第1話 雑談部に天使が入部する

 ゴールデンなウィークが終わり、再び始まる学園生活。俺、臼杵うすきゆうは早朝、部室に向かっていた。朝練がある運動部ではなくバリバリの文化部でだ。しかも、雑談部とかいう学園になんもメリットが無い部活なのである。一年前、俺の幼馴染であり雑談部の部長である己ノ瀬みのせ未来みきと副部長である九重ここのえ夏帆かほ先輩が創設したらしいが、詳しい事情は知らない。よく学園側に雑談部の創設を認めさせたものだ。   


 で、何でそんな部員が早朝に部室へ向かっているかというと、部長に呼び出されたからに他ならない。昨日スマホに届いた一通のメッセージ、『部活メンバー朝六時三十分に部室に集合!』とグループチャットに送られて来たのだ。


 朝が弱い俺には辛い……。


 部室の前に辿り着き、扉を開けると、すでに一人来ていた。三年の九重夏帆先輩だ。一人椅子に座りながら本を読んでいる。ちなみに呼び出した部長の姿はない。


「おはようございます。九重先輩」


「あら、まだ六時になっていないと言うのに早いのですね、祐さん」

 

 読んでいた本から目を離し、優しく微笑んでくれる。長い透明感がある優しいベージュ色の髪に、綺麗な顔立ちの美少女だ。何故か、肌はほんのり上気している。


「まぁ、俺朝弱いんで、二度寝しないように早く家出たんですよ。そういう九重先輩も早いですね」


「早いと言う訳ではありません。わたくし昨日からここに居たので、実はさっき目が覚めてシャワーで浴びたばかりです」


「あはは、九重先輩も冗談言うんですね。昨日までゴールデンウィークで学校休みじゃないですか」


「冗談ではないですよ。昨日の九時ぐらいからここ来て、本を読んでいましたから」


 なるほど、昨日からある理由は分からないけど、肌が上気していたのは、シャワーを浴びたからか。


「そ、そうなんですか? 何でまた休みの日に学校に?」


「そうですね。お家騒動に巻き込まれたくなくて、避難という名目で一日早く登校しました」


「お家騒動って……」


 九重先輩は、裕福な家の子供らしい。よく知らないが、何でもこの世界の半分を牛耳っているとかなんとか。どこかの魔王と手を組んでいるのかな……。


 立ちっぱなしもあれなので鞄を机に置き、自分の椅子に座る。これ以上読書の邪魔をしないように、スマホの音量をゼロにし、ネットサーフィンを行う。


 しばらく無言が続いた頃、ガラガラと扉が開いた音が響いた。目を向けると、可愛い顔に眼鏡をかけた男子が入ってくる。名前は白河しらかわ千明ちあき、俺を除けば、唯一今年入部した部員だ。遠目から見たら女の子にしか見えん……。


 白河は部室をキョロキョロ見回すと、ははは、とため息をつく。


「臼杵君と九重さんだけなんだね。呼んだ部長が一番最後?」


「千明さん、未来さんはいつもこんな感じなので、慣れないといけませんよ。本人は直す気がないようですし」


 ため息を付きたくなる気持ちも分かる。朝早くに呼び出された上に、もう六時二十分だ。まだ三十分になってないとはいえ、十分前に来てないのはどうかと思う。俺は昔からの付き合いなので慣れっこではあるが。


「ある意味部長の器ですよね。とりあえずダージリン淹れようと思うけど、二人共飲む?」


「はい。お願いします」


「俺もよろしく」


 白河は頷き、ティーセットが置いてある、場所に向かう。なんとこの白河は、紅茶大好き男子なのである。自前のティーポットと茶葉を持ってきて、紅茶を振る舞ってくれるのだ。


