第15話 本土へ

 天間さんが倒れてから三日が経過した。

 その間も俺はARMを通じて学校の授業に出る。仮想体のクラスメイトたちは天間さんが突然連続で休んでいることに違和感を覚えてはいるものの、彼らはそれ以上詮索することはない。

 ……他の地域では宇宙人の襲来がないのだろうか?

 そんなことを考えながら今日も放課後にオカモト医院へ足を運ぶ。


「お、みそっち」

「八雲ねーちゃん……」


 ねーちゃんは「あまいや」の店番を休んでずっとついてくれている。

 天間さんの両親も俺と同様に本土で仕事しているらしく、家はマンション住まいなので管理会社に連絡して鍵を開けてもらい、八雲ねーちゃんに着替えとかを持ち出してもらい、今に至る。


「この子の部屋以外はろくに家具もなかったんよな。みそっちの家に比べてなんか寂しい感じがしたわ」

「そ、っか……」


 聞きたいことはたくさんある。

 最初のロウフォークとの遭遇時は君自身だったのか、それとも違ったのか。

 いつからBATTLE-ARMをしていたのか。あの鎧はどうやって作ったのか。

 そして。


「ステラ、どうなるか決まった?」

「連れてったジョーさんからは連絡なしや。なんや、色々揉めとるらしいけどな」


 ジョーさんはステラの確保を本土に連絡を入れ、その処遇を聞いてくれている。最初はこの島でほとぼりが冷めるまで一緒にいるつもりだったらしい。だけど、クーデターの首謀者が接触してきたことと、地球人ぼくらを乗っ取れる危険性が相まって判断を仰ぐ形になったんだとか。


「なんや知らんけど、急にいろんなことが起こって、いきなり何も起こらんくなって、変な感じやわ」

「そうだよね…… 知らなかったこととか、どうでもいいこととか、よくわかんない」


 ぼんやりと窓から外を見ていると、ジョーさんが自転車でやって来るのが見えた。一人のようだ。スタンドを立てるのも面倒なのか、到着と同時に飛び降りて乱暴に扉を開け、ドカドカと中へ入ってきた。


「雨衣氏! おお、巡里氏もいたか」

「ジョーさん、自転車のスタンドはちゃんと立てようよ」

「おおすまん。急いでるんだ。緊急避難が決まったからな」

「え? 避難??」


 予想外の言葉に思わずオウム返しをする。


「一度島を放棄し、すべての人々を本土へと非難させる」

「……え!?」

「ちょ、島の資源はどないするんです?」

「回収可能なものは持ち出す。エネルギー関係は有限だからなるべく持ち出したいが、船にも限界がある。往復回数は一回限り。つまり君らはただ出るだけになる」


 背筋がぞわっと逆立つ。

 実は、俺は島から出たことがない。あの青い海の向こう側に父さんたちを見送る以外、足を踏み込んだことがないのだ。

 どちらかというと、怖い。


「本土、なあ…… ウチら住むところあるんですかいな?」

「一味の動向を制限するのが目的だから、上層部もそう長くは滞在させる気はないらしい」

「……本土ってそんなに狭いんですか?」

「狭いというか、居住区が事実上ないんだ。まあ、行けば分かる」

「父さんたちに会えます?」

「……それも、行けば分かる」


 微妙にはぐらかされた気もするが、言われた通り避難の準備に取り掛かる。

 迎えの船は半日後に来るとのことで、それまでは荷物の詰め込みである。公民館と自宅とを行き来して必要なものをひととおりリュックに詰めて外に出ると、すっかり辺りは真っ暗になっていた。


「半日後って、どっぷり真夜中になるのか?」


 半壊したままの自宅の窓から空を見上げる。

 小さな星がきらっと光り、変わらない輝きを俺たちに届ける。

 あの星のどこかにステラの母星があるのだろうか。




   ◇




 日付が変わってさらに一時間後、ようやく本土からの避難民回収船がやってきた。

 空の星と似たようなライトを灯しながらやってきた船は、普段の連絡船と比べて倍以上の大きさで、この島の小さな港では接舷するのがやっとだった。


「うわ、でっか」

「そらそうや。島の人口およそ二百人。普段の連絡船はせいぜい五十人程度やで? 荷物の運搬も考えたらあれでも小さいくらいや」


 八雲ねーちゃんの鞄には売り物の駄菓子が山のように詰め込まれている。他の住人達も食料を中心に抱え込んでいるが、どうもなぜ避難が必要かを分かってない人が多いようで、あちこちで不満の声が上がっている。


「……なんや、島の皆は状況をわかっとらんのかいな?」

「そりゃ突然宇宙人が攻めてきてますって言われて納得する人はそうそういないって」


「せやろか?」

「……え?」


 八雲ねーちゃんの言葉に大きな引っかかりを覚えたが、それはすぐに判明した。


『当避難船は間もなく出向します』


 住民の乗船が終わってほどなくすると、船は出港のアナウンスが流れた。地上から見えていた速度は乗った側から見るのとでは全く違って、瞬く間に島は小さくなって言った。


「……舟継島がもうあんな小さくなって、って」


 そんな島に俺は違和感を覚えた。


「ねえ、八雲ねーちゃん」

「なんやぁ?」

「島の向こう側、なんか変じゃない?」

「ん? どう変やと思うんや?」


 すっかり小さくなった島は、しかし海に浮かんでいるように見えない。どちらかというと沈んでいくように見えるのだ・・・・・・・・・・・・・


「お、開くで」

「え? 開くって?」


 しかし、そんな違和感を払いのけるような現象が目の前で起こった。


「はぁ!? 空?!? 海が?? 割れてる!!?? ま、待っ――」


 船首が向かっている先の、いつも見る水平線の向こう側に突如黒い渦が現れ、船はそこへするすると吸い込まれていった。

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