人類最凶の敵、今度は人類最強の味方になる

圧倒的銀髪神者

第1話 プロローグ 戦火の渦 前編

 世界は、静寂に包まれていた。 ただ、夜空を引き裂くように燃え盛る炎の音と、崩れ落ちる建物の軋む悲鳴だけが響いている。  

 天之都あまのみやこ──かつては日本の中心、旧・東京と呼ばれた大都市。

 しかし今や、それは戦火に包まれ、赤黒い煙を上げながら崩壊しつつあった。 無数の黒き怪物――幻影げんえいが這い回り、人々の悲鳴が響き渡る。

 そして、彼はその悲鳴の中心に立っていた。

  全身を黒き甲冑に身を包み、腰に身に着けた漆黒の刀からは、今しがた斬り伏せた者たちの鮮血が滴り落ちている。

 その目は、まるで氷のように冷たく、慈悲など持ち合わせていないのがうかがえる。

 幻影の戦士レベリス。

 幻影軍序列第1位にして、大和皇国を地獄絵図へと変えた災厄の1人。


 「……まだ終わらない」


 彼は呟くように言った。

 既に滅亡のカウントダウンが始まっている大和皇国を前に、彼は予断を許していなかった。

 何故なら人々の希望である人物がまだ存命しているからだ。

 主君の命はただ一つ。──柊咲夜ひいらぎさくやを殺せ。

 大和皇国やまとこうこくの第一皇女にして、 敵軍の最高司令部である。

 この戦いを終わらせるためには、彼女の命を絶つ必要があった。 彼女を殺せば指令系統は崩壊し、大和皇国は滅亡する。それは理解していた。

 。  

 彼は、血に濡れた己の手を見つめ、これまでの事を思い返す。



 レベリスにはこれまでの記憶が無い。自身が何者であり、何を成し遂げたいのかも不明だった。

 ただ、気がつけば、彼は戦場のただ中に立っていた。

 幻影の軍勢とともに、人類の都市を焼き払い、抵抗する者たちを斬り伏せる。

 それが、幻影の戦士レベリスとしての「生」だった。

 何度、命乞いの声を聞いたか。

 何度、泣き叫ぶ女子供を無慈悲に切り捨てたか。

 そのたびに、自分がやっている事は正しい事なのか自問した。

 しかし答えは出なかった。  


 ──戦争を終わらせるため。


 主君である幻影皇帝が掲げる大義を信じて、彼は刃を振るった。

 この世が幻影によって統一されれば、争いはなくなる。

 もう誰も、殺し合う必要はなくなる。

 それが、主君である幻影皇帝の理想だった。 だからこそ、レベリスは忠誠を誓った。 幻影の軍勢の最前線に立ち、人類を葬ることを使命とした。


 しかし、


 本当にそれで、正しかったのか。 倒した人間の目に映るものは、悲しみ、恐怖、怒り、憎しみ。 彼が振るう剣は、世界に安寧あんねいをもたらすどころか、さらなる絶望しか生んでいないのではないか。

