしたクラスでの有名人だった。


「…………」


 無言。

 反応に困る無表情。

 やりにくさを感じながらエイガは目をそらした。

 彼女は少しエイガを見たかと思うと、同じくエイガから興味をなくしたように目をそらす。


 それがエイガと彼女にとっての当たり前だった。


「やぁやぁ、召喚者諸君。初めまして」


 そう言って魔方陣の中に入ってきたのは、唯一、この部屋の中でローブを被っていなかった女性だった。


 人のよさそうな笑顔を浮かべて、ひらひらと手を振っている。


「私の名前はアレーシア。アルバート帝国の四天王が一人だ。突然召喚などしてしまって申し訳ないが私たちも一刻を争う事態でね。おとなしく私たちに従ってくれると助かる」


 そう彼女が言えば、一人の女子生徒が声をあげた。このクラスでカースト上位に立つ女子、伊豆圭イズ ケイだ。


「あの、ここどこですか?」


 アレーシアはどうやら話を聞く気がないらしい。観察するような目で伊豆を見つめたあと、アハハと笑ってみせた。


「よかったぁ記録がないから言葉が通じるかわからなかったけど、通じてよかったよ」


答えが答えになっていない。


「質問に答えてください!警察呼びますよ!」


 のんきな女性の態度に腹が立ったのか、彼女は懐をまさぐりながら声を張り上げる。


「元気がいいのはいいが、この世界に警察?っていうのはいないよ、衛兵はいるけど」


「そんなわけ、これきっと何かのドッキリでしょ!本当に警察呼びますから!」


 彼女はスマホを取り出すが、動きがピタリと止まった。


「嘘、圏外」


「まずそもそもさっきまで全く違う場所にいたのに、ここにいるって時点でおかしいでしょう?君たちの世界じゃ。郷に入っては郷に従えって言うんでしょ?それを実践するべきだと私は思うね。」


 ぺらぺらとそう話す彼女は相変わらずにっこりとペテン師のような笑顔を顔に張り付けている。

 エイガはそんな彼女を見て、心臓がキュッと縮む。

 あぁ怖い人だ。直感的にそう思った。


「とりあえず、外に出よう!みんなさぁ出よう、その方が説明するよりも早い!」


 うまく動けない心臓に鞭を打つようにそのアレーシアと名乗った女性はエイガたちを外に連れ出した。

 うながされるままその石室からクラスメイトが全員出される。


 石でできた急こう配の階段を抜ければ出た先は平原だった。まるでサバンナのような何もない平原。

 上っているのか下っているのかよくわからない太陽と地平線がみえ、どこかでトンビのような鳥が鳴く。米を焙ったような、田舎特有の草の匂いがして、生暖かい風がふわりと頬を撫でる。


 エイガが後ろを振り向けば、そこにはコケと蔓に支配された石塔と鬱蒼とした森が広がっている。


 薄暗くて、ねじ曲がった幹や何かで撃ち抜かれたような跡のある木が立ち並び、入りたいと思うかと聞かれればもちろん首を振るような森だった。


 クラスメイトたちの息を呑む音が聞こえた。これがもし本当にドッキリだったとしても、こんな何もない場所で自分たちは何ができるのだろうか。

 クラスメイトはその問いの答えをおのずと知ったのか、伊豆を始めとして全員が従った。


 ローブの大人たちが先導する中、クラスメイト達と一緒にエイガは森の中を歩かされた。

 入った瞬間に気が付いたが、先ほどの平原とは打って変わって湿度が高かった。

 ぐちょりと地面はぬかるみ、歩いているとゴマほどの小さな黒い虫が顔にへばりつく。

 虫に反応したのか女子たちの悲鳴が時々聞こえたが、列から離れるようなことはしない。

 この森にはなにかわからないが、気味の悪いものが何かいる気がした。

 群れからはぐれた羊を狙うオオカミのように、虎視眈々とこちらを見ている。

 ゾワリと鳥肌が止まらない腕をさすりながら、エイガたちは彼らについていったのだった。


 ある程度歩いた先、ついた先にはまた漫画に出てきそうな馬車。大きな布が張られた荷車だった。


 順番に乗せられていくと、エイガの隣には先ほどのそばかす女が座った。

 ローブの男が荷車に備え付けられたカーテンを閉め、馬車が動き始める。

 エイガは馬車が揺れるたび、胸が窮屈になるような気がした。

 所々からささやき声が聞こえる。

 これから大丈夫なのか、自分たちは帰れるのか、そんな内容だ。

 無性にエイガはなにか喋りたい欲にかられた。

 しかしエイガの話を聞いてくれそうな相手は横にいるそばかすしかいない。

 エイガは意を決して口を開いた。


「あの、栗原さん」


 そう呼ばれた彼女はふと顔をあげた。そのレンズ越しの茶色の瞳はジッとこちらを見つめている。

 エイガは思わず合った視線を少し逸らした。反射的である、故意ではない

 彼女はそれからじっと何も話さず、動かずでエイガを見続けた。まるで人形のように。


「……」


「あ、あの栗原さん?」


 気まずくなってエイガは視線を合わせないままそのまま口を開こうとする。

 しかし言葉が出てこない。

 話しかけたはいいものの、何を話そうか決めていなかった。

 とっさに考えて出た言葉は


「いや、こんなこと巻き込まれてさ。栗原さんは不安じゃないの?俺チョー不安」


 失敗したとエイガは頭を抱える。

 もっと……もっと気の利いた話の振り方はできないんだろうか。


「…………」


 栗原はやはり何も喋らない。

 栗原の表情はというと感情が読み取れず、何を考えているのか分からない顔だ。

の方が大変そうだし、ある  意味平和ぐらいにも思っているのかもしれない。


「でもなんか平気そうだね、俺なんてちびっちゃいそうだよ、ハハ」


 また言葉選びをミスったとエイガは思った。


「ゎ――」


 栗原が何かを言いかける。しかし意外にも栗原以外の人間がその言葉を拾った。


「ハハッ、エイガ。漏らすんじゃねぇぞ、ここを便所にしたらお前ずっと小便魔って呼ぶからな」


「えーやめてくれよ」


 遠くに座っていたが、いつも話している東間が引きつった笑顔を見せながらその言葉を拾った。

 エイガはいつものノリでそう軽く返せば少しだけ荷車の雰囲気が軽くなる。


「ちょっとエイガ、漏らすなんてやめてよー」

「おめぇ漏らしたらマジで許さねぇからな」


 エイガはハハハと笑いながら、その会話の輪に入っていく。

 栗原は言いかけていた言葉を止め、エイガの隣で会話に交じることもなく、かけられたカーテンの隙間から見える景色に目をむけた。


 ちらりとエイガが栗原を見ると、その横顔は何を考えているか相変わらずわからなかった。


――そんなんだからだよ


 ふと思ったその思考は言葉にすることはなかった。

 その時のエイガの頭の中によぎったのは灰色の記憶だった。

 教室の中で机を女子3人に囲まれて俯いている彼女の姿。


 きっとこれは仕方のないこと。

 エイガは目を閉じて、その記憶を頭の隅に追いやった。


 荷車に乗せられて揺られること半日、馬車が突然止まった。

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