第5話 傲慢なる生徒たち

 授業の鐘が鳴った。


 黒板の光は静まり、

 金色の条文が薄れていく。


 教室には昨日と違う空気があった。

 あの祈りのあと——

 神々の中に「感情」というものが芽生え始めた。


 だが、それは必ずしも美しいものではなかった。


「教師よ」


 声を上げたのはアシェルだった。

 昨日まで誰よりも真剣にノートを取っていた神。

 今日は立ち上がったまま、黒板を睨んでいる。


「我々が“生徒”と呼ばれるのは、もう納得できない。」


「どうして?」とリオは問う。


「あなたの授業は、我らの力を抑えている。

 命の価値だの、祈りだの……それは弱者の理屈だ。

 創造主である我らに、膝をつけと言うのか!」


 神々の間にざわめきが走る。

 黒板の前に立つリオは、静かに目を閉じた。


 ——予想していた。

 理解を知った神は、必ず傲慢に戻る。

 それが“学びの試練”だ。


「アシェル。質問を一ついいか?」


「なんだ。」


「君が“創ったもの”で、いちばん美しいと思うものは?」


 アシェルは口を開けかけ、黙った。

 リオは黒板に一本の線を引く。


「世界のどこを見ても、創造物は完成していない。

 山は崩れ、風は止まり、人は死ぬ。

 ——それでも創造を続ける理由を、君は説明できるか?」


「それが我らの役目だからだ!」


「違う。

 それは“義務”じゃなく“逃避”だ。

 完成を恐れるから、創り続けるんだよ。」


 教室の温度が下がる。

 神々の瞳が揺れる。


 リオは黒板に文字を書いた。


【授業法 第8条:傲慢は、学びを恐れる心の別名である】


 チョークの粉が舞い、

 文字が金色に光る。


「君たちが傲慢なのは、

 “自分より上の存在”を知らないからだ。」


 アシェルが机を叩いた。


「ならば、あなたが“上”だというのか!」


「違う。

 俺は“先に間違えた人間”だ。」


 リオは黒板を見上げ、ゆっくりと続けた。


「教師は上じゃない。

 道の途中で転んだ者が、

 次に転ばないよう道を照らしているだけだ。」


 その言葉に、神々の中に沈黙が落ちた。


 イシュラが口を開く。


「……では、我らは転ぶことを知らないから傲慢なのか。」


「そうだ。

 転ばない存在は、歩くことをやめる。

 歩かない者に、未来はない。」


 リオはチョークを走らせ、さらに書き足す。


【授業法 第9条:転ぶ者にだけ、未来は訪れる】


 教室の奥で、風が吹いた。

 黒板の光が揺れ、

 神々の輪郭がわずかに滲む。


 アシェルは立ったまま拳を握っていた。


「……我らが、そんなにも未熟だと言うのか。」


「そうじゃない。」


 リオは一歩前へ出る。


「未熟であることを、恥じるな。

 それは“命の証拠”だ。」


 チョークを握り、黒板の中央に大きく一文を書く。


【授業法 第10条:学ぶ者こそが、神を超える】


 粉が舞い、黒板の光が天井に届く。

 その輝きはやがて空に抜け、

 遠くの世界へ広がっていった。


 沈黙のあと、アシェルが膝をついた。


「……教師よ。

 我らは何をすれば“超える”ことができる?」


 リオはチョークを置き、

 アシェルの肩に手を置いた。


「まず、“問い”を持て。

 教えに従うだけでは、学びは死ぬ。

 疑問を持った瞬間から、君は生徒じゃなくなる。

 ——勇者になるんだ。」


 神々の間に息が流れた。

 アシェルの瞳に光が戻る。


「……勇者、か。」


「そう。

 勇気とは、知らないことを問う力だ。」


 黒板の文字が淡く光る。

 風が収まり、

 授業がゆっくりと終わりを告げた。


 リオは振り返り、微笑む。


「では次の授業だ。

 “神々の試験”——

 自分の傲慢を、他者で証明してもらおう。」


 その言葉に、

 神々の間に再び緊張が走る。

 戦いにも似た静かな火が灯る。


 教師と神、

 そして“勇者”の原型が、この瞬間に形を持ちはじめた。

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