3話:アザレアの目覚めと、鈴の声の少女の出会い
髪を撫でられた温かさ、手触りがどこか懐かしかった。
鏡に傷がついていないか、レオが大丈夫なのか、気になった。
僕は意識を取り戻し、まぶたを開けた。
ピンク色の天井が見えて、ここは鏡の部屋だった。
目を動かすと、鏡はきれいなままだった。
その隣にレオがいて、睨んでいた。
怒っているけど、レオが無事で胸を撫で下ろした。
「気がついた?」
鈴のような声に見上げると、橙色のツインテールに結んだ少女が、僕を覗き込んでいた。
鏡から聞こえた歌声に、どこかそっくりな気がした。
人形のように可憐な顔立ちで、年は15か16歳ほどだろう。
電灯に照らされた白いアザレアの髪飾りが光った。
「よかった。いきなり倒れてきたから、びっくりしたよ」
少女は温和な表情で、微笑んでいた。
少女との距離が、やけに近いと思った。
茶色のハーフパンツから伸びた魅力的な脚に、なんと頭を乗せていることに気づく。
「君は……!?」
僕は顔に冷や汗が溢れ、飛び起きる。
「わたしは、
少女は優しく答えた。
「え? レオから聞いていないよ」
「もうレオってば、ど忘れしちゃって」
茶化すように言った。
「遅れてきた永琉が悪い」
レオは永琉の隣にきて、水をさした。
「そ、それよりも、キミの名前って何て言うの?」
慌てて、話題を変えた。
「僕は……」
おずおずと名を言いかけて、不意に思った。
こんな性格じゃ、白いローブの人に手を差し伸べる存在になれない。
「俺は陽翔だ」
光の粒子に包まれた時に聞いた声を思い出し、自分を見失わないようはっきりと言った。
「陽翔君か。光に翔る……良い名前だね。わたしの名前にも、『光』という意味が込められているよ。これって運命だよね」
永琉は愛しそうに、目をつぶる。
「……そうかな」
照れくさくて、頬を
「失敗しておきながら、いちゃつくなんて……」
レオが尻尾を立て、延々と皮肉をこぼした。
「はあ。陽翔君、レオなんかほっとおいて、儀式を始めようよ」
永琉は肩を
「え、なんなの?」
俺は声を潜めて、永琉に訊ねる。
「これから鏡を通って、町に移動するでしょ」
首肯すると、永琉は沈んだ顔をした。
「わたしやレオは入れないんだよ。陽翔君の《ジュエルアイ》じゃ、1人が精一杯なんだよ」
「そ、そうなの」
俺は驚いたが、『記憶を失う昔の俺』の知識を探って、納得した。
「気づいたみたいだね。行かれないから、《アザレアコア》にわたしの力を込めるの。連絡を取れるようにするんだ」
《ホワイトサファイア》のネックレスを外しながら、永琉は言った。
「便利だな。《アザレアコア》っていう宝石があるのか」
「ううん。ある人がつけたんだよ。この宝石って、アザレアと似ていて、勝手につけたんだ」
永琉は過去を懐かしむように、ゆっくりと目を閉じる。
「大切な記憶みたいだな。俺もそう呼ぶよ」
その目がどこか、悲しそうに見えたので、励ました。
「ありがとうね。じゃあ、始めるよ」
永琉の体の周囲に、《ブラックダイヤモンド》のオーラを纏う。
日記がオーラに共鳴すると、勝手にページがめくれ、文字が浮かび上がる。彼女の瞳に吸い込まれていく。
永琉は髪飾りを外し、掌にある《アザレアコア》の中心に当てる。
アザレアが黒いオーラに包まれ、ひとひら舞い落ちる。
《アザレアコア》に吸収されて、ネックレスが揺れた。
「わたしの力が、この宝石に繋がった」
《アザレアコア》に、永琉のオーラをかすかに感じる。
「でも、力が足りないだろ。まったく、手がかかるな」
俺の肩に軽やかに乗り、レオは指摘した。
レオは、《アザレアコア》にしっぽを置き、見つめる。
黒いオーラが大きくなり、紫に帯びたルリハコベの1枚が舞い降りる。
《アザレアコア》に閉じ込められた。
オーラが静まり、レオは一息をつき、肩から降りた。
永琉の手のひらで、意思を持ったように、《アザレアコア》だけが動き出した。
「動いたよな」
興味津々に覗き込んだ。
「後で教えるよ。しっかりつけて、大事にしてね」
永琉がネックレスを渡して、満ち足りたように笑った。
「……ああ。わかった」
真っ赤に染めて、心臓が早鐘のように鳴る。
なんとか沈めて、答えた。
ネックレスを首につけて、カチャリと銀鎖の音が響かせた。
「首の感触はあるか」
レオは鼻から、短く息を吐いた。
「……ないよ」
おそらく、ネックレスのことじゃない。
首をそっと確認するが、何もない。
しかし、そこに何かが存在しているように感じた。
「成功したようだな。首を隠す理由はわかるか?」
レオの問いに答えられず、首をかしげる。
「ネックレスを浮かせたら、見えるよ」
永琉の言葉を信じて、それを静かに浮かせる。
首には、細いチェーンに満月を結んだチョーカーがあった。
存在していないはずのものが、確かにそこにあった。
びくっと肩が跳ねて、言葉を失った。
「その顔を見る限り、忘れているようだな。
《ジュエルアイ》の証。
能力者に見つかれば、一目でわかる。 だから……隠せよ」
レオは呆れながら、説明をした。
「レオわかったよ」
「わたしも永琉って呼んでよ」
永琉は頬を膨らませてムッとする。
喜ぶなら、名前で呼ぼうか。
「永……」
名前を口にした瞬間、胸の奥に言葉にならない感覚が沈んだ。
永琉とは初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい気がした。
理由がわからないが、呼びたくなった。
「永琉……」
「陽翔君よろしくね!」
永琉は口角を上げて、日だまりのように笑い、手を伸ばした。
「ああ。永琉よろしくな」
その姿を大切にしたいと思い、やり直す。握手をした。
「うん。ネックレスにわたしの力がある限り、陽翔君と一緒だよ」
「永琉、頼りにしてるよ。レオもな」
2人がいるなら、大丈夫な気がした。
「調子に乗るなよ」
レオは冷たく言ったけど俺の肩に乗り、俺たちの手に、黒い尾を重ねてくれた。
俺は気を引き締めて、全身鏡の方に歩み出す。
それと同時に、レオは離れた。
何よりも硬い意志を持ち、鏡を見る。
「……反応しているのは、破片の右だ。《ジュエルアイ》を集結させろ」
レオは静かに言った。
確かに、六角形の右の破片から、水の音が聞こえた。
そこだけに、銀の光を集結させると、その色に染まった。
銀の光が水のように広がり、俺を包み込んだ。
人の魂がこもっているのか、水が温かく感じた。
鏡面が吸いやすいように、俺はそばに連れていかれる。
驚いたが、抗わないようにした。
『昔の俺』が大丈夫だと気がした。『今の俺』は信じよう。
それに、この魂との思い出はないけど、逃げたくない。
俺は覚悟を決めて、心の中で一歩を踏み出す。
その意思に引かれるように、身体が鏡の中へ引き寄せられた。
鏡面に全身が溶けるように、すり抜けていった。
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