第5話 「おはよう」らしい
「やけに遅かったじゃねえか。しっかりと負けた時の言い訳は考えてきたか?」
「そのような挑発じみた前口上はお控えになった方がよろしいんじゃないでしょうか。私はいっぺんたりとも負ける気はありませんので」
寮に帰ってからは、何度も魔道具の確認や最終兵器の準備、【動く鎧】についての記録を読み返していたマリアは、すっかり決闘の時間をすっぽかしそうになった。
「お前には俺に負けたら、今後何があろうと逆らわないと誓わせてやる」
「...どこまでも性根が腐っているのですね。
私が勝ったら貴方には正式な謝罪を『バスター家のものとして』書いていただくので」
第2競技場には多くの「
「ッチ、(おおかた俺の使い魔を見にきたってとこか。)まったく先輩方もお暇なことで」
「......」
しかし決闘の参加者が揃ったからにはやることはひとつ。それぞれが東西に引かれた所定の白線まで歩き出す。
「それではこれよりマリア・ロザリアとアレイ・バスターの決闘を開始する。
今回審判としてこの決闘を正式にあずかることになったオイゲン・ダッシャーです。
決闘のルールは知っているかい?」
「「はい!」」
第二競技場は特別な魔法陣が地下に描かれた上に建っている、正しく「決闘専用」の場である。
決闘者のことを高いところから見下ろせるようになっているアリーナには攻撃の余波を防ぐ結界が張ってあり、安全に観戦することが出来る。
決闘のルールは簡単。
どちらかが負けを認めるか、あるいは場内で死亡するか。
仮に死亡したとしても競技場の外にはじき出されるだけで、肉体的にはダメージなく起き上がることが出来る。
それ故負けを自ら認めるものは少なく、実質的に後者の場内死亡のルールが適応されることの方が圧倒的に多い。
「いい返事だ。
それでは正々堂々、決闘を行ってくれ。
開始ッッッ!」
開始の合図とともにマリアが距離を大きく開けて後ろに下がる。それに対してアレイその場で腕を前に突き出し、召喚の準備に入る。
「防護石、【
マリアは赤色の宝石が埋め込まれた護石を周囲に配置し、敵の攻撃を受ける準備に入る。
狙うは一撃必殺の大魔法。
「来い【|動く鎧《リビング・ウォリアー】」
「(詠唱の簡略化!?そんな高等な技術を...!)」
アレイは非常に傲慢であるものの、紛れもない天才であった。
簡略詠唱。国に使える宮廷魔術師の条件に数えられる完全にセンスに寄った技術。
それはマリアにとっての大きな誤算であった。
瞬間、アレイの足元がひび割れる。
中世の青銅甲冑に細剣を腰に差した騎士が地の奥深くから主のために馳せ参じたのだ。
赤いマントを翻し2m近くある体躯を屈め、アレイに傅く。
「さっさと終わらせろ」
無言の忠騎士は静かに立ち上がり、マリアを正面に見据える。
一陣。爽やかな風が通り過ぎると、マリアは5m以上は離れていた競技場の壁に激突していた。
「......は?」
(何が、、、)
【動く鎧】はただただ無造作に細剣をかまえ、障壁を小突いただけだった。
しかしそれだけで準備していた障壁は全て砕けた。壁に打ち付けられた際に片足はおかしな方向に曲がってしまったから逃げることも叶わない。
万事休す。マリアの胸中を締めるのはソレだけだった。
(嫌!お父様を馬鹿にしたあんな男に好き勝手されるのは!)
ニヤニヤと自分を見下してきた男の顔が近づいてくる。マリアは無意識のうちに後ずさって、壁に背中を擦り付けていた。
(ごめんなさいお父様、不出来な娘で。ごめんなさい...ごめんなさい......)
痛みからか、あるいは自分に対する情けなさからか。さめざめと流れ出した涙はとどまることを知らず、地面にこぼれ落ちる。
カサリ
ぼやけた視界の端に茶色い何かが映る。
後ろポケットに入れて置いた四つ折りの紙が地面に落ちていた。
(あれは...)
この学園に入学してから修復に励み続けた召喚術本来の魔法陣。
一般向けに改良されたものではなく、最も原初のカタチをしたもの。
「(もうこれしか...!)お願いします神様。私あなたを今までより一層信仰します。今回だけでも構いません。だから、だからどうか!!!」
「いいぜ!やってみろよ落ちこぼれ。それすら踏み潰してお前の心すら砕いてやるよこの貴族の面汚しが!」
『旧き契約、魂の盟友。
遥かなる門を超えて我が呼び声に応えたまえ。』
魔法陣から光が溢れる
それは次第に膨張していき競技場のなかを満たしてしまうほどに
「ハハ、ハハハハハハハ!
脅かせやがって。もういい。やれウォリアー」
しかし光が収まった魔法陣の上には何もない。固唾を飲んで見守っていた観客達も口々にため息を吐く。
魔法陣の上に小さな影ができる。
次第にそれが大きくなり、形作っていることに誰も気が付かない。
【動く鎧】が細剣を天に掲げ、振り下ろす。
直前に。
(やはり、私じゃ...)
ドゴン!
轟音を立てて、影に重なるようにしてナニカが降ってきた。
まるで小型の隕石が落ちたかのように土煙が上がり、アレイも、観客も、そしてマリアも目を点にする。
唯一何かを感じとったのか、【動く鎧】だけは振り上げた細剣を収め、アレイの元に駆け戻る。
誰も動けないまましばらくして。
土煙がゆっくりと流されていくように、見るものによっては土煙自身が気をつかって去っていったようにして、中が見えるようになっていく。
土煙の先、そこには天使がいた。
白鳥のようにまっさらな翼を背中から生やし、太陽の光をめいっぱい吸い込んだふわふわの髪とどこか愁眉を閉じた中性的な顔を持つ、男とも女とも取れる人外。
その美しさに観客は目を取られ、一部の変態は狂喜乱舞し、アレイは冷や汗が止まらなくなる。
マリアは己の鼓動の炉心に熱を詰め込まれたような錯覚すら覚えた。
「あ、あああ、あにゃたが私の使い魔なのですか!なんとまあ、愛らしい。。。」
震える声で脳をゆらされ、眠りからうっすらとアイダは目が覚めだす。
「おはようございます天使様。私の名前はマリア。あなたはなんというお名前なのですか?」
「んんんぅ???」
起き抜け一発目。
そこには目に怪しい光を宿した少女とこっちを怯えた目で見ている少年が目に入ったアイダは、面倒臭そうと思わずにはいられなかった。
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