戦国武将・北信愛

山田空

嵐の夜の轟く雷鳴

北致愛

第1話 名無し

誰かを殺してこそ英雄


命を尊ぶ者など本来いてはいけない。


だが、そんな時代にも命を守るために戦った者たちがいた。


そんな可能性があったならというだけの話し


北信愛という誰かを守るために生きた武将がいたならと


1523年、北致愛のもとに一人の男が生まれた。


後に17で家督を継ぐこととなる北信愛である。


後の世に名を刻むこととなる英雄なり。


そして、北信愛は仁義と愛を大事にしたという。


だがそんな彼はまだ幼く英雄の影もあまりない。


「僕は親父殿のようにはなれない…」


幼い彼はそう思いながら、今日も剣を振った。


竹の稽古場に、汗と緊張が混じる。


竹の葉がざわめき、風に乗って遠くから家臣たちの声が届く。


刀の重みが、少しずつだが彼の心に義の感覚を刻んでいく。


その日、稽古場に一人の少女が現れた。


その名は菜那知(ななし)


後世に名を残すことの出来なかった名無しである。


菜那知と北信愛は友達となるがまだ出会った当初は仲良くはなかった。


菜那知はなぜか彼に対して当たりが強かった。


その事を勇気を出して聞いてみた。


「なんでそんなに冷たいんだよ」


「あなたにはどうせわからない


あなたは武士の息子だから歴史に名を残せる可能性がある。


でもあたしはなんにもない平民だ。


気にくわない羨ましい


なんであんたなんかがってずっとずっとおもってた」


そのことばに僕は答えられなかった。


「あたしは親もおらず偉い身分でもなく夢もなく才能もなにもない


あなたには一生わからない」


僕はそう冷たくいい放たれ少しだけ落ち込む。


でも彼女の言葉はもっともだった。


戦国の世では名を残せぬ者は死んだも同然——そういう価値観のある時代だったから


でも僕は気持ちをぶつけ合いたいがゆえにこうことばにした。


「なら決闘しよう」


それは戦というには子どもすぎる。


だが遊びというには苛烈な気持ちの良い戦いだった。


その日を境に2人は気持ちをぶつけ合い友となった。


菜那知は民でありながら、武士の息子である北信愛とふとしたことで仲良く遊ぶ仲になった。


それは本来あり得ないことだと2人はわかっていた。


民と武士の子どもが出会い気持ちをぶつけ友となるなんて


竹林の間を駆け回り、落ち葉や枝を集めて小さな「戦」を繰り広げる。


だが、遊びの最中に遠くで家臣の怒号や矢音が響くこともあった。


戦国の世は、幼い子どもにすら油断を許さない。


もちろん武士の息子であるじぶんがこうして遊ぶのはよくないことだとわかっている。


それでもこの時間が続けば良いのにと思うのはダメなことなのか


そして、その事を菜那知も思ってくれていたらと思うのはいけないことなのか


だから嬉しかった。


「ねえあたしずっとこんな時間が続けば良いのにと思うわ」


菜那知にそういわれて動揺しながらも頷く。


だって同じことを思っていたなんてなによりも耐え難く嬉しい出来事だったから


それが叶わぬことは幼き身にもわかっていた。


きっと菜那知も


だが、幼い二人にとって笑い合う時間は何にも代えがたい宝物だった。


そして、僕には家臣との稽古が遊びの後に待っている。


厳しい訓練に厳しい重責に押し潰されなかったのは一重に菜那知がいたから


安らぎがあることで僕は平穏でいれた。


そして、遠く未来――1571年頃、北信愛は48歳にして遅咲きの英雄としての功績をだし始める。


その性格ゆえに英雄になるのが遅くなってしまったのかもしれない。


そして英雄になれた原点には


幼い日々の遊びそして菜那知という名無しの少女との出会いがあったのかもしれない。


1546年僕がまだ23の頃に菜那知は天国へと旅だった。


最後に彼女はこんな言葉を残したかもしれない。


布団で寝かされていた彼女の手を掴み会話を交わした。


「あなたと遊んだあの日々が懐かしゅうございます」


懐かしくて戻らない瞬間


「なぜまた隣り合って笑ういつもの時間が来ないのでしょうか」


どれだけ手を伸ばしても叶わない夢


「お慕い申し上げておりました」


気付きたくなかった想い


「もしも叶うならお願いですから


またいつものように笑っていてくださいね」


23は若くして死んだように感じるかもしれない。


だがこの時代では病気を治すすべがまだ確立されておらず床に伏せることになるのも少なくはなかった。


そして、2人は気持ちを分かち合える日が来ることはもう2度となかった。


彼女は彼の前で消えた。


彼女は彼を愛していたのか


本当に北信愛を愛した女は存在したのか


北信愛はもしも彼女の死を目の当たりにしていたのならなにをおもったのか


誰も知ることなく闇へと消えていった。


だが、わたしはこう考える。


後世に名を残せない者がいても彼女たちの人生は確かにあったのだと

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