10話:揺らぐ心と戦いの結末

『あそこを狙え。やつは動揺する』

 適当に首に結んだ《アザレアコア》が、レオの言葉に反応して淡く瑠璃色に光る。

 凛也の胸の辺りに指をさすように、揺れた。

 

「【投刃闇影トウジンアンエイ】」

俺は握ったナイフを迷いなく、凛也に投げた。

 記憶にあった技を言い、ナイフのオーラを込めた。

  ナイフは影の中に消え、凛也の目の前に出現する。

 オーラを込めた刃が、この技に変化したのだ。

 

「くっ……!」

とっさに凛也はナイフを避けようと後退ったが、遅かった。

凛也の額を伝う冷汗が、頬を滑り落ちる。

 

刃の銀の閃きを出し、凛也の胸を貫いた。

 何かに当たった音がして、青い花の5枚のバリアが自動的に出現する。

『バリアは、チョーカーの宝石を割らないために出るの。攻撃を受ける代わりに消えていく』

 永琉が解説する。青い花を指すように《アザレアコア》が動く。

 ナイフが刺さった、青い花ーーワスレナグサは散らし、闇の中に溶けていく。凛也を刺したナイフは盾に弾かれ、地面に突き立てた。

 

『陽翔君そのままたたみこんで、壊してちゃって』

『ああ、任せろ』

『必ず1枚までとどめろ。全部バリアが砕けたら、チョーカーの宝石に刺さるぞ』

 レオの言葉に、思わず息を呑む。

 凛也の《ジュエルアイ》を壊すわけにはいかない。

 

「【五月雨サミダレ投刃トウジン】」

俺はホルスターから、5本のナイフを取り出し、両手に持つ。

 ナイフにオーラを込めて、上に投げた。

 暗闇を裂くように銀に煌めき、ナイフが雨のように降り注ぐ。


2つの刃は凛也に避けられたが、残りの3つの刃が逃がさず、凛也の胸を貫く。

 その瞬間、自動的に青い花の盾が咲いた。

 

 3つの刃は盾に突き立ち、火花を散らす。

 ワスレナグサがひとつ、またひとつと舞い散っていく。

 まるで“私を忘れないで”と花言葉が訴えているように、花の盾は儚く消えていった。

 

「……こっちが踊されたみたいだな」

 凛也はよろめきながらも、立ち上がった。頬に垂れる血をローブの袖で拭き、嗤った。

 余裕があった気持ちはどこかにいき、焦っている様子だった。

 

 俺が反撃しただけじゃない。

凛也の5枚あった盾を4枚砕いた。残り1枚まで追い詰めたことに対してだろう。

 《ジュエルアイ》を二度と使えなくなるから、誰だって焦る。

 

「凛也、もうやめるんだ!」

俺はナイフを握りしめて、凛也に叫んだ。


「……やめろ」

 凛也が何かに抵抗するように、首を振る。

 銃を持つ左手を右手で握り、必死に抑えた。

「……よく聞け。……紙の香りせいで、感情を呑み込まれて、おかしくなってる……」

『さくらんぼの香りに【操る】能力が混ざっていたようだ』

『レオ、本当か』

「駄目だ。抑えても、お前を殺せって……感情が呑み込んでしまう」

 凛也は頭を押さえて、独り言のように返した。

凛也が操られているなら、笑い声におかしさを感じたのも、説明がつく。

 

『凛也が紙を持ったのって、戦う時だろ。効果が回るのを速くないか』


『紙をずっと持っていて、【操る】能力の香りが凛也のオーラに混ざったんだよ』

 

「陽愛の友達は……紙を渡したあいつに利用されているんだ……疑わないでくれ」

 凛也は悲しげに、こちらを見つめて訴えた。

 

 髭の男が『あれを渡したか』と心湖に言っていた。

 この紙のことだったのか。

 凛也は髭の男に操られている。

 俺はレモンの香りのおかげで、操らずに済んだ。

 心湖を脅すだけじゃなくて、感情まで利用した。凛也も操って許さない。

 