 紅茶の作り方を聞いた事があるんだけど、色々な用語があって、驚いたのを覚えてる。


 数分後、白河がガラスで出来たカップを三つトレイに乗せて、俺たちの前に置く。カップがガラスで出来ているおかげで紅茶の色がよく分かる。


「ありがと、白河の紅茶はいつ飲んでも美味しいからな」


「お世辞は大丈夫。僕じゃなくたってこの味は出せるから」


「あらあら、ご謙遜を。わたくし紅茶を飲む機会はそれなりにありますが、千明さんの淹れた紅茶はそれに劣りませんもの」

 

 九重先輩の言葉に、白河が少し照れたように顔を背ける。九重先輩は金持ちのお嬢様だし、プロが淹れた紅茶とかも飲むのだろう。その先輩がそれに劣らないと言ったのだ、嬉しくならない訳がない。


 ありがとうございます、と白河が呟き、席につく。


 俺も冷めないうちに飲まないとな、と一口含む。うーん美味い。


 紅茶を飲み、リラックスしていると、廊下からドタドタと誰かが走っている音が部室の中にまで聞こえてきた。


「待たせたわね! 部員諸君!」


 扉を勢いよく開けようやく、呼び出した張本人が登場した。部長である、己ノ瀬みのせ未来みきだ。黒い長髪をポニーテールにし、凹凸のある抜群のスタイル。九重先輩とは違う意味で、男子の目を釘付けにしそうだ。そして名前は、未来と書いてみきと読む。だからと言う訳じゃないが俺はと呼ぶことにしている。


「ほんとだよ」


「ほんとですね」


「ほんとですよ」

 

 俺たち三人は、この瞬間心が通じ合ったかのようにハモった。


「いやほんと、ごめんごめん。ふぅ、走ってきたから喉が乾いちゃった。千明君、わたしにも紅茶ちょうだい。砂糖は三つね」


 呆れた目を向けながら、律儀に紅茶の準備を始める白河。紅茶の事になると、どんな状況でも真剣に対応するんだよな。


 みらいが自分の席に座り、腕を胸の前で組むと、今日、早朝に呼び出した理由を話し始めた。


「みんな、久しぶり。早速だけど今日呼び出したのは、重大な話があるからよ」


「こんな朝に呼ぶほど、大事な話なのか?」


「えぇ、これは雑談部にも関係がある話だからね」


 ここで、紅茶を淹れた白河が戻ってきた。紅茶をみらいの前に置き、自分の席に戻っていく。


「ありがと、千明君。うん、いい香り」


 紅茶を一気に飲み干し、話の続きが始まる。


 紅茶と白河の為にも、もうちょっと味わって、飲んであげて……。


「えっと、どこまで話したっけ?」


「雑談部に関係があるって言っただけで、ほとんど話してないだろ……」


「そうだったわ。それで、昨日の夜コンビニに向かおうと、歩いてたんだけど……」


 うん。この話、重大どころかどうでも良い内容かもしれない。昨日、みらいがコンビニに行った話に雑談部の関連性が何一つ見えてこない。九重先輩は聞いていないのか、本から目を全く離さず、白河は、苦笑いをしてる始末だ。それに気づいていないみらいは話を続けている。


「空から、天使が落ちてきたのよ!」


「……は?」


 何を言っているんですかね、この子は……。今の衝撃発言で、ずっと本から目を離さなかった、九重先輩もみらいに目を向けてるし、白河に至っては無表情になってるよ。


 少し沈黙が続いた為、代表して声をかける事にした。


「それは、昨日見た夢の話か……?」


「そんな訳ないじゃない。ふざけてるの?」


「…………」


 完全否定な上に、ふざけてる呼ばわりだ。やってられん。


 すると白河がおどおどと手を上げる。


「あの、部長。て、天使が落ちて来たってどういう事ですか? 鳥と見間違えたんじゃなくって……?」


「わたしが、翼が生えてる人とその辺に飛んでいる鳥を見間違えるとでも?」


「い、いえ……」


 それ以降、千明は黙ってしまった。お前はよく言ったよ、こんな虚言に。


 続いて、九重先輩も読んでいた本を膝に置いて手を上げる。

 