 その疑念は、戦うたびに募っていった。  

 そして今── 。柊 咲夜を殺すことで、この戦いは終わるのか。

 自らの手で終焉をもたらすことができるのか。

 レベリスは、己に再度問いかけた。 だが、答えは出なかった。




 夜のとばりが降りる中、彼は静かに宮殿の奥へと歩を進めた。

 人間達の必死の抵抗は、すでに終わりを迎えていた。大和皇国の精鋭達は、ことごとく幻影の軍勢に打ち倒され、もはやこの都市に抗う力は残されていない。


──すべては、彼女を殺すため。

そう、すべてはここで終わるのだ。


 暗闇の中、彼は扉を開けた。


 その先にいたのは──


一人の少女だった。

大和皇国第一皇女、柊咲夜。


彼女は、静かにレベリスを見つめていた。


彼女の身を包んでいたのは、戦場には不釣り合いなほどに繊細で美しい、深紅の十二単。

薄絹と金糸で織られた衣は、燃えさかる炎に照らされて幽かな輝きを放ち、まるで血と炎の中に咲く幻の花のようだった。


胸元には勾玉を模した銀の装飾が揺れ、

腰にはかすかに刀の柄が覗いていた。


第一皇女としての格式と誇りを示すその装いは、

滅びゆく世界のなかで、ただ一人、美しく静かに佇む“希望”の象徴のようでもあった。


 燃え盛る炎の赤が、彼女の白い肌を照らしている。 しかし、その瞳には微塵の怯えもなかった。 まるで、すべてを受け入れたかのような──そんな、静かな表情。

 その凛とした姿に、レベリスは敵でありながら思わず見惚れてしまっていた。


「初めまして。貴方が──レベリスね」


 咲夜は静かに立ち上がり、腰の刀に手をかけた。

 その動きに、迷いはない。むしろ彼女の覚悟を物語っていた。

 何故ならそれを抜くという事は即ち、彼女も命を捨てる覚悟で来ているという事だから。

 やがて、鞘から抜かれた白銀の刃が、ゆらめく炎に照らされて美しい輝きを放つ。


 ──天叢雲剣あまのむらくものつるぎ


 大和皇国に伝わる三種の神器の一つ。

 幻影を浄化する力を宿し、レベリスとて、この刃を食らえば無事では済まない。


「……ほう。俺の名を知っているとはな。ありがたい歓迎だ」


 レベリスは刀を抜いた。黒き刃が、ゆらめく炎を吸い込むように鈍く光る。


「もちろんよ。貴方のような存在、忘れたくても忘れられない。

 最上級幻影No.001さいじょうきゅうげんえいナンバーゼロゼロイチ――憎悪の剣鬼ぞうおのけんきレベリス。

 幻影皇帝に次ぐ力を持ち、これまで幾度となく人類を蹂躙じゅうりんしてきた。

 ……私の仲間も、もう何人もあなたに殺された」


「それはすまなかったな。だが、戦争というのは当然そういうものだろ? 第一皇女殿下」


「ええ、そうね。

 戦争に正義も悪もない。殺した側も、殺された側も、それぞれの理由がある。

 でも……その“当然”を繰り返す者が、いつかこの世を終わらせるのよ」


 咲夜は揺るがぬ瞳で、レベリスを真正面から見据えた。


 沈黙が落ちる。


 その中で、咲夜はふと口を開いた。


「……貴方、悲しそうな目をしているわね」


「……何?」


 その言葉に、レベリスの眉がぴくりと動く。


「くだらん……。俺の目が、悲しげだと? 馬鹿げたことを」


 吐き捨てたその声に、かすかな苛立ちが滲む。

 心の奥に、誰にも触れられたくない何かがある。咲夜の言葉は、そこを突いていた。


「貴方は、この戦いを早く終わらせたいと思ってる。違う?」


「……そうだ。俺の目的は一つ。お前を殺すことだ。

 それが果たされれば、幻影がこの世界を統一し──戦争は終わる。世界に安寧が訪れる」


「……ふふ。本当に、そう考えているのだとしたら──貴方、随分とおめでたい頭をしているのね」


「……何?」


「人類を滅ぼせば、争いが終わる? 世界に安寧が訪れる?

 そんなもの、ただの“静寂”よ。命がなくなった世界に、平和なんて存在しないわ」


 咲夜の声は、静かだが鋭かった。


「貴方が信じてきた“安寧”は、死で塗り潰された偽りの平和。

 それを平和と呼ぶなら、私は断固として抗う。たとえ、この命に代えても」


「……お前たち人間は、いつもそうやって理想を語る。

 だがな、それでどれだけの命が救えた?

 結局、お前たちは俺たち幻影に滅ぼされるだけだ」


「それでも、私たちは生きている。

 それでも、命を懸けて守ろうとする人たちがいる。

 貴方に殺された仲間たちも……最後まで、“未来”を信じて戦っていたわ」


「……未来、だと?」


 レベリスの目がわずかに揺れる。

 咲夜の言葉が、彼の内側に突き刺さっていく。


「お前は、知らないくせに……!」


「ええ。知らない。

 でも、貴方のその目を見れば、分かるわ」


 咲夜は一歩、レベリスに踏み込むように歩み寄った。

 その瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。


「貴方──本当は、こんなことしたくないんでしょう?」


「……黙れッ!」


 叫びとともに、黒き刀が咲夜へと振るわれる。

 だがその一撃には、かつてのような容赦や殺意が感じられなかった。

 咲夜はレベリスの攻撃を華麗に避けて見せた。


「……やはり生かしておくわけにはいかないな。大和皇国第一皇女──柊咲夜。ここで死ね。

 ――重力断罪ヘヴィジャッジメントッ!」


 空気が歪んだ。

 咆哮のような重低音が響き渡り、周囲の大気が一斉に沈み込む。

 その名を叫んだ刹那、咲夜の身体が、突然“下”へ引き寄せられた。

 足元の地面が悲鳴を上げる。岩盤が砕け、重力場が一点へと集中する。


「くっ……!」


 跳ぼうとした足が、動かない。

 筋肉が悲鳴を上げるほどの重圧が、彼女の全身を押し潰さんと襲いかかる。


「がっ──!」


 咲夜の身体が、一瞬浮きかけて、次の瞬間――


 ズドンッ!!


