第16話:適性_1


 「それで、そのシードを合わせたもの……錠剤? はどこにあるんでしょうか?」


 おずおずと手を挙げて、マイロが聞いた。彼はトウヤよりも年下の少年だ。ゆるっとしたパーマのかかった金色を後ろでちょこんと一つ結びにしており、その髪色に青い目が映える。どちらかといえば可愛いタイプで、どこか頼りなくもみえた。背は低く細身で、か弱い印象を与えるが、顔立ちは美しく人形のようだった。色も白く、ウィッチボットのパイロット候補生と言われると、人によっては少し不思議な印象を抱くかもしれない。


「全員分ここにあります。このプレートの上に」


 キャスは全員に、小さなプレートから錠剤を取って見せた。その形は、ただのカプセル状の薬に見える。片方は白、もう片方は透明で、中に何か入っているのがわかった。


「この中に、粒子状のシードが入っています。体内に入ると、シードはそのまま吸収されるので安心してください。薬を飲むのと同じように、横に添えてある水で流し込んでくださいね。カプセルはすぐに溶けるよう、調整してありますから、お早めに。反応は徐々に現れますから、服用して十分ほどで採血します。緊張しなくて大丈夫ですよ」

「みんな集まったのかな?」

「あっ、今日の検診と採血を担当してくださる、アリス医師です」


 アリスはアレフよりも年上の女性だ。実際、一番年上の子どもはパスコと同じ年齢である。面倒見のいいお母さん……が、トウヤたちの抱く彼女の第一印象だった。


「初めまして、アリスよ。よろしくね! 一、ニ、三……あれ? 足りない?」

「ごめんなさい、エイナは自室なの」

「あぁ、彼女ね。それならいいわ、もう昨日の内に検査も済ませたし。このままいきましょ」

「よろしくお願いします」

「じゃあ一人ずつ一回目の採血から。二回血を採ることは聞いてるわよね? 量は少ないから安心して。誰から? 一番年上に見えるアナタから? ええっとパスコ、だったかしら?」

「ひっ……」

「アリス先生、彼、こんなに大きいのに、注射が苦手らしいんです。だから、私からやりますね。モカです。モカ・ミナイ」

「あら、いいわよ。他は適当に並んでちょうだい」

「……俺は一番最後にするから。お前ら先に並んでくれ」


 自分以外が全員並んだことを確認して、パスコは一番後ろに並んだ。


「何でみんな平気な顔してられるんだ? 身体に針が入るんだぞ? 怖くないのか?」

「……私は、ウィッチボットに乗って魔女と戦うほうが怖いです」


 前に並んでいたルリが、パスコの独り言に答えた。


「そりゃそうかもしれないけど……戦うことは使命とか意義とかそんな感じだろ? 今まだ……パイロットの犠牲者は出てないし、ちょっとだけど先輩だっているし」

「でも、未知の生物ですよね? 魔女って。まだ生態が全て明らかにされていないわけですし、集団戦もしていません。ウィッチボットの可能性だってわからないし、負けたら死ぬかもしれないことを考えたら、そっちのほうが……」

「戦いは誰かが助けてくれるかもしれないし、相手が弱いかもしれないだろ? 注射は大体一緒なんだよ……」

「確かにそうですけど……得体の知れないほうが嫌……じゃないですか? 何にも保証がないのに……」

「じゃあなんでパイロット候補になったんだよ。何するか最初から分かってただろ? それなら選ばなければ良かったじゃないか」

「……才能があると言われたので……こんな私にも何かできることがあるなら、と思ったから……」

「そりゃあ大した理由だな。……ははーん、なるほど。ルリは怖がりなんだな?」

「パ、パスコさんだって注射怖がってるじゃないですか! 怖がりですよ!」

「それとこれとは話が別なんだよ!」

「えぇっ!? 同じだと思いますよ!?」

「違うんだよ! 全然!! 俺は注射したくないから、できるだけ病気にもならなかったし、点滴しないために怪我もしないようにしてたんだ! ちょっとくらいならすぐに治るしな。ワクチンはしょうがないけど……とにかく嫌なんだよ!!」

「そんなに力説しなくても……今後は絶対に必要になっちゃうんですよ? 採血……」

「できれば!! ずーっと!! したくない!!」

「えぇぇ……」

「やだやだ嫌だ! できることなら、今すぐこの場から逃げ出したいくらいに!」

「無理ですよそんなの……」


 そんな後ろ向きな会話を交わしている間に、どんどん順番は進んでいき遂にパスコの番が来た。


「ホントに、ホントに嫌いなんだよ……」

「諦めなさい。パイロットになるためには必要なことだし、パイロットになった後もついて回ってくるのよ?」

「ぐ、ぬぬ……」


 諦めたパスコは利き腕と反対の腕を差し出した。


「よろしい」

「ひっ……あぁぁぁぁー!!」


 パスコの悲鳴を聞きながら、初めに並んでいた者は二度目の採血を、後のほうに並んでいた者はシードを含む錠剤を吞み込んでいた。


「大袈裟ねぇ。二回目は本当にチョロッとしか採らないんだから。その短い針で指にピッと穴を空けて、あの専用の紙に落とすのよ」

「刺すの!? 自分で!? 針を!?」


 パスコの視線の先にはモカがいた。モカは針のついた簡素な装置を指の腹に刺すと、出てきた血を指定された紙で拭った。


「マジかよ……」

「検査項目はシードについてだけだから。……それとも、一回目と同じがいいなら注射してあげるわよ?」

「え、遠慮しておきます……」


 泣き言をいうパスコも含め、全員の二回目の採血が終わったころ、アレフがやってきた。

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