第2話 家族?

「ハイエヴァーからは山は三つは向こうじゃ。安心してくだされ」


 頭、胴体、手足がついた小さな石人形がしゃべった。

 およそしゃべりそうもないのに、口がぐにゃりと器用に曲がる。


「胴体に空洞があって、石を振動させて声にしております。魔物ではないので、ご安心くだされ」

「…わかりました」


 魔物はこんな風に話さない。


 町ではないと言うし、不思議な場所だ。


「それより傷口を診た方がいいですじゃ。説明はあとでもできますからの」


 石人形の言葉を受け女性がはっとした様子で、私をうつ伏せにひっくり返した。

 背中にあるボタンが外されていく。

 どうやら服を前後ろ反対に着させられているみたい。


「無理に動いたから傷口が開いたようじゃな。傷口を綺麗に拭いて、包帯を巻き直した方がいい。着替えもしたほうがいいじゃろな」

 見た目子どものおもちゃなのに、老成したおじいさんのような口ぶりが少しばかり気になる。


「拭くんじゃぞ!おい!」


 石人形が忠告すると同時に女性がのしかかってきた。

 ぬるりとした生温かい感触。


「え?」


「フェリさまがびっくりされておる! やめんか!」

 静止の声も無視してぴちゃぴゃとした水音が響く。


「ちょ、え?ちょっと!」


 体を起こそうにも、のしかかられていて難しい。

 身動きできない間に脇腹からじっとりと舐め上げられた。


「ううっ」

 くすぐったいような。


「汚いから、舐めるのはだめ。だめだって!」

 私の言うことも聞いてくれない。


 何度も脇腹や背中を舐め上げ、傷口の縁を舐めて、最後に傷口を吸い上げられた。

「んっ!」

 それは痛い。涙目になる。

 最後に湿布?を貼られたら、服を着せられて仰向けに戻された。


「フェリさまの血きたないない。大切。元気なる」


「は?」


 私自身びっくりするくらい不機嫌な声がでた。

 女性が首をすくめてしゅーーん、とした。


「人の血を舐めてはだめ!具合悪くなったり、病気になったらどうするの?」


「しない!フェリさまの血すごい!みんな元気なる!」

 目がキラキラとして話が通じない。


 疲労感から体が毛布に沈み込んだ。

 はあ、と大きなため息をつくと、また女性はしゅーーんとうなだれた。


 疲れて目を閉じると、2日経っていて驚いた。



 気がつくと女性がわんわん泣いていて、胸元がひんやりとした。

「フェリさま死ぬどうしよう。ずっとずっと寝てばっかり。一昨日も起きた少しだけ。もう起きてくれなかったらどうしよう」

「どうじゃろうなぁ。起きてくださるといいが。次に起きたらご飯を食べてくだっすたらいいのぅ」

「うん。兎獲った。うまく切れなくてお肉小さいなったけど。フェリさま、フェリさまぁ・・・」


 延々と泣き続けられたら、目も覚める。


 それにしても彼女らは私を誰かと勘違いしていないだろうか?

 私は様付けされるような人間じゃない。


 悲しむ必要なんてどこにもないのに。


 まぶたが重くて開かないから、口を紡いだ。

「なか・・・い・・・で」


 きっとあなたが想うフェリは元気にしているから。

 でも思ったより声がかすれて出ない。


 水のみたい。


 思うと女性が聞いてくれた。

「水飲みたい?」


 微かに頷くと、少し口を開けられて、生温かいものに唇が包まれた。

 温んだ水が少しずつ注ぎ込まれる。


 これ、覚えてるかも?

 前もこうやって飲ませてもらった。


 この感触はなんだろう?

 温かくて柔らかくて、口と同じくらいのサイズ。

 革製にしては柔らかすぎるし、なめらかだ。

 よっぽどなめしたのかな。


 3回嚥下すると、それが離れた。


「もっといる?」

「だいじょうぶ」


 さっきよりは声がでた。

 でももう手足の感覚が薄い。一昨日外にまで出たのが信じられないくらい。


 十分かな。

 もういいよね。


 おじいさまの言いつけは守れなかったけど、私なりに頑張った。

 最期、こんなに優しい人たちに看取られるなら十分だよね。

 女性の誤解を解いてあげなくちゃ。


「きっとね、あなたのフェリさんは元気だから。泣かなくて大丈夫」

 ゆっくりゆっくりと話した。


「あなたは、あなたの大事なフェリさんと私を勘違いしてると思うの。だから、心配しないで。きっと帰ってくるわ」


 女性がぎゅうっと抱きついてきた。

 ふわりといい匂いがした。


「どうして、そんなこと言う? わからない。フェリさまはひとりだけ。ここにいるフェリさまだけ。ほかにいない。間違いない。フェリさまどこか行こうとしてる? どこか行きたいなら連れてく。でもその前にごはん食べる。元気なる。人間ご飯食べないと死ぬ。フェリさまずっと食べてない。スープ作った。フェリさまのため作った。食べて?」


 いまさら食べて元気になったところで、行く場所もないけど、私のために作ったというのだ。

 食べないのは失礼だ。


「食べさせてくれる?」


 さっきみたいに二口飲ませてもらうと、お腹いっぱいになった。


 またねむい。

 なにかお返しがしたいと思いながら、ねむった。


 夜もなんだか騒がしい声が聞こえて、夢うつつのまま飲まされた気がする。



 翌日、少し元気になった私はまた飲まされそうとして悲鳴を上げた。

「待って!ちょっと待って!」


 女性は不思議そうに首をかしげた。

 口に含んでいたスープを一度嚥下する。

「フェリさまどうしたの?」

「どうしたって、こっちのセリフよ! 今までもこうして飲ませてくれていたの?」


「うん」


「うん、て・・・」

 私は毛布に顔をうずめた。


 まさか、口移しだったなんて・・・。

 予想外すぎて、言葉もでない。


「フェリさま?」


 はあ・・・。


 私は女性を見上げた。


 悪いことをしたなんて微塵も思っていない。

 きらきらした瞳・・・。


 私も誰かに聞いたわけじゃないけど、番の行為なんだろうとは察している。

 森に棲む動物たちも番で舐め合ったりしているし。

 赤の他人同士が気軽にしていいものじゃない。


「私なんかにだめよ。大事な人とすることだから。大事な人のためにとっておいて?」


「フェリさま大事。なにより大事。一番大事。いい」


 最後は疑問系ではない。

 いいでしょ、と言い切ってきた。


「あなたご家族は? その石のお人形だけ?」


 家族がいれば説得してくれるのでは、と思ったのだけどまた想像を超える回答がきた。


「かぞく? 人間のいう家族?」

「ええ」

「血つながってる?」

「そうね」

「わたしの家族フェリさま! フェリさま家族!」


「んん?? 待って。本当にわからない。おじいさまかあの人に隠し子がいたってことなの?」


「ちがう。フェリさま覚えてないの? フェリさまが助けた。ラウ湖。穴狐」

「あなぎつね?」


 私は一番最後に見た穴狐のことを思い出した。


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