望むのはスノードロップ
ゆずリンゴ
プロローグ スノードロップの中で
ある国はいつも戦火に見舞われていた。
その理由は単純で「敵国が多い」という物だ。人種や宗教的観点、領地問題が複雑に絡み合い多くの国から恨みを買ってしまったのだ。
人口も1000万を超えないその国では多くの敵軍に容易く攻め落とされるというのが当時多くの傍観者の予想であった。
―――しかしそうはなら無かった。
その国の軍はあまりにも強かったから。
多くの国の「万が一の戦力」と「国を守る為の盾」として育てられた軍隊とでは天と地ほどの覚悟の差があったのだ。更にいえば戦果に対する報酬にも出し惜しみをしなかったのも彼らの士気を上げたのだろう。
その報酬に釣られて他の国から出兵した者だっている。
ただ、平和な国から自らその戦火を浴びに行った者等なんかは立派な自殺志願者かお気楽な馬鹿かの2択だ。
そして、
彼は孤児で育った。その理由が両親の死別等ならまだ良かっただろうに、望まれない存在として無きものとされたのである。父親は上流階級のお偉いさんで母親は夜の街に体を売った女。
しかし男が既婚者であったが故にその存在は隠蔽された。母親が愛を注ぐ訳でもなく、父親が余りある金で支援をする訳でもなく育った彼の人生には色が抜けたままに進んでいく。
それが17年目に至った時、姿の無かった 母親は突如として現れると衝撃を与えた。
最低限とは言え高校にも通っていた彼に父親の存在を暴露したのだ。
男に捨てられた母親は自分の存在を秘匿することを条件に大金をせがみ、その企みは成功していた。
しかし下劣な思考はかつて捨てた息子を思い出させ、息子にも自らと同じことをさせることを提案。
その金を使い
「今更だけど一緒に暮らしましょう」
と言ったものだから矢上はその場で立ち尽くしてしまった。
今までの積み上げた真っ白な積み木に黒い積み木が割って入ったかと思えばそのバランスは大きく音を立てて崩れ落ち、死を思い立つようになる。
そうして、意味の無かった命は無下に散るはずであった。関わりない国による兵募集を見るまでは。
1度このまま終えていいと思った。しかし人間というのは何処までも愚かな者で無いよりはある方が良かった。
価値の無い死よりも、価値のある死の方が生まれてきた意味を思えるから。
かくして、矢上は国を出た。
◇
某国へ出兵をして1年、矢上は未だ生きていた。既に戦いに出向いてはいる。しかし矢上のような新兵が白羽の矢が立つような場に出るようなことにはならないのだ。後方での役割が主であった。―――この時はまだ。
しかし、日本で暮らしていた矢上にとってこの国の当然というのは余りに悲惨に思えたものだ。
食類に関しては言うまでも無い事だが、満足する量と味は両立できないし水分を取るのに長く腹を下していた。
戦に負けず更に被害が無いなんて綺麗事も当然ない。四肢のどこかが欠如する人物に家族を失い涙する人物の姿は今までの自分に傲慢さを覚える程。
自然と自殺をする念というのは消失し、この場で出来た「生きる理由」を糧に力をつけた。
同じく日本から出兵した者、加え現地の兵らと共に過ごすうちに親交も生まれていた。
―――それから、更に矢上が25を迎えた頃のこと。彼は正式に傭兵部隊に雇われるようになっていた。
そこで銃火器の使い方に加え、近接戦法として「クラヴ・マガ」を学び得た。
そしてある冬、雪も降るような中での戦場へ向かう道中。矢上は自分より年上の40の男とこんな会話をする。
「冬の戦場ってのは厄介だよな。こう雪まで降ると更に」
「えぇ、そうですね。視界が遮られてしまいます」
「あぁ。それに雪ってのは不吉な印象もある」
「不吉な印象的ですか?」
男の言葉に矢上は首をかしげる。
「旧約聖書の有名な話だ。楽園を追放されたアダムとイヴが寒さに震えているとそれを哀れんだ天使が雪をスノードロップに変えて慰めるんだ」
「それって、不吉ですか」
「不吉だよ。なんせ戦場には天使なんて現れやしないし、なによりこの話に出てくるスノードロップは死を象徴するんだからな。そんな花に包まれるなんて不吉以外何者でもないだろ?」
「それは……確かにそうですね」
「俺は雪を見る度この話を思い出しては震えるんだ。まぁ、この花も悪いことばっかりではないんだがな」
「―――おいアホ矢上!こんな寒いのに話してる余裕があるかよ」
1歩後ろを歩いていた男が突然、2人の間に割り込んできた。
何かと突っかかってくる男だ。
「向井、そう熱くなるな。そうだ、お前にもスノードロップの花言葉を教えてやろうか」
「スノードロップの?俺知ってますよ。矢上は知らないだろうけどな」
「向井だし、どうせ知ったかぶりですよ」
「なんだと!このアホ!」
2人が睨み合うのを見つめ男は笑いながら見つめている。それが落ち着いた頃にゆっくりと口を開くとこう言った。
「スノードロップの花言葉は死を望みますだ」
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