「残り1枚まで追い詰めたぐらいで、思い上がるなよ」

 凛也が嗤いながら、怒鳴った。

 操り状態に戻ってしまったのか。

 

「とっておきを見せてやるぜ」

 ローブの袖口に左手を突っ込み、何かを取り出す。

 小さなヨーヨーだった。

 そのボディに、青緑のオーラがゆらめく。それに呼応するように、ヨーヨーは本来の大きさに戻った。


「《アレキサンドライト》の効果をよくみておけよ」

 凛也は嗤いながら、ヨーヨーを手首で返す。

 そのたびに、絡みついたオーラが紐を伝って揺れた。

 その細い線に絡みついたオーラが、青緑から深紅へーーゆっくりと色が変わっていく。

 まるで《アレキサンドライト》が、光の証明によって、《昼のエメラルド》から《夜のルビー》に変わるかのように。

ヨーヨーの紐のオーラが、それを再現していた。

 

「すごいだろ。《アレキサンドライト》の効果だ」

 凛也は嬉しそうに、嗤っていた。

 深紅色の宝石の瞳から、涙が零れた。

 その矛盾が、まだ凛也が抵抗している証拠だった。

 

「凛也戻ってこい! これ以上傷つけたくない!」

俺は声を張り上げた。

さっきも叫んで戻ってきたから、うまくいくはずだ。


「さて、ヨーヨーショーを始めるか」

凛也が楽しげに嗤いを返した。

左手を鳴らし、乾いた音を立てた。

 一瞬の間に、凛也の右手にあった銃はヨーヨーに変わった。


『集中しろ。攻撃が来るぞ!』


「【トリック・独旋舞ドクセンブ】」

 凛也の放った2つのヨーヨーが、闇を切り裂き、胸に迫ってきた。

 見えなかった。レオの声で気がついたが、体の回避が追いつかなかった。

 

 だが体が勝手に動き、腰を落として、紙一重で回避する。

 頭の上をかすめたヨーヨーが、赤い髪が少し切り落とした。

 

『驚くな。思い出せなくても、体が覚えている。昔の君は、鍛えていたんだろう』

『レオ、オーラもそうなのか』

『ああ、《ジュエルアイ》はもう1人の君だ。昔の主のことを見ていて、反応しただろ』

 記憶を失う昔の俺が、知識だけじゃなくて、戦闘でも力を貸してくれる。

 そう思うと、気持ち悪さが薄れた。

 

『陽翔君、後ろ!』

 永琉の声に振り返ると、2つのヨーヨーが唸りを上げて、迫ってくる。

 まるでヨーヨーが意思を持ち、独りで回転しているようだ。


慌てずに意識を身体に預ける。

 地面に手のひらをつき、遠心力を利用して大きく後ろに跳ぶ。

 

 背中を擦れていき、2つのヨーヨーが通過した。

 バク転で回避したのだ。


 地面に着地して、呼吸を整える。

 

『あいつを止めたいなら、戦え。あいつもその方が楽だ』

凛也を止めるために戦うしかない。

 

「【空転投刃クウテントウジン】」

 俺は地面に手のひらを置き、遠心力で再びバク転した。

 

 空中で5本のナイフに持ち、オーラを溜める。

 バク転の勢いに乗った、銀にオーラに包まれた刃が、ドリルのように回転する。

 5本の刃が一直線に、凛也の頭上へと降下する。

 

「当たると思うな。

【トリック・改独旋舞カイドクセンブ】」

 凛也は右手を軽く払う。

 その動きにヨーヨーが呼応し、矢のように軌道を変える。

 疾走するように独りで加速し、5本のナイフを一瞬で弾き落とした。

 

 息をつく暇がなく、2つのヨーヨが腹に巻きつく。

 紐がきつく締まって、身動きが取れない。

 

「捕まえたぞ」

そのまま引っ張られ、胸にめがけて凛也の蹴りが炸裂した。

 

 オーニソガラムの盾が5枚咲き、月光に輝いた。

 凛也の靴の衝撃を弾き返した瞬間、1枚にひびが走り、星の花が消滅した。

 俺は額に手を置き、ため息をつく。残り4枚だ。

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