第2話 恋する乙女
1500年代
北信愛が生まれた時代は、体制が崩れ、下克上が当たり前に起こる世だった。
その始まりは、応仁の乱(1467年)にまで遡る。
中央の権威は地に落ち、地方の武士や国人たちが力を伸ばし始めていた。
やがて、この流れは1582年の「本能寺の変」に象徴されるように、日本全土を覆う戦乱のうねりへと変わっていった――。
時代はもはや血筋ではなく、どれだけ強いかで動いていた。
その強さは、ただ剣を振るう力だけではない。
確かに個としての力も大切だ。
だがそれ以上に大切なのは――どれだけ“縁”を広げられるか。
なぜこうした世が生まれたのか
中央の力が衰え、地方の武士たちはそれぞれの土地を守るため自ら政治を行った。
兵を動かしまるで独立した国のように振る舞い始めた。
もちろん、それだけが理由ではない。
これから語るのは、そんな乱れ乱れる戦乱の世に生きた一人の武将――
北信愛がなにを見て、なにを信じ、なにを残したか。
もしも、という名の過去に想いを馳せながら、今ここに綴ろう。
そしてこれから綴るのは冒頭に話した時代が荒れたことにより生まれた呼ばれる集団と北信愛という遅咲きの英雄の物語
“国人”とは何か。
それは、鎌倉時代末期に生まれた“悪党”と呼ばれる集団の末裔たちである。
悪党とは、幕府や荘園領主に抗い、自らの土地と権利を守ろうとした武士や農民のこと。
やがて彼らは時代を経て地に根ざし、地域を治める“国人”へと姿を変えていった。
中央が乱れ、秩序が崩れた時代。
彼らこそが、新たな秩序を作り出す存在となっていったのだ――。
大切な人を守るために生きた者がたくさんの人を守るために国を築いたそんな話し
そんな時代の堅苦しい話はこれで終わり
そして、菜那知が死ぬ前に戻ろう。
この山間の道では、今も昔も落石や土砂崩れの危険が絶えない。
戦乱だけでなく、自然もまた人々を脅かしていた。
少しの雨で山肌が崩れ、旅人が命を落とすことも珍しくなかったという。
竹林の間を歩く菜那知の足元で、落ち葉や小枝がかさかさと音を立てる。
山の斜面から吹き下ろす風に、木々のざわめきが混ざり、心をざわつかせる。
そのとき――頭上で重い岩がごろりと音を立てて転がった。
菜那知は反射的に振り返る間もなく、影が覆いかぶさるのを感じる。
「きゃっ――!」
心臓が跳ね上がる。手を伸ばすが、間に合わない。
地面が揺れ、石の衝撃が迫る。逃げる足ももつれ、絶望が胸を押しつぶす。
その瞬間、背後から頼もしい声が響く。
「菜那知、しっかり掴まれ!」
北信愛の体が疾風のように駆け抜け、身を翻す。
岩の落下に合わせて伸ばされた手が、菜那知の体を受け止めた。
衝撃と共に二人の体がぶつかり、竹と土の匂いが入り混じった空気の中で、菜那知は息を詰めたまま北信愛の胸に抱かれる。
岩は地面に当たり、土埃が舞い上がる。
「だ、大丈夫…?」
北信愛の声は震えていたが、そこには確かな強さがあった。
菜那知は胸に手を当てなんとか呼吸を整える。
心の奥で熱い感情がゆっくりと芽生えているのを感じた。
「彼はやはり…強い」
友として尊敬していたはずの彼
でも今は違う。
胸の奥が熱く苦しい。
彼の声が甘く聞こえる。
じぶんの心臓が切なく波打っていた。
幼いころただ羨ましくて妬ましかった存在。
その感情が今、自分でも驚くほど深く濃く異なる色を帯びている。
「…好きだ」
友達としてではなく、異性として
菜那知は小さな声で自分自身に告げた。
誰にもいえないがゆえ誰もその気持ちを知らない。
胸の奥の秘密をはっきりと自覚した瞬間だった。
山の風が静かに吹き抜け竹林がざわめいた。
その音だけが彼女の胸の鼓動を知っていた。
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