第19話 みらいとのデート

「ん……」


「起きたか、みらい」


「祐くん……?」


 閉じていた瞳が、ぱちくりと瞬いた。何度か瞬きをし、上から覗き込んでる形になってる俺の顔に、みらいが手を伸ばす。その手は冷たかった。


「ごめんね……」


「何で謝るんだよ。悪いのは悪魔だろ。いや、俺もか」


 確かに、悪魔がみらいに巣喰ったせいで、こんな事が起こった。でもな、悪魔に付け入れられたのは、俺のせいだ。みらいと呼んでおきながら、心の底では、未来みきに戻ってきて欲しいと、ずっと願っていたから。みらいはそんな俺に気づいて、傷ついた。

 そんな半端者じゃ、みらいを幸せにするなんて、到底出来るはずがなかった。だから今度こそ、みらいと向き合う。


「今対応してる雑談部の要望書さ、俺だけ解決案出してなかっただろ。今からでも、受け付けてもらえるか?」


「え……? 生徒会にはまだ提出してないから、大丈夫だけど……」


「良かった。俺思ったんだよ、告白に成功しても、その後が上手くいかないんじゃ、意味がないなって」


 顔が熱くなっていく。みらいに今の俺の顔は、どう写っているのか。変な顔してなければいいな。


「だからさ、解決案っていうのは、デートだ……。みらい、俺とデートしてくれ!」


「…………!?」


 みらいが急に立ち上がり、額同士がぶつかりそうになるが、何とか回避ができ、俺に背を向けて立った幼馴染に目を向ける。


「……そ、それって、その、解決案の為に擬似デートをやろうってこと?」


「俺は、擬似のつもりはない……」


「そうなんだ……。でも祐くん、わたしでいいの?」


 その疑問は、未来みきじゃなくて、みらいでいいのかって事か? だったら、その答えは決まってる。だって俺の初恋は──。


「あー! ミキ起きてるな。どうだ、身体に違和感ないか?」


 タイミングが良いのか悪いのか、姉を探しに行っていたリアラが戻ってきた。


「大丈夫よ。リアラにも、迷惑かけたわね」


「だったら、良いんだ。もしミキに何かあったら、私のだったしな……」

 

 何で、リアラの責任になるんだよ? 天使なのに救えなかったからって事か?

 いや、それよりも。みらい、まだ未来みきを演じるんだな。やっぱり、デートに誘ったぐらいじゃ、俺がちゃんとみらいを見てるって、感じてくれないのか。


「ミキが大丈夫なら、とりあえず家に戻ろうぜ。尖兵隊には頼んであるけど、ちゃんと元通りになってるか、確かめないとな」


 リアラの提案に乗り、俺達はみらいの家に戻る。部屋に入ってみると、みらいが割ったガラスは元に戻っていたし、おばさんが見た物は全て、夢の出来事だと認識していた。

 その事に、みらいは憂いな表情を浮かべていたが、これもおばさんの為と、納得させた。


 それから、一週間後の週末。


 俺達、雑談部面々は、憂虞ゆうぐの遊園地と怖れられている、レジャー施設に来ていた。


「ここが、遊園地か!! 本当に色んな乗り物があるんだな!!」


 リアラが好奇心いっぱいの目で、周りを見渡す。ジェットコースターにメリーゴーランド、コーヒーカップなどあるが、やはりここでは、お化け屋敷が群を抜いて人を集めていた。


「リアラさんに千明さん、わたくし達はあっちを回りましょうか」


 九重先輩が指してる方角は、お化け屋敷がある区画だ。これは事前に、九重先輩と白河に頼んでた事。どうしても、リアラに憂虞ゆうぐと恐れられた、お化け屋敷を体験させてやりたかった為だ。


「分かりました。それじゃ臼杵君、頑張ってね。天壌さんはこっちで面倒見るから、部長とのデート楽しんで」


 眼鏡を掛けた可愛い顔で、微笑んだ。これで男なんだから、恐れ入る。


「俺達も行くか。どれか乗りたい物はあるか?」


「そうね、まずはジェットコースターに乗りましょう」


「最初から、絶叫系か。まぁ、良いけど」 


 こうして、俺達は二手に分かれて遊園地を回る事になった。


 そもそも、どうして俺とみらいのデートに、雑談部の面々がいるのか、それは今週の部活でのこと。


 みらいの件を九重先輩や白河に伝えるか、当事者の三人で相談したんだが、悪魔のことをあまり口外すのはマズイという事で、伝えない方針に決まった。そこまでは良かったんだ。部室でみらいが、俺が追加した解決案を話題に出すまでは……。


 デートという言葉を聞いたリアラが、恋愛ゲームで培った知識を総動員し、あれやこれやと語りだした。かと思ったら、最後に「私も着いて行くからな!」と、言って聞かないもんだから、九重先輩と白河に、リアラのお目付役を引き受けてもらったという訳だ。