「未来さん。その話が本当だとして、落ちてきた天使はどうなったのですか?」


「いい質問ね、夏帆。実は連れて来ているのよ。それじゃ、さっそく登場してもらうとしましょうか」


 パチっとみらいが指を鳴らすと……別に何か起こった様子はない。


「ちょっと、話と違うじゃない!」


 みらいは扉に向かって、声を荒らげている。もしかして、廊下にずっと立たされているのか? だが、扉の先から返答が返ってくる様子はない。


 痺れを切らしたのか、みらいが扉を思いっきり開けた。


「リアラ! わたしが指を鳴らしたら入って来てって……うん?」


 みらいが首を傾げる。確かに扉の前には庭雲学園の制服を着た人がいた。だけど、うつ伏せで倒れていたのだ。尚、みらいが言うように、背中に翼が生えているという事はない。普通の背中だ。


「ど、どうしたのリアラ! 誰にやられたの!」


 リアラと呼んでいる子を腕に抱き抱え、必死に倒れていた理由を聞き出そうとしている。


「うぅ……」


「リアラ、大丈夫?」


「だ、大丈夫な訳あるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 みらいを押し退け、すごい勢いよく飛び上がった。思ったより元気そうだな。


「くそぉ……。昨日から散々だ! 久々に翼を使って飛んだせいで、操作を見誤って落ちるわ、落ちた先にいたミキに『わたしの家に来る?』って誘われて着いて行ったら、外にある物置小屋に案内され、一晩過ごすハメになるし、朝、今日からこの学園に通うからクラスメイトへの挨拶考えてたのに、いきなりやって来て学園まで全力疾走させられるわで……。もう……現界いやーーーーお家帰りたーーーーい!」


 何か、すごい号泣している……。その姿を見ていると、いたたまれない気持ちになってくるのは俺だけなのだろうか? みらいに変わって謝りたい気分だ。


「あぁ……その、なんかスマン」


 俺は手を合わせて、謝る。


「スマンで済むかぁぁぁぁ!! てか、誰だお前!!」


「まずは自己紹介からだな。俺は祐。臼杵祐だ。そっちに座っている、眼鏡をかけた男は白河千明で本を持っているのが、九重夏帆先輩だ。知ってそうだけど一応、そこで腕を組んでいるのが、己ノ瀬未来」


