エンデヴァー・プロジェクト
国見 紀行
第一章 島の住人たち
第1話 離島の少年
薄緑の羊水で満たされたガラス管の中で浮かぶ少女は、眠ったまま微かに笑っていた。
俺はそんな少女の姿を、ただ茫然と見つめることしかできなかった。
◇
スマホの着信が鳴る。
真っ暗な部屋でけたたましく鳴り響く端末を手繰り寄せ、通話をタップする。
『
「……母さん、はいはい今起きるよ」
時間は七時半。むくりと起き上がり服を着替え、食堂に向かう。
既に朝食の準備がされており、俺はそれを腹に収める。
「……いつもだけど、なんだか今日はより静かだな」
家には誰もいない。父も母も外で働いていて滅多に帰らないのだ。
寂しいと思ったことはない。
食器を洗浄機にセットして、学校へ行く準備をする。
「行ってきま…… あ、忘れ物」
俺は踵を返し、リビングで充電中の『
電源をオンにしてスマホとリンクさせると、父と母が
『ちょっと! 親に顔を見せずに行くつもりだった?』
「ごめんて。じゃあ行ってきます」
『気をつけてな』
家を出ると、潮風が頬を撫でる。すぐ近くに海があるのだ。
というより、俺の住むこの場所が小さな島で、歩いて一時間で一周できる程度の面積しかない。
「ミストル、今日の天気は?」
『本日は高気圧の影響で一日中晴れの見込みです』
ARMは自分の名前を呼ばれて質問に答える。父親が言うには、現代科学はこの数年でものすごい成長を遂げ、ディスプレイが無くても画面が見えて、キータッチしなくても調べ物ができるようになった。らしい。
俺は生まれてから既にあった技術なので、特に感動はない。
「昨日の対戦、俺たちもうちょっとだったんだけどな」
『ミストルは深宙の組んだ
歩きながらAIと会話しつつ学校に到着すると、途端にたくさんの
同じ校舎モデルを共有する『オンライン上の生徒』が位置情報を共有して表示されているのだ。
離島で学校に通う生徒にも、同じ体験をしてもらうため、という国の配慮なんだとか。
『よお、
「あー昨日な。あれからまた調整してたんだけど、おかげで今朝寝坊するところだったわ」
『でも、弾切れになっても戦える
オンラインの友人たちと、昨夜マッチした対戦ゲームの話題で盛り上がる。彼らも島の「外」の住人だ。純粋な島の住人で俺と同じ学生は――
「おはよう巡理くん。眠そうだね」
「あ、おはよう
同じ学年の天間
あえて言うなら、視力はARMで補えるのに眼鏡をかけているところか。
「あ、チャイムなったよ。急ごう」
「やっべ、先に行ってるよ」
『こら巡里、廊下を走るなー!』
「ゴメン先生!」
教員もここでは一人を除いて全員が
けどこれらは俺にとっての、まさに『現実』なのだ。
『今日は以上。気を付けて帰るように』
終業のチャイムと共に、担任の
俺はパソコン部なので服装はそのまま。鞄を持って教室を後にする。
「ん? ARMの処理落ち?」
パソコン教室へ向かう廊下から階段に差し掛かった時、妙な画像の『ブレ』を視界の端に感じた。
振り向いて見る限りはただの壁なのだが、壁と壁の隙間に妙な「影」が見える。
「変だな、普段も通る廊下で読み込みが発生……?」
不意に手を伸ばすと、指先が「ぺたん」と質量を失う。
「わわわ!!??」
ひっこめると元に戻った。ARMの表示バグか?
「……ミストル、これ何が起こってる?」
『状態は良好です』
え? バグじゃない?
俺は再度手を差し出す。やはり手はぺたんと真っ平になり、まるで紙になったかのような見た目に置き換わる。
「これが現実なわけないだろ、絶対に表示ライブラリの……」
突然、体が壁に引っ張られる。その勢いは気が付くと同時に体のほとんどが壁に吸い込まれるほどの。
つまり、俺は一瞬にして壁のなかに取り込まれた。
「う、わ、わわ、わわああああ!!」
突然体全体がペラペラの紙になったかと思うと、全く覚えのない空間で再び元の体に戻った。
「痛ったた…… ミストル、ここどこ?」
『座標は学校の地下、階数にして十階。校舎サーバにはない区画です』
「――はい?」
『ミストル内PM「壁
「それはゲームの話だろ!」
しかし現実で起こってしまったからには、ここから出ないと帰れない。
「薄ら明かりで暗いな…… ミストル、暗視モジュール起動して」
『了解』
明度をARMで底上げして辺りを見回す。誘導灯の明かりで照らされた廊下の一角が妙に眩しい。
俺は階段を探すべく歩き回る。
「あっ、あそこ、緑の光が漏れてる!」
上履きをパタパタ鳴らしながら走って廊下を曲がると、銀色に光る両開きの扉が佇んでいた。開け方が分からず四苦八苦していると、妙なプレートに触れた瞬間左右に分かれる形で扉が開き、慎重に中へと入ってみた。
「うわ、なんだこれ。……ヒト?」
そこは、人がすっぽり入るサイズのガラス管が規則正しく並び、見たことのない液体で満たされている場所だった。
そのうちの一つは、どう見てもヒトではない、けれど小さな女の子に見えるナニカが浮かんでいた。
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