第5話 帰り道
「まさか、リアラの家が祐と同じマンションとはね。しかも二階上なんて」
下駄箱から靴を取り出し、みらいが呟く。俺も驚いた。どのぐらい驚いたかというと、誰かの陰謀が絡んでるんじゃないかと、思うぐらいには……。
陰謀って何だよ。
「ほんとですよね。こんな偶然みたいな事があるだなんて」
「分からないぞ、白河。これは何者かの陰謀だと俺は睨んでいる」
俺達はそんな、たわいもない話をしながら、学校を出る。辺りはもう完全に暗くなっているが、運動部の連中はまだ部活を続けるのか、校庭に数人はいた。
「つか、まじでちょうどよかったわ。こんな紙切れに書いてある住所見ても、どこにあるか分からなかったからな。ユウに付いていけば自然と着くわけだ」
「そっか、リアラはここに来て、一日ぐらいだしね。何がどこにあるか分からないだろうし、週末案内してあげるわよ」
「お、本当か! 右を見ても左を見ても分からない事だらけだしな、助かる」
そこで、みらいが白河や九重先輩にも声をかける。
「夏帆と千明君も、予定が空いてたらで良いけど、週末どう?」
「すみませんが、わたくし週末は予定があってお断りさせて頂きます」
「僕も週末は、友達のお見舞いに行くので……」
「そっか。じゃあ週末は、わたしとリアラと祐だけね」
九重先輩はきっと家の事情なんだろう。今日だって、お家騒動に巻き込まれたくなくて、一日早く登校したとか言ってたし。
白河は言っている通り、友達のお見舞いか。俺はその子に会った事はないが、友達が長い間、入院しているらしく週に数回、お見舞いに行っているらしい。早く良くなってほしいと、心から思う。
てか、さらっと俺が行く事、確定しているんだが。
「俺行くなんて、言ってないぞ」
「じゃあ、行かないの?」
「……いや、行かないとも言ってない」
「だよね。祐ならそう言うと思ったわ。わたし、祐の事なら何でも知ってるからね」
「……………」
何でも知ってるから、か……。俺はみらいの事をどのぐらい知っているのだろうか。みらいとの付き合いも結構長いけど、何でも知っているかと聞かれると、答えられない。
「それじゃ、週末開けておいてね。予定とか入れちゃダメよ」
「あぁ、分かってるよ」
そんな事を考えても仕方ないと、俺は思考を切り替え、みんなとの雑談に耳を向ける。
しばらく歩いていると、曲がり角が見えてきた。ここで、白河と九重先輩とは別れる。
「それじゃ、僕達はここで」
「それではまた、明日」
「うん。二人共また明日ね」
白河が手を振り、九重先輩は頭をちょこっと下げ、曲がり角を進んでいった。みらいは手を振り見送っている。
「そっか、チアキとカホの家はこっちなんだな。後で行ってみたい」
「千明君の家には行ったことないけど、夏帆の家は行った事あるわよ。武家屋敷って言うのかしら? 和風建築でね、すごい広いのよ」
「白河の家の方は俺が行った事あるぞ。二階建ての一軒家だった。しかも庭付きのな」
「二人の家も、後で絶対に行こう! 今は私の家がどんなもんなのかを、見なければ」
「悪い所ではないから安心してくれ。俺も一人で住んでいるが、不便だと思った事は今の所はない」
元々両親が、仕事部屋として使っていたんだが、高校生になった時、住んで良いと許可を貰い、今はその部屋を使わせてもらっている。
「とりあえず帰るのは、みらいを家に送ってからな」
「送ってくれなくても、大丈夫よ」
「ダメだ! もう七時も回ってるし、辺りはもう真っ暗だ。もし、
「祐……。呼び方変わってるわよ」
「……ッ! ごめん……」
「ううん。謝る事ないわ。それじゃ、お言葉に甘えて、家までエスコートしてもらおうかしら」
みらいが手をこちらに出してくる。手でも繋いで、帰ろうって事か? いや、その方がいいか。守れる範囲にいてくれた方が俺も安心できる。
そこで、俺がみらいの手を取ろうとして。
「お前達って付き合ってるのか?」
そんな言葉が横から届いてきて、俺は反射的に手を引っ込めてしまった。
「い、や……」
「あはは、付き合ってないわよ。わたしは祐の事好きなんだけどね。祐にはわたし以外に好きな子がいるみたいなの」
「へぇ。ユウお前好きなひとがいるのか。私の知ってる奴か? もしかしてカホとか──」
「どうでも良いだろ! ほら行くぞ」
俺はリアラの話を強引に切って、みらいの手を取り、歩き出す。手を掴んだ瞬間、みらいの顔が驚いたような表情をしてた気がするが、一瞬だった為、俺の気のせいだったかもしれない。
しばらく、リアラの言葉の猛攻が続いたが、俺が無視を決め込んでたおかげか、途中から話題が変わり、みらいと雑談を始めた。
「確か、この辺でミキと会ったんだよな」
「そうね。あの時は驚いたわ。いきなり空から降ってくるんだもん。買ってきたアイス落としちゃった」
そうか。この辺でみらいは、リアラと出会ったのか。周りは電柱とアスファルトの道ぐらいしかない為、ここは人通りも少ない。それに出会ったのが、夜だって話だし、リアラが降りてきた所をみらい以外に、目撃された可能性は低いか。
……うん?
