第6話 神々の試験

 黒板の光が消えたあとも、教室には緊張が残っていた。

 神々はそれぞれの席に戻り、しかし誰も視線を合わせようとしない。

 傲慢という言葉は、彼らの心に深く刺さっていた。


 リオは教壇に立ったまま、静かに全員を見渡す。


「今日の授業は“試験”です。

 ——あなたたちが、自分の傲慢を理解できるかどうかを確かめる。」


 神々がざわめく。

 光を帯びた机が微かに揺れ、教室の空気がざらついた。


「試験の形式は自由です。

 問いはひとつだけ。」


 リオは黒板にチョークを走らせ、

 太く一行、白い文字を刻んだ。


【あなたが神である理由を、答えなさい】


 音が消えた。

 チョークの粉が空気に溶けるように散っていく。

 誰も動かない。


「どうした? 答えられないのか?」


 静かな挑発だった。

 最初に立ち上がったのはアシェルだ。

 勇者候補と呼ばれる彼は、相変わらず自信に満ちた顔をしていた。


「我は世界を創る。

 光と闇を支配し、形なきものに意味を与える。

 それが神である理由だ。」


「なるほど。」


 リオは頷き、チョークを動かす。


【創造=意味を与える】


「では問おう。

 “意味”を与えられなかった存在は、無価値か?」


「……存在しないものに価値など——」


「違う。」

 リオの声が鋭く割り込む。


「それを決める瞬間、君は“神”じゃなく“裁判官”になる。」


 アシェルの口が閉じる。


 リオは黒板にもう一行書き足した。


【授業法 第11条:神は創造者であっても、裁定者ではない】


「教える者が、裁くことを覚えた瞬間に、授業は終わる。

 創るとは、問うことだ。

 答えを持ちすぎる神は、成長を止める。」


 次に立ち上がったのは、銀の瞳の神——ノートスだった。

 彼は知識を司る神であり、理屈の化身だ。


「我は知を記録し、永遠に伝える。

 それが我の神性である。」


「記録、か。

 では問おう。記録とは、過去の再生か、未来への贈り物か。」


「どちらでもある。」


「どちらかであるうちは、どちらでもない。」


 リオは淡々と続ける。


「記録することは、選ぶことだ。

 何を残し、何を捨てるか——その瞬間、知は傲慢に染まる。」


 ノートスが息を呑む。

 黒板に金色の線が走った。


【授業法 第12条:知を記す者は、忘れる勇気を持て】


 教室の空気が変わった。

 リオの声が、もう授業というより祈りに近い。


「“試験”とは、他者に勝つためのものではない。

 ——自分の中の傲慢に敗れるためのものだ。」


 イシュラがゆっくりと立ち上がった。

 かつて最も弱かった神。祈ることを知った最初の生徒。


「私は、神でありながら……恐れている。

 祈りを失うことを。」


「恐れは悪ではありません。」


 リオは優しく頷いた。


「恐れる者は、まだ生きている。

 ——だからこそ、あなたは神でいられる。」


 イシュラの頬を涙が伝った。

 それは、神が“人”のように泣いた最初の瞬間だった。


 リオはチョークを握り直し、黒板に最後の一文を書く。


【授業法 第13条:恐れを持つ神は、人を救う】


 光が広がり、教室全体が金色に染まる。

 黒板の条文が浮かび上がり、空へと昇っていった。


「——試験、終了です。」


 リオは静かに言った。

 神々は誰も立ち上がらない。

 彼らの顔に残っているのは、敗北の痛みではなく、

 “理解のあとに訪れる静けさ”だった。


「合格か、不合格か。」

 アシェルがかすれた声で尋ねる。


 リオは笑った。


「その判断を下す権利は、俺にはない。

 ——君たちが、次の世界で証明しなさい。」


 神々の間に、かすかな風が流れた。

 その風は窓の外へ抜け、

 遠くの世界を包み込んでいく。


 空に新しい光が一つ灯った。

 それは“理解”でも“信仰”でもない。

 ——“学び”という名の小さな炎だった。

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