忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん!

さとう

第1章 出会い

第1話 雪に閉ざされた家屋にて

 体が重くてうまく目も開けられない。

 ふわふわと体が柔らかいもので包まれてる。

 それに暖かい。


 でもシーツは埃臭い。

 洗濯したあと変な場所に置いた覚えはないんだけどな。


 もう一度洗濯しなくちゃ。

 



 意識が沈む。



 瞼の裏が明るかったり、暗かったり。

 息がしづらくて、喉が渇いて。



 誰かの話し声が聞こえる。

 でもなんて言ってるかは煩雑としてわからない。


 ふと目が覚めると、あの暖かくてふわふわなのはすっかり消えていた。

 話し声もしない。


 パチパチと燃える暖炉。

 その前に横たえられていたみたい。

 床に敷かれているのはうちの毛布。・・・うちの毛布?


 かび臭かったのは夢?

 体を起こそうとしたが、重くて動かない。


 仕方ないので部屋を観察する。


 暖炉はあるが、部屋にあるのは桶や杭、ロープといったもので、食器棚や洋服ダンスは見当たらない。

 雑然としていて倉庫のよう。


 なぜかうちの毛布が敷かれているが、もちろん私の家じゃない。

 天井には蜘蛛の巣がはり、あちこち埃にまみれている。


 人の気配はない。


 寝かされているということは、どこかで倒れてしまったのだろう。


 私なんかを助けるなんて物好きなひとが、まだいたらしい。

 早く出ていってあげなきゃ。

 親切な人が村八分にされてしまう。


 力の入らない体を起こそうとしたとき、肩口に酷く痛みがはしった。

 そう言えば、刺されたんだ。

 痛みは無視すればいい。


 それよりも手足の先が痺れて立つのは難しそう。

 四つ這いで床を這い、ドアノブに手を伸ばした。


 少ししか動いてないのに、息は切れるし眩暈もする。

 この家から離れたところまで移動できるかな・・・。


 不安に駆られながら、ドアに寄りかかり押し開けた。

 外は一面の吹雪で、これなら町の人に見られることもなさそう。ついてる!


 腰まである雪をかき分けるように進む。…進む。

 進みたいけど、現状は雪に埋まっているだけ。

 雪の上で横になって転がった方が早く進めるかも。


 ずっぽりと埋まった手足を慎重に雪原の上に乗せようとしたところで、いきなり後ろから抱きつかれた。


 人の気配がしなかったから、飛び上がってびっくりした。

 柔らかくふかふかだ。


「どこ、いく?」

 声は年若い女性のもので、怒っているようにも悲しんでいるようにも聞こえた。


 この人が助けてくれたんだと悟る。


「助けてくれてありがとう。もう大丈夫だから」

 声がほんとうにでなくて、枯れ葉がこすれたみたい。


 それでも女性は聞き取ってくれて、今度こそ怒られた。

「ダメ!ここ、血!」

 どうやら女性は言葉が達者ではないみたい。

 あまり町の人と話さない人なのかも。

 それなら私のことを知らなくても仕方ない。


「優しいのね。でも、私と話してるの・・見られたら、町の人から、冷たくされちゃう、から。・・・ね・・・だいじょうぶ」


 話してるそばから息があがる。

 深い雪と彼女の腕がなければ倒れ込んでいたかも。


 顔を見せて納得させたい気持ちと、優しい彼女の顔を見たい両方の気持ちから、私より頭一つ分背の高い彼女を振り仰いだ。


 綺麗な顔だと思った。

 私より濃い茶色の髪は私と同じくせっ毛で、瞳は青とも翠ともとれる。

 強い感情で瞳が輝いてる。


 私は声音から彼女が怒ってると思ったけれど、怒るとは違うみたい。それがどんな感情かはわからないけど。


 ああ、だめだ。

 もう力入らない。


 かくんと倒れ込んだ私は抱き上げられた。


「いくダメ!ここいる」

 せっかく倉庫から出たのに連れ戻されてしまった。

 自分の毛布に寝かせられると、首まで毛布をかけられた。毛布のサンドイッチ。


 横になったからか、息苦しさが和らいだ。

 彼女に私のことを説明しなきゃ。


「あのね、私は忌み子だから、関わるのはよくないの。町の人からパンとか食べ物を売ってもらえなくなるの。だから、助けてもらったことは感謝してるけど、私のことはその辺にでも転がしておいて? 自分で家に帰れるから」


 言っていて少し悲しくなった。

 もうあの家には帰れないんだった。


 町の人が私を生かしておいてくれた余地はもうない。

 戻っても石打ちか、川に投げ捨てられるかだろう。


 そんなことになるくらいなら、自分の好きな場所で死にたい。

 森の奥の湖のそばがいい。

 呪われてるという私の死肉は森に害を与えないだろうか。それだけが心配。


 とりあえずここから出ていかなきゃ。


「ほんとうに大丈夫だから。あなたも食べ物を売ってもらわないと困るでしょう?」


 優しくゆっくりと伝えたのに、彼女の表情は著しくくもった。


「食べ物困らない。狩りする。町嫌い! 人間嫌い! フェリさまいじめる、許さない!」


 え?と耳を疑った。

 聞き間違い?


 その名前を呼んでくれた人はもう何年も前に死んだ。

 その名前を知っている人はもういないはずなのに。


 彼女は縋り付くように覆い被さってきた。

「ねぇ、フェリさま、私のことわからない?」


 町で彼女を見かけたことはない。


「おじいさまのお知り合い?」

「ちがう。フェリさま、助けた」

「私が? あなたを?」


 うんうんと女性が頷く。

「フェリさま」

 不器用な顔で女性が笑った。

「心配ない。フェリさまここいる。ここ町ない」

「町じゃない?」


 ではここはどこなんだろう?


 疑問に答えてくれたのは、手のひらサイズの石のおもちゃだった。



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