 ちなみにデート場所が遊園地に決まったのは、前に中間試験が終わったらリアラに、連れて行ってやると、俺が約束したからである。


「う〜ん。風が気持ちよかった!」


「うぅ、風なんて感じてる余裕ねえよ……。普通に気持ち悪い……」


「一回乗ったぐらいで、大袈裟ね」


「回数とか関係ないから。酔いやすい人は、すぐこうなるんだよ……」 


「あ! あれ面白そう」


 俺の言葉をスルーし、みらいが建物に立ててある、看板を指さす。


「トレジャーボートか」


 アトラクションとしては、水上を動くボードに乗り、最奥にある宝を見つけようっていう内容だ。ボートには、レーザー銃が設置してあり、道中に出てくるモンスターを撃ち、ポイントを稼ぐミニゲーム的要素もある。


 本当は少し休憩してから、待機列に並びたがったが、みらいに手を引かれ、渋々行くことに。


 待つ事、数十分。ようやく順番が訪れた。


「結構、並んだわね。付き合ったばっかりの男女は、待ち時間とか気にするだろうし、デート場所に遊園地はあまりオススメ出来ないかも」


「みらいも、待ち時間とか気にするのか?」


「付き合ったばっかりの男女って言ったでしょ。さ、早く乗らないと後ろ、つっかえちゃうから」


 みらいに続き、俺もボートに乗り込む。下が水上の為ボートは揺れるが、先程のジェットコースターより百倍マシだ。


「それでは宝探しへの冒険へ、行ってらっしゃい〜」


 係員の声でボートが動き出し、洞窟の入り口へ。周りは暗く、松明風のライトだけが、唯一の光だ。ボートに備えられている、レーザー銃を手に持ち構える。モニターは左右分割で表示されていて、搭乗者とポイントを競えるように設計されていた。


「どっちが多く、ポイントを稼げるか勝負するか。勝った方は、お昼奢りで」


「友達との遊びじゃなくて、恋人同士のデートってていで来てるのよね? その発言、減点よ。普通に振られるやつ。まぁ、やっても良いけど」


ていじゃなくて、本気のデートのつもりなんだが……」


 ピシュンと、隣からレーザー銃を放った時の音声が聞こえた。どうやら、もうモンスターが出てきたらしい。モニターには1対0と表示されている。


「ほらほら、早く撃たないと、わたしに勝てないわよ!」


「負けないからな! 昼食は絶対に奢らせる!」


 ボートが更に進んでいく。俺とみらいは一心不乱に出てくるモンスターに、レーザー銃を撃った。偶に巨大なモンスターが出てきて、倒すとポイントが倍に貰えるラッキーチャンスがあったが、悉くみらいに取られた。


 やがて、洞窟の冒険は終盤に近づく。松明の光は無く、ただ暗闇があるのみ。ボートが止まったかと思うと、突如炎の演出と共に、凶悪そうな顔をしたモンスターが現れた。多分、ラスボスだ。


「こいつを倒せたら、ポイントの逆転もあるかもしれない!」


「無理よ。だって……」 


 モニターに目を向ける。24対11とダブルスコアで俺は負けていた。みらいがここまでやるとは、予想外だ。別に手を抜いていた訳じゃない。これは実力だ……。


「も、もしかしたらこのボスは、100点くれる可能性も……」


「無いから。それよりも、喋ってないで早く撃ったら? わたしが倒しちゃうわよ」


「こいつだけは、やらせねぇぇぇ!」


 こうして、ボートの旅は終わりを迎えた。え、ボスをどっちが倒したか、気になるって? 察しろ。


 二人で過ごす時間は、一瞬で過ぎ去っていく。

 トレジャーボートを出て、遊園地内の散策をしつつ、目一杯アトラクションを遊び尽くした。


 夕方になり、九重先輩からみらいのスマホにメッセージが届いた。そろそろ集合しようってことらしい。


「夏帆達、入場口で待ってるって」


「あのさ、みんなと集合する前に、最後に一つ乗りたい物があるんだ」


「何よ? 乗りたい物って」


「あれ、なんだけど」


 目を向けた先には、夕焼けと重なる観覧車が見える。最後に乗るアトラクションとして、これだけは譲れない。


「観覧車ね……。分かったわ、夏帆に連絡入れとく」


「ありがとな……」


 正直、断られると思った。観覧車に乗れば、二人きりの空間になる。そうなれば、俺が何の話をするか、想像ぐらいついてるだろうに。それでも、みらいは承諾してくれたんだ。だったら、俺も勇気を出さないと。