「なあ、あそこの地面抉れてないか? バリケードテープまで貼ってあるし」
何か重い物でも落としたのか、テープの中心には一部アスファルトが抉られたかのように、ひびが割れていた。
「あぁ……それね」
「私が落ちてきた時に、できたものだな。結構痛かった」
「お前かよ! 誰にも見られてないよな?」
「ミキには見られたぞ」
「みらい以外の人にだよ……」
「多分誰にも見られてないはずよ。夜だったから絶対とは言い切れないけど、周りに人いなかったし」
リアラの変わりに、みらいが答える。
それなら良いんだが、見られてたら警察とか呼ばれてめんどい事になりそうだし、この辺人通りが少なくて良かった。
「早くこの場から離れるか。誰かに怪しまれてもあれだし」
「賛成。それに、そろそろわたしの家にも着くしね」
ここから、そうかからない内にみらいの家に辿り着いた。みらいの家に着いたという事は、隣にある俺の実家にも着いたわけだが、家には電気が付いていない為、誰もいない。両親共々会社に泊まり込みなんだろう。いつもの事だ。
「ここまで送ってくれてありがとね。祐もリアラも気をつけて帰るのよ」
「あぁ。また明日な」
「おう。じゃあなミキ。それと昨日の晩は世話になったな、そこの倉庫」
リアラが玄関から顔を覗かせ、物置部屋にも別れの挨拶を告げる。
それを形容しがたい感情で眺めていると、繋いでいた、みらいの手が、俺から離れていくのが分かった。さっきまであった手の温もりに、若干の寂しさを覚えつつ、俺は未だに物置部屋と語っている? リアラに声をかける。
「何を無機物に話かけてるんだ……。ほら帰るぞ」
「おう、これでようやく家に向かえるな」
俺達は、来た道を戻り自分達の家へと向かった。みらいの家から俺が今住んでいるマンションは反対方向にあり、少し距離がある。
抉れたアスファルトまで戻ってきた所で、ふと電柱の方から気配を感じた。
「ん? 何かいる」
視線を電柱に向けると、黒い犬が黄色い目をギラつかせ、こちらを見つめているのに気づいた。
なんだ犬か、良かった、こんな夜中に知らないオジサンに見られていたら、それ相応の対応を、しなきゃいけないしな。
「何がいたんだ?」
「あぁ、そこに犬が……。あれ?」
一瞬目を離した隙に、犬は影も形もいなくなっていた。走ったりしたら少しは足音が聞こえてくると思うんだが、そんな音はしなかった筈だ。
「犬なんていないじゃないか……。はっ! まさか私を怖がらせようとしたな! 言っておくが、幽霊とか非科学的な事には、怖がらないからな!」
非科学的って……天使であるお前が言うなよ。まだ、幽霊の方が存在してるって信じられるわ。
「そうか。それじゃ中間試験が終わったら、近くにある遊園地に連れて行ってやる」
「遊園地! ラブコメ作品で絶対と言っていいほど出てくる、あの場所にか!?」
「あぁ、その遊園地にだ」
「最高かよユウ!」
リアラは何も知らずに、すごい喜んでいる。だけど俺が言った遊園地は、ホラーアトラクションに力を入れており、
「今から楽しみだな!」
「ほんとにな」
リアラとは別の意味で、楽しみな俺であった。
※※※
人通りの少ない道を抜け、繁華街に出る。さっきまでとは違い、街灯はもちろん、車のライトや人々の喧騒が溢れかえっていた。この繁華街を抜けた先に、俺の家はある。
「そういや、リアラの姉ってどんな人なんだ?」
「んあ? いきなり何だ」
「雑談部に入る代わりに、リアラの姉を探すのを手伝うって、みらいが言ってたろ? だから、どんな人なのか聞いておこうかと思って」
「なるほどな。まず、お姉ちゃんはすっごくかっこいい! 天使には階級があってな、その中でも一番上の最上級天使なんだ」
姉の事を語っているリアラは、まるで自分の事のように、誇らしげに俺に話してくれた。
「悪魔達にだって、一歩も引かずに立ち向かって、傷つきながらも私達を守ってくれる、自慢のお姉ちゃんなんだよ!」
「もう、何言われても驚かないけどさ。悪魔もいるんだな……」
「天使もいるんだから、悪魔だっているだろ。っと言いたいところなんだがな、元々はこの世界で生まれたわけじゃないらしいんだ。よく知らないけど」
「へぇ。それで悪魔って、この街にも現れるのか? 俺は見た事ないが」
一応こういう事は聞いといた方が良い。今まで悪魔なんて見た事がないが、天使が目の前に現れたんだ。悪魔だからって例外では無いはず。
「そうならない為に、尖兵隊がいるんだ。今頃
「尖兵隊がどのぐらい凄いのかは、俺には分からないけど、隊長の地位に居たって事は、信頼されてるんだなとは分かる。じゃあ、その悪魔との戦いで行方不明になったのか?」
「いや、違うと思う。って、流石にこれ以上喋るのはまずい気がする! こんなにこっちの事情を喋ったなんて知られたら、パパに殺されちゃうしな」
ハハハと他人事のように笑うリアラ。結構重大な事を、ペラペラと喋っていたが、大丈夫かこいつ。
「それじゃ、せめて姉の容姿ぐらい教えてくれ。それが分からないんじゃ、探すにしても探せないしな」
「それもそうだな。えっと、目がキリッとしてて、銀髪の髪を腰まで伸ばしていてな、何より胸がなミキほどじゃないけど、デカいんだ!」
目つきや、髪の特長より、胸のデカさを大々的に言いやがった。さぞ、リアラの姉はこんな妹を持って苦労したに違いない。もしかして、リアラから離れる為に、行方をくらませたんじゃなかろうか。
「なるほど。特徴は分かった。だけどな、こんな人通りが多い場所で、胸がデカいとか言うなよ」
さっきの発言で何人かは、こちらを見てたぞ。まったく……。
「お、おう。確かにな……」
周りの目線に気づいたのか、リアラの頬は少し、紅く染まっていた。
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