 轟音とともに、地面が陥没した。

 咲夜の体が大地へと叩きつけられ、岩盤が砕け、爆風のような土煙が辺りを包み込む。

 衝撃で何十メートルも地面がえぐられ、まるで小さな隕石が落下したかのようなクレーターが生まれる。

 その中心に、彼女は沈んでいた。


 レベリスが持つ権能、重力断罪ヘヴィジャッジメント

 幻影皇帝から授かった力にして半径最大100メートルの範囲にいる人物に強い重力を掛ける事ができる能力。例えどれだけ身のこなしが軽い人物でも体が鉛のように動けなくなってしまうため、容易く相手を戦闘不能にできる。

 今まで幾度もこの技で敵をほふってきた、いわばレベリスの必殺技。


 先ほどはレベリスの攻撃を避けて見せた咲夜だったがこうなってしまってはもう攻撃を避ける事は不可能。

 だが、それでも彼女の手は――まだ、天叢雲剣を握りしめていた。


 ――刹那、黒き刀が風を裂き、咲夜に迫る。


「―――ッ!!」


 勝敗は一瞬だった。

 咲夜の十二単が鮮血に染まる。


「……これで全て終わり、か」


 レベリスはゆっくりと刀を下ろし、静かに息を吐いた。

 その肩から、ほんのわずかに力が抜ける。


 刀にこびりついた血が、滴となって地面に落ちる音だけが響いていた。

 咲夜は動かない。天叢雲剣を握ったまま、崩れ落ちていた。


 ──終わった。

 人類の象徴、第一皇女・柊咲夜。

 彼女を討った今、もはや大和皇国に抵抗の核は残っていない。


 「これで……やっと、戦争が終わる……」


 呟く声は、自分でも驚くほどかすれていた。

 重圧から解放されたかのように、胸の奥にあった硬い何かが崩れていくのを感じる。


 戦いは長かった。終わりの見えない殺し合い。命令に従い、ただ刃を振るう日々。

 敵も、味方も、意味すら曖昧になっていた。


 だが今、ようやく――解放される。


「……ちっ。あんな目で俺を見やがって……」


 ふと、脳裏に浮かんだのは、先ほどの咲夜の眼差しだった。

 哀れむような、何かを見抜いたような、あのまっすぐな瞳。


 レベリスは目を伏せ、そっと視線を逸らす。

 今さら、彼女の死をいたむ資格など自分にはない。

 それでも、心の奥で小さな棘のような違和感が疼いていた。


 「──これで、良かったんだ。

  そうだろ、皇帝陛下……俺は……やり遂げたんだ……」


 独り言のように呟くその声に、誰も答える者はいなかった。


 そのときだった。


 倒れた咲夜の胸元から、ほのかに光が漏れ始める。


 それは最初、燈火とうかのように淡く。

 だが次第に、その輝きは増し、まばゆい閃光となって空間を満たしていった。


「――なんだっ?!」


 レベリスは思わず目を細め、顔を背ける。

 彼の瞳が光を拒み、刀を構え直す。


 ──八尺瓊勾玉やさかにのまがたま

 咲夜の魂と共鳴したそれが、最後の奇跡を起こそうとしていた。


「――――ッ!!」


 光は、レベリスの全身を包み込む。

 その刹那、彼の脳裏に、奔流ほんりゅうのような映像が大量に流れ込んできた。


 ──父の笑顔。

 ──母の優しい声。

 ──幼い妹が、笑いながら駆け寄ってくる。


 記憶。

 忘れていたはずの、もう戻らないと思っていた『過去』が、彼の中に流れ込んできたのだ。


 そして、レベリスはついに知ってしまった。

 自分の本当名を。

 

義影よしかげ……瑠衣るい……」

 

 自分は――人間だったのだと。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る