 暗くなりつつあるからか、観覧車はそこまで人が並んでいなかった。おかげですんなり、乗ることができ、ホッとする。


「観覧車に乗ったの、久しぶりかも。祐は?」


「俺もそんな感じだ。そもそも遊園地自体、最近来てなかったし」


「だよね」


 最後に来たのは、みらいが中学生に上がった時だった気がする。無事に、小学校を卒業した、みらいへのお祝いで来たんだよな。退院したての頃は、学校の勉強に追いつく為に、ずっと机に向き合ってたのをよく覚えてる。


「それで……。わたしに何か、話があるんでしょ?」


「やっぱり、分かるもんか?」


「当たり前だよ。わたし、祐くんの事なら何でも知ってるからね」


 未来みきの演技を止め、みらいとして、答えてくれた。みらいの誕生日──未来みきの命日以外で、その話し方を聞いたのは、何年振りだったか……。


「そう言ってくれて、嬉しいよ。俺も、みらいの事をもっと知りたい」


「あ、えと……その。うん……わたしも、祐くんに、知ってほしい……」


 頬も耳も首筋も紅く染めて、こちらに視線を送ってくる。みらいのこんな表情、初めて見たかも知れない。その姿を見て、俺まで体温が上がってきた。

 話はこれからだって言うのに、落ち着け身体。深呼吸を何度か繰り返し、「それで、話なんだけど」と切り出す。


「公園でさ、みらいと心を繋いだ時、未来みきと少しだけど、話せたんだ」


「祐くんも?」


「も、って、みらいも未来みきに会ったのか?」


「うん」


 どうやら俺だけじゃなく、みらいにも会いに行っていたらしい。俺と同じく、何か言葉を掛けてあげたのか?


「祐くんの、愚痴を言い合ったんだ」


「俺の愚痴……」


 まぁ、色々迷惑かけてたし、愚痴の一つや二つぐらいあるか。って簡単に流せれば、どれだけ良かったか……。正面から言われると結構、精神的ダメージにくる。


未来みきはね、わたしが我慢して、貯めてきた感情を、吐き出させてくれたの」


 観覧車から見える、落ちかけの夕日を眺めながら、みらいは軽やかに笑みを浮かべていた。


「大事な約束も交わしたし、わたしはもう大丈夫」


「……約束って?」


「祐くんには、教えてあ〜げない!」


 先ほどの軽やかな笑みとは違い、イタズラが成功した子供のような、笑顔を向けるみらい。

 みらいって、こんな表情豊かな子だったんだな。また一つ、彼女のことを知れた気がする。


「祐くんは、未来みきと話せてどうだった?」 


「久々に会ったっていうのに、怒られたよ」


 姿は見せてくれなかったけど、それも未来みきなりの優しさだったんだろ。もしもあの時、振り返っていたら、俺はどうしていたのか? 今になっては分からないが、ロクな結果にしかならなかった気がする。


「そこで未来みきから、みらいが、どれだけ苦しんでたか聞いた……」


 息を呑む。今から言う言葉が、正解か分からない。けど俺は、みらいに向き合うって決めたから。


「もう、未来みきの演技は止めないか? そんな事をしなくても、俺はみらいを……みらいだけを見続けるよ」


 ポケットから、可愛くラッピングされた紫花の髪留めを取り出す。

 これは、覚悟であり決意だ。みらいを失わないように、幸せにして守ると。


「ずっと好きだった。こんなダメな奴だけど、俺と付き合ってほしい」


「……未来みきじゃなくていいの?」


「俺の初恋は、みらいだからな」


 すると、みらいは俺の手から髪留めを受け取り、それを胸あたりで抱きしめる。


「わたしも、祐くんのことが好き、大好き」


 そんな彼女の頬には、一筋の雫が光っていた。


        ※※※※


「本当に良いのか?」


「えぇ、もちろん」


 今は観覧車から降り、九重先輩達が待っている入場口に向かっている。

 降りるまでの間、色々と話をしたり、あったりもしたが、その中には腑に落ちないことも。


「だって、未来みきの演技も、わたしの一部だもの。はないわ」


「でもな、負担にならないか……」


「前までは、なってたかもね。でも、今日からは違うから。祐がわたしを見続けてくれるって、言ってくれたし」


 少し歩くスピードを上げ、みらいが俺の前に立つ。それと同時にさらりと揺れる、黒い髪のポニーテール。その髪を結んでいるのは、俺がプレゼントした、紫花の髪留めだ。


「似合ってる」


「観覧車の中で、何回も聞いたわよ」


「何回でも、言いたくなるんだよ」


 照れ臭そうに言う俺に、みらいが手を掴む。


「もう辺りも暗くなっちゃったし、今日も家まで送ってくれるんでしょ?」


「当たり前だろ。恋人ど、同士になったんだから尚更だ……」


「頼もしい彼氏で、嬉しいわ」


 お互いに笑いつつ、入場口が近づくまで手を離さなかった。

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