第03話「採れすぎ野菜と、保存の知恵」

 俺が丹精込めて育てた畑は、数週間後、驚くべき成果を見せた。

 現代知識による土作りと、村の気候に合った作物の選定。それが功を奏し、どの野菜も信じられないほどの大きさと量になったのだ。

 特に、俺が品種改良(良い実をつけたものから種を採る選抜を繰り返しただけだが)したトマトは、赤く艶やかに輝き、見るからにおいしそうだった。


「こ、これは……化け物か?」


 畑の様子を見に来た村人たちが、自分の目を疑うようにつぶやく。

 俺の畑だけ、明らかに他の畑とは作物の育ちが違うのだ。


「ユウト、お前、一体どんな魔法を使ったんだ?」

「魔法じゃありませんよ。ちゃんと土の世話をして、作物が育ちやすいようにしてやっただけです」


 俺は笑顔で答えるが、村人たちの疑念は晴れないようだ。

 まあ、無理もない。昨日まで平凡だった少年が、いきなり村一番の農業マスターになったのだから。

 そんな中、リナだけは違った。彼女は収穫を手伝いながら、キラキラした目で野菜たちを見ていた。


「すごい……ユウト、本当にすごいぞ! こんなに大きなカブ、初めて見た!」


 素直な賞賛に、少し照れくさくなる。


「味も格別だぞ。今夜、ご馳走するよ」

「本当か!?」


 ぱあっと顔を輝かせるリナ。どうやら、すっかり俺の料理の虜になってしまったらしい。

 その日の夕食は、収穫した野菜をふんだんに使ったポトフと、焼きたての黒パン。この世界にはまだジャガイモが伝わっていないようだったので、代わりにカブを大きく切って入れた。肉はリナが獲ってきてくれた森ウサギだ。


「う、美味い……! なんだこれは!?」


 熱々のポトフを一口食べたリナが、驚きに目を見開く。


「野菜の甘みが、肉の旨味と合わさって……こんな料理、食べたことない!」

「だろ? 味付けは塩と、少しだけハーブを入れたんだ」


 特別なことはしていない。ただ、素材の味を活かしただけだ。

 だが、栄養満点の土で育った野菜そのものが、最高の調味料だった。

 夢中でポトフを平らげるリナを見ていると、こちらまで幸せな気分になる。

 しかし、問題もあった。あまりにも収穫量が多すぎたのだ。

 村人たちにもお裾分けしたが、それでも有り余るほどの野菜。このままでは、すぐに腐ってしまう。


「どうするんだ、ユウト。このままじゃ、せっかくの野菜がダメになるぞ」


 リナが心配そうに言う。

 この世界には、冷蔵庫などという便利なものはない。野菜の長期保存は、基本的に乾燥させるか、塩漬けにするくらいしか方法がないらしかった。


「大丈夫。ちゃんと考えてある」


 俺はニヤリと笑い、とっておきの現代知識を披露することにした。

 まずは、トマトだ。完熟したトマトを潰し、鍋で煮詰めていく。塩を少し加え、水分を飛ばしていくと、濃厚なトマトソースが完成する。これを瓶詰めにして煮沸消毒すれば、かなりの期間保存できるはずだ。

 次に、キュウリやカブ。これらは酢と塩、砂糖、ハーブを混ぜた液に漬け込む。ピクルスだ。酸味とハーブの香りが食欲をそそる、最高の保存食になる。幸い、この村では果実から作った酢が手に入った。


「なんだか、すっぱい匂いがするな……」


 リナが鼻をくんくんさせながら、不思議そうに鍋を覗き込む。


「これも保存食だよ。パンに挟んだり、肉料理の付け合わせにすると美味いんだ」


 さらに、俺は地下室を掘ることを提案した。

 地面の下は温度が一定に保たれるため、天然の冷蔵庫代わりになる。根菜類などを保存するにはもってこいだ。

 俺の次々と繰り出される保存食の知識に、手伝ってくれていたリナや、様子を見に来た村人たちは、呆気に取られていた。


「ユウト、お前は一体何者なんだ……? まるで、何百年も生きた賢者のようだ」


 村の長老が、畏敬の念がこもった目で俺を見る。


「ははは、ただの物知りですよ」


 とぼけてはみたが、内心は冷や汗ものだ。あまり目立ちすぎると、面倒なことになるかもしれない。

 数日後、完成したトマトソースとピクルスを村人たちに振る舞った。

 最初は恐る恐る口にしていた彼らも、その未知なるおいしさに、たちまち虜になった。


「うめえ! この赤いソース、パンに塗るだけでご馳走だ!」

「このすっぱいキュウリ、脂っこい肉と食うと最高だな!」


 村は、俺の作った新たな味覚で、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。

 豊作と、それを無駄にしない保存の知恵。俺の現代知識は、この小さな村の食文化に、確かな革命をもたらした。

 そして、この噂は、やがて村の外へと少しずつ広まっていくことになる。

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