第18話 未来
どこか、懐かしい感じがする。目を開け、周りを確認すると、それもそのはずだと納得した。ここは、
場面が切り替わり、小学校に向かっている子供の時の俺と
「ここって、みらいの心の中なのか? 心願の矢は貫いた者同士の心を、繋ぐって言ってたけど」
「そうよ」
音の無い世界に響く、少女の声。いつも聞いていたその声の主に、振り向こうとして……。
「振り向かず、そのまま聞きなさい」
強制されているかのように感じられるその言葉に、俺は動きを止めた。
「本当は、その顔を引っ叩いてあげたかったけど、今回は勘弁してあげるわ」
「……
「名前も聞くの禁止! わたしはもう、終わっちゃった人だから」
「…………」
「顔を見なくても、どんな表情をしているか想像が付くわね。だからこそ、言うわ。わたしの事は忘れて、
「そんなこと……」
「出来ないでしょうね。貴方は優しいもの。でも、その中途半端な気持ちが、あの子を苦しめたのよ」
分かってる……。これは全部、俺が蒔いた種だ。みらいはいつも、口に出して好意を伝えてきた。だけど俺は彼女を──
「あの子がどうして、
「それは、おばさんの為で……」
「間違ってはいないわ。正解でもないけど」
数秒の沈黙が続き、少女が答える。
「あの子は、
「──ッ」
「
知らなかった。みらいがそんなに思い詰めていたなんて……。昔、何度か演じるのを止めさせようとした時があったが、頑なにお母さんの為だと、首を縦に振らなかった。その気持ちを汲んで、それ以降は止めようとは思わなかったが、そうか……本当は俺に
「ありがとう、みらいの事を教えてくれて。昔から
「分かったのなら、もう
「忘れられる訳ないだろ。今の俺があるのは、
「ちょ、名前呼ばないでよ! ……ま、いっか。頑張りなさいよ祐。
ポンっと小さい手で、背中を押された。
「任せろ」
俺は振り返らず、真っ直ぐに走っていく。
いつの間にかあの公園に、着いていた。そこには現実とは違いみらいではなく、黒い犬──いや、狼の姿をした悪魔がいる。
「みらいの心でも食って、成長でもしたのか」
「■■■■■■■■!!」
叫び声とは思えないほどの異質な音を響かせ、俺を殺そうと突っ込んでくる。その形相は、縄張りに侵入した獲物を狩る、獣そのもの。
俺一人だったら、みらいの心ごと俺も食われて、死んでいたかも知れない。でもな、俺は一人じゃないんだ。
「悪いな。お前の相手は俺じゃなくて、現実にいる
空から、悪魔を捕らえようと光の鎖が伸びてくる。一手、二手と避けるが、三手目で左手後ろ脚が捕まり、そのまま身体ごと鎖が巻き付けられる。
「■■■■■!?」
『良くやったなユウ。これで悪魔を、ミキから引き離せるぞ』
頭に直接響く、リアラの声。この鎖は、リアラが作り出したもの。公園に向かう途中、リアラと取り決めていた作戦だ。俺とみらいの心を心願の矢で繋ぎ、それを触媒に使って強力な鎖を作る。その鎖なら、悪魔をみらいの心から引き剥がす事が出来ると。
「上手く行って良かった」
鎖に繋がれた悪魔は、空へと引き上げられていく。このまま現実に、引き戻されるんだろう。そっからはリアラの仕事だ。後は任せる。
パリッ! と目の前の風景に亀裂が走る。悪魔がいなくなって、この空間は必要なくなったんだろうか。
「こんな、意味の分からない状況だったけどさ、
崩れゆく世界で、俺は一人呟く。
「ずっと助けてくれて、ありがとう。俺の不甲斐なさに怒ってくれて、ありがとう。背中を押してくれて、ありがとう。最後に……」
あぁ、言いたくないな。でも、今しか
「一番大切な友達になってくれて、ありがとう」
この言葉がトリガーだったかのように、世界は光に包まれた。
※※※※
目を開けるとそこには、俺と同じく地面に横になっている、みらいの姿が見える。服装は、蒼いドレスではなく、家にいた時のパジャマの姿だ。
立ち上がり、地面に横たわっているみらいを、せめてベンチにと、移そうとすると。
「ユウゥゥゥゥ! 起きたなら助けてくれぇぇぇぇ!!」
公園にある芝生あたりから、リアラの叫び声が聞こえた。
みらいの心の中にいた悪魔は、黒い狼の姿をしていたが、今は最初に見た犬だった頃よりも、更に小さくなっており、リアラを追いかけ回している。
あれじゃ、子供が子犬と遊んでる風にしか、見えないな。
「さっきの鎖で、捕まえられないのか?」
「無理に決まってんだろ!! 私一人の力じゃ、鎖なんて──んあっ……!?」
足が芝生に取られ、身体のバランスを崩してしまった。そのチャンスを悪魔は逃すかと、鋭い牙を立て、リアラに飛びつこうとする。だが、その牙が届く事はなかった。
「ギャンッ!」
地から溢れ出す、光の柱。光が悪魔を飲み込んだと思った時にはすでに、塵となっていて跡形もなく消えていた。
「お姉ちゃん……?」
「さっきの光、凄かったな。あんな事も出来るのか」
「私じゃねぇ! もしかしたら、お姉ちゃんかも知れない。近くに誰か見なかったか!?」
辺りを見渡すが、俺達以外の人はいなかった。そもそも、結界が貼られていて、公園の外にも人っ子一人……。あれ?
「子連れの人が、公園に入ってきた」
「マジか……。知らない内に、結界も無くなってやがる」
結界の有無は俺には分からないが、どうやら消えているらしい。
「はぁ……。やっとお姉ちゃんを見つけられたと思ったのに、もう何も感じなくなっちまった。まぁ、ミキを救えたし、良しとするか!」
「リアラ、助かったよ。お前が来てくれなかったら、どうなってたか……」
「気にすんなよ、私達の仲だろ。それでミキの様子はどうだ?」
「まだ、目は覚めてない」
ベンチの上で、可愛く寝息を立てて眠っている。
「……このシチュエーションは、アレが出来るな!」
「アレって……?」
「サンブルであっただろ! 莉菜ちゃんがうたた寝しちゃった所に、主人公が来て膝枕する、あのシーンだ!」
あったな、そんなイベント。確か莉菜が、主人公の事を悶々と考えてる内に、いつの間にか寝ちゃって、それを見た主人公が、無用心なヒロインを困らせようと、膝枕するんだよな。
「つまり、みらいに膝枕を……」
「そうだぞ! 莉菜ちゃんだって、起きた時すごい喜んでたし、ミキだってきっと嬉しいはずだ!」
あれは喜んでたっていうか、羞恥心に悶えてただけだと思うが。
でも、そうだな。伝えたい事もあるし、起きるまでなら、膝枕ぐらいしてあげよう。
ベンチに座り、聞こえていないだろうが、みらいに一言断りを入れた後、頭を膝の上に乗せた。
「私はお邪魔だろうからな、近くにお姉ちゃんの痕跡がないか見てくる!」
俺達に気を使ったのか、そう言ったリアラは、遊具がある方へ走っていった。
ここには今、俺とみらいしかいない。膝上にある、確かな重みと温かさ。いつも後ろで束ねている髪はほどいてあり、少し大人っぽく見える。頬は微かな朱色に染まっていて、胸を上下に動かし、小さな口から吐息を零していた。
「なぁ、俺みらいに大事な話があるんだ。だからさ、早く起きてくれ」
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