「ユウ、チアキ、カホ、そして鬼畜のミキか……。私はリアラ。覚えておけよ、ぐすん……」


 自己紹介を済ませて、とりあえずリアラを俺の椅子に座らせる事にした。泣いている女の子を地面に座らせてるのもアレだし……。

 後ろで鬼畜? とか言っている部長はほっとく。


「それでえっと、みらいが言ってたんだけどリアラは、天使なの?」


「見ればわかるだろ。私こそ、天宙界の下級天使にして、唯一の引きこもりのリアラだ!」


 ふふんと無い胸を張っているが、誇りに思う事では無いと思う。


「うん? 未来に聞いたって、ユウは未来人なのか? この先に起こる事象を全て把握してるっていうのか!」


「いやいや、俺にそんな特殊能力はないから。みらいって未来みきの事。昔から、そう呼んでるだけだ」


「ふ〜ん。ま、どうでもいいか。それで、私なんでここに連れてこられたの? さっぱり分からんのだが? 校長室に用があるから案内してくれ」


 キランとみらいの目が光り、リアラの肩に手を乗せた。


「部員諸君! これが早朝に集まってもらった理由よ! リアラを雑談部に入部させるわ」


 また、唐突に……。


「何言ってんだ。部活なんかやってる暇ないんだけど! 私はお姉ちゃん探して、とっとと天宙界に帰るの!」


「そんな事言ってもいいのかな? もし雑談部に入ってくれないならリアラの正体を全校生徒に暴露するけど?」


「な、なんか脅されてるんですけど! すごいデジャヴ感」


 オロオロするリアラ。うぅ……と手を頭に当てて悩んでいる。


「ここにいる四人だけならともかく、その他大勢にバレるとなると、さすがにパパ、キレるよな……」


「今ならリアラのお姉さん探しの手伝いと、千明君の紅茶と夏帆が持ってくるお菓子も付けるわよ」


「よし! 入部するわ。入部届持ってきて」


 即決だった。え、紅茶とお菓子に釣られたのこの天使。


「あ、あの、リアラさん……」


 リアラが来てから静かだった、千明が声をかける。


「なんだ、チアキ?」


「部長とリアラさんの話に、出てきた翼の事なんだけど、見た感じ生えてるように見えないというか……」


「それ、わたくしも気になりますね」


 ここぞとばかりに九重先輩も食いつく。


「そりゃ、現界人においそれと翼を見せるわけにはいかないからね、隠してるわけ。下級天使でもこのぐらいは出来るからな」


 次の瞬間、バサっという音と共にリアラの背中から、翼が現れた。たけど。


「うーん……。想像してたより」


「小さいですね」


 背中に出現した翼は、天使のコスプレとかで使われている翼よりも小さいものだった。


 作り物と大差ないな。


「え? 何? 私、喧嘩売られてるの? それなら買うぞ。シュッシュッ」


 シャドーボクシングをしながら、こちらを威嚇しているが、見た目が幼すぎて、あまり怖くない。


「いえ、そういう訳ではないのですが……。えい!」


 不意に、九重先輩がリアラの翼を掴み、羽根を一枚一枚丁寧に触って確認し始めた。


「ギャアァァァ、急に触んな! ただでさえ少ない羽根が抜け落ちるだろうがぁー」


「大丈夫ですよ。わたくしそのようなヘマは致しません」


「じゃ! わたしも触る! 昨日からずっと触りたかったのよね」


「僕も、触って良いですか?」


 俺を除いた三人がリアラの翼に群がって、わしゃわしゃと触っている。リアラはすごい嫌そうな顔をしてるけどな。

 しょうがない助け舟を出してやるか。


「三人共、リアラが困ってるからほどほどにな」


「分かっていますよ。それにもう、確認したい事は終わったので十分です」


「えー、わたしはまだ触り足りないけど?」


「あはは……。そろそろ離しましょか、部長」


 リアラの翼から三人が手を離す。


「その翼、見た目は作り物っぽさがありますけど、確かに本物でしたね」


「当たり前だろ! 本物の天使なんだから! それはそうと、羽根一本も抜けてないよな?」


 羽根が落ちてないか、地面を満遍なくリアラ。

 本人も、翼が小さい事気にしてるんだな。


「よし、落ちてないな。これで一本でも落ちてたら、世界滅ぼすところだったぞ!」


 ふぅ〜。と安心したかのように息を吐いていた。

 そのタイミングでみらいが、パンパンと手を叩く。


「はい、そろそろ時間だし、これにて雑談部の緊急招集は終了! みんなにリアラを紹介できて良かったわ! それじゃ、わたしは、この子を校長室に案内してくるから、また放課後にね」


 と、言い放ちリアラと共に、みらいは校長室に向かった。

 そして残された俺達。


「まさかの話だったな」


「そうですね。天使を連れてくるなんて、思いもしませんでした」


「知り合って一ヶ月ぐらいですけど、部長って色んな意味で、すごい人だなって思いましたよ」


 幼馴染である俺はもちろん、一年付き合ってきた九重先輩も同意するように、首を頷いた。


「さて、飲んだカップを片付けて教室に戻るか」 


「僕がやっておくから、二人は先に戻ってて良いよ」


「そういう訳にもいかないだろう、白河には紅茶を振る舞ってもらってる訳だしな、洗うのぐらい自分でやるぞ」


「そうですよ、千明さん。それにわたくし、人に押し付けるのはあまり好きじゃありません」


 九重先輩が立つとカップを持ち、部室内にあるシンクに向かった。


「ま、そういう訳だ。みらいのは……俺が洗うか」


「う、うん。ありがとう」


 こうして、衝撃的な出会いがあった朝の部活は、終わりを迎えた。

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