比翼の恋

西野きり

第1話 幼なじみで好敵手

 コーデル王国、第二騎士団、騎馬部隊団員、クレイス=エドリックは目を瞬かせた。


「私が、御前試合に?」


 第二騎士団の団長室に呼び出されたクレイスは、突然の話に面食らっていた。

 御前試合といえば、国王の前で行う名誉ある試合だ。そう思えば、自然と身が引き締まった。

 目の前の執務机に座るグロリア団長は、そんなクレイスの反応を面白げに見ていた。

 

「そうだ。第二騎士団、騎馬部隊の代表に相応しいと、多くの団員から推薦を受けてな。俺もお前なら立派に試合が出来ると思っている。受けてくれるな」

「承知しました。私などで良ければ……。それで私の相手は第一騎士団でしょうか。それとも第二騎士団、飛竜部隊になるのでしょうか」

 

 今年で六十歳になるグロリアだったが、魔物との戦いにおいて、彼ほど冷静に指揮できる知将は居ないと言わしめられた人だ。

 平民でありながら、第一騎士団と肩を並べる第二騎士団の団長に上り詰めたその手腕を、クレイスは尊敬していた。


 ましてやグロリアは騎馬部隊出身だ。その崇敬は計り知れない。

 クレイスに拒否するという選択肢はない。グロリアから頼まれたなら引き受ける以外の答えはないのだ。


「第二騎士団、飛竜部隊のフロイトになる。お前達は同い年だったな。実力も拮抗している。よい試合になるだろう」

「……」


 アーティ=フロイト。今年で三十四歳になるフロイト伯爵家の次男坊だ。

 伯爵家に生まれながら、近衛騎士団とも言える第一騎士団ではなく、なぜか魔物討伐も行う第二騎士団に志願した変わり者だった。

 そしてクレイスにとっては、幼なじみとも言える相手であった。

 

 幼なじみとはいえ、相手は伯爵家。自分は男爵家。少年の頃に、一時的な交流があったにすぎない。

 向こうは自分のことなど、覚えていないだろう。実際、同じ騎士団に居ながら、自分たちが会話をすることなどほとんどなかった。


 そのアーティは、第二騎士団、飛竜部隊に所属する団員だ。この飛竜部隊と騎馬部隊は互いに切磋琢磨する仲であり――……いや、端的に言えば仲が悪かった。互いに互いが第二騎士団の主軸だと思っているところがあり、何かにつけ反目しあう仲でもあった。

 だからクレイスはアーティと顔見知りではあっても、仲が良いとはお世辞にも言えなかった。

 

「日取りなど子細が決まれば、また知らせる。下がっていいぞ」

「それでは、失礼します」


 退室を許可され、クレイスは部屋を出た。

 堅牢な扉を閉める。自然とため息がこぼれた。

 そしてクレイスははっと我に返り、隣の部屋を見る。


「失礼します」

 

 隣は第二騎士団、副団長の部屋だ。その部屋から出てきたのは第二騎士団、飛竜部隊所属のアーティ=フロイトその人であった。

 思わぬ所で遭遇したものだ。いや、団長たちのことだ。あえてだったのかも知れない。

 アーティもクレイスに気づき、目を見開いていた。


「クレイス」


 思わずといったように、アーティの口から自分の名前がこぼれ落ちてきた。

 いくら相手が飛竜部隊だからといって、名前を呼ばれて無視するのは大人げない。クレイスは端的に問うた。

 

「……御前試合の話か?」

 

 アーティが頷いた。やはり副団長から御前試合の話を聞かされたのだ。

 副団長は飛竜部隊出身だ。その縁で、副団長からアーティに伝えられたのだろう。


「今回は俺とフロイト卿が選ばれたようだ。当日はよろしく頼む」


 そういい、手を差し出す。

 アーティが戸惑うようにこちらを見る。物言いたげな顔に、クレイスは首を傾げた。

 頭一つ分背の高いアーティは、とても端正な顔立ちをしていた。漆黒の髪に、黄金色の瞳。令嬢達からの熱視線を集めるその顔は、飛竜の討伐王という名前とともに広く知れ渡っている。

 誰もが羨むような美貌を持っているはずの男が、まるで駄々をこねるような幼子のような表情をしているのだ。

 首を傾げたくもなる。


「あの、フロイト卿?」

「……以前のように、アーティと呼んでくれないのか」


 そう呼んでいたのは中等教育機関に入る以前のことだ。かなり古い話を持ち出してくる。クレイスは苦笑した。


「子供の時分の話だ。今、貴方をそう呼ぶのは相応しくないだろう」

「俺が嫌なんだ」


 まさしく子供の駄々だ。クレイスは一瞬言葉を詰まらせ、差し出していた手を引いた。


「そうか。ならアーティと呼ぶが……。御前試合に選ばれたのだろう? 手加減はしないからな」


 本人の希望とおり名前で呼んでやれば、アーティがふわりと口角を上げ微笑んだ。

 令嬢達を虜にしてやまない、綺麗な微笑みだった。


「あぁ。こちらも全力で向かおう。騎馬の突撃王殿」


 騎馬の突撃王とはクレイスの通り名だ。クレイスにとってはむず痒い通り名だが、魔物の討伐数が騎馬部隊で一番だとして、この名がいつの間にか浸透していた。

 

 飛竜の討伐王と騎馬の突撃王。第二騎士団の比翼を、アーティとクレイスが担っていた。その二人の御前試合となれば、部隊も自然と盛り上がる。

 アーティと別れ、騎馬部隊の詰め所に戻れば、御前試合の相手が飛竜の討伐王と分かった同僚たちから「絶対に負けるなよ」と激励を受けたのだった。


 □ □ □

  

 飛竜の討伐王ことアーティ=フロイトは、クレイスにとっては幼なじみに当たる。

 家が同じ派閥ということもあり、フロイト伯爵家令息の学友として選ばれたのが同い年のクレイスだった。

 

 初めて出会ったのは、十二歳の時だ。

 当時のアーティは、今では想像がつかないほど線が細い美少年であった。深窓の令嬢と言われれば納得するほど、肌の色は白く、大きな瞳と薄い唇が印象的であった。初めて引き合わされた日には、後でこっそりと本当に男かと父親に尋ねたほどだった。

 

 実際、身体が弱く病気がちだったこともあり、ほとんど外との交流を持っていなかったという。逆にクレイスは男爵家の令息ではあるが、平民の子供達とともに遊ぶやんちゃな少年だった。

 周辺の子供達を集めて騎士ごっこをするなど、当時から活発に活動し、家宰から服が何枚あっても足りないと嘆かれるほどであった。

 

 そんな真反対の二人が出会ったのだ。どうなることかと思ったが、大人しかったアーティはクレイスの舎弟のような形になり、それなりに楽しい日々を過ごすことになる。

 クレイスの両親たちは、そのままアーティの従者としてクレイスを育てる予定だったが、決定的な事件が起きた。

 

 いつものごとく騎士団ごっこをしていたクレイスが、風邪のために微熱を発症していたアーティを強引に外に連れ出し、重症化させてしまったのだ。

 

 この事件をきっかけに、クレイスはフロイト家から追い出され、関係は断絶した。

 それからクレイスは、フロイト家とは関わらないように父親から厳命され、それに従い過ごしてきた。

 

 同じ中等教育機関にも属することになったが、徹底的に逃げ回り、中等教育機関卒業後は第二騎士団に入団した。騎士団に入団してしまえば、もう関わることもないだろうと思っていたのだが、クレイスが入団した一年後、アーティがなぜか第二騎士団に入団した。

 

 その頃には、昔のようなか弱さは成りを潜め、立派な青年として周囲の注目を浴びていた。

 第二騎士団に配属されると知ったときは驚いたが、その配属先が飛竜部隊と知り、安堵したことを覚えている。

 

 飛竜部隊とクレイスの所属する騎馬部隊はライバル関係にある部隊だ。

 いくら同じ第二騎士団だからといって、そう易々と交流を持つわけにはいかない。

 

 第二騎士団の人数比率でいえば、飛竜部隊が一で騎馬部隊が三だ。

 第二騎士団の主力は騎馬部隊だと思っているクレイスたちと、人数は少ないが飛竜を操り攻撃力、機動力、統率力に勝る自分たちの方が第二騎士団の顔として相応しいとする飛竜部隊と、主張がぶつかりあっていた。

 

 飛竜と騎馬の対立は、建国当初から続く伝統のようなもので、互いの部隊が無くなれば第二騎士団が成り立たないことを十分承知しながらも、ことあるごとに反目し合うのが様式美とさえなっていた。

 

 その飛竜部隊の次世代の指導者として注目を浴びているのが、討伐王という通り名を持つアーティということになる。逆に騎馬の次世代を率いる指導者と目されているのが、突撃王の通り名を持つクレイスだった。

 

 今回の御前試合はそんな二人の激突が見られると言うことで、かなり周囲が盛り上がっていたのは言うまでも